星のオーファン

るなかふぇ

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第九章 めぐりあひて

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 とくん、とくんと温かな音がする。
 幸せの音。
 心安らぐ男の匂い。

 すべてを誰かに預けて眠る、そんな夜。
 こんな風に眠ったのは、一体いつ以来のことだろう──。

「ん……」

 目を覚ますと、男の胸に抱かれていた。
 清潔なベッド。清潔な体。

(しまった……)

 アルファはすぐに後悔した。あれほど彼に「自分で始末するから」と言って抱いてもらっておきながら。結局あのあとまた抱かれることになり、遂に意識を飛ばしてしまったらしい。
 どうやら彼は意識を失くした自分を入浴させ、汚れて乱れたベッドを整えてくれたようだ。ちょっと身の縮む思いがする。とはいえベッドは一旦壁に収納されて自動的に新しくベッドメイキングされるという便利なシステムを採用しているようだけれど。

(それにしても──)

 次第にまざまざと二度目のことを思い出して、アルファは顔に血がのぼってくるのを覚えた。
 これまで生きてきて、人にあんなに優しく抱いてもらったことはなかった。好きな人に愛されて抱かれることが、こんなに泣きたいほどに嬉しく、気持ちのいいものだなんて知らなかった。

(ベータ……)

 すぐそばにある精悍な男の寝顔を見つめていると、ともすればこれは全部夢なのではないかと錯覚しそうになる。とても現実とは思えなかった。こんなことが自分の身に起こるだなんて、少し前までは思ってもみなかったのだ。

「起きたのか」
「……え」

 目をつぶったままの男からそう訊かれて、アルファは驚いた。どうやら狸寝入りだったらしい。少し乱れた金髪が彼の目のあたりにかかっている。やや気だるげに、しかし嬉しそうに笑みを浮かべる、そんな風情のひとつひとつがひどく艶めいて見えた。
 この男、こんなにいい男だっただろうか。
 ベータは上半身を少し起こすと、ごく自然な仕草でこちらに顔を近づけた。アルファの胸がとくんと跳ねる。

 額に、目に、頬に。
 顎に、うなじに、首筋に。
 つぎつぎに優しいキスの雨が降ってきて舞い上がった。

「ベータ……」

 こちらからも彼の首に腕を回し、最後に落ちてくるはずの場所を少し開いて待ち受ける。願ったとおり、それは優しく塞がれた。待つばかりでなく、離れそうになる彼の唇を追いかけて、アルファからも何度も彼のそこに吸いついた。
 ベータの腕が背中にまわり、また抱きしめられて耳朶をまれる。

「あ、やめっ……。ベータ、くすぐったい……」

 くすくす笑いながら首を竦めると、できた谷間に鼻先をつっこまれてまた吸われた。

 安堵と、安心。
 たまらない多幸感。
 心を預けられる相手がいるというのはこういうことを言うのだろうか。
 そう思えば、またじんわりと瞼の裏が熱くなった。

(……しかし)

 彼の体を手放したくないのは山々ながら、まだその口から聞かせてもらえていないことがある。これは先送りにはできなかった。この優しい時間が終わってしまうのを惜しみながら、最後にアルファは彼の唇にそっとキスをし、その星の瞳を見つめて訊いた。

「で? 戻ってきてくれるのか。スメラギに」
「…………」
 案の定、男は少し押し黙る。
「もちろん、無理が言えるとは思ってない。君が言った通りだ。今のスメラギには君に十分な報酬を支払う体力がない。それどころか、前の報酬すらまだなわけだし──」
「いや、それはもう頂いた」
「えっ?」

 意外な言葉がきて、思わず顔を上げた。
 星の光を映した蒼い瞳が、意味ありげに笑っている。

「実は一度は、『金品での受け取りを』とも考えたんだがな。初志を貫徹することにした」
「どういう意味だ?」
「ここだ」
 言ってベータが、人差し指をとん、とアルファの胸につき立てた。
「お前のを、頂きたいと思っていた。もちろん、ここも体も、両方な」
「…………」

 少し考え、その言葉の意味がじわじわと分かってくるにつれて、アルファの耳は熱くなり始めた。

「そ……それは。でも──」
 と、その人差し指がついと上がって、アルファの唇を塞いでしまった。
「『こんななんとか』いう台詞なら聞きたくない。二度と言うなと言った。……いいな」
「う……」
「それに、に関して言えば、お前のそれはそんなに安いものか? 誰にでもすぐに明け渡せるほど、どうでもいい場所なのか」
「…………」

 アルファはしばらくベータの瞳を見つめて、やがて静かに首を横にふった。
 そんなことはない。
 あの時、あの蜥蜴の男に咥えこまれていた間も。
 <恩寵>によって本来の人格を封印していたとは言え、意識の底にずっとあったのはお前のその瞳だった。
 あの男にどんなに犯され、どんなに犬のように扱われても。
 ただの<玩具>となり果てても。
 それでもその瞳がずっと自分を見守ってくれていることを、なぜか自分はどこかでちゃんと知っていた。

 その瞳に守られていた。
 そうやって、なんとか守りきることができたもの。
 やっと残ったたったひとつのもの。

 ……それは、それだけは君に渡したかった。

 アルファは手を伸ばし、ベータの顔を両手ではさんで近づけた。
「もちろん、どちらも君のものだよ」
 お互いの額をくっつけあうようにして、そっと微笑む。
「とっくに君のものだったさ。……もう、ずっと前から」

 途端、さっとベータの瞳の色が変わった。星の色がさらなる煌めきを帯び、まっすぐにこちらを見つめてくる。そのまま息もできないぐらいに抱きしめられた。
 アルファはふと、あのとき夢の中で「孤独なあの子を愛してくれてありがとう」と言った、美しいひとのことを思い出した。
 しばらくそうやって無言のまま抱き合っていたが、やがてベータがぽつりと言った。

「本来なら、俺はあそこにいるべきじゃない人間だ。お前に男の恋人あいてがいると知って、うだうだ言ってくる奴らは山ほどいるだろうしな」
「うん……。それは、そうだと思う」
「お前が皇太子になったことで、早速『うちの娘をお妃に』だの、『はやくお子を』だのと意気込んでいる輩も多かろう。そういう奴らにとって、俺はお邪魔虫以外の何物でもない」
「いや、しかし妃は──」

 どの道、自分は女性とどうこうなれる身ではない。
 あのヒナゲシと同じことだ。姉妹として、家族としてなら愛せても、女性としてその人を愛することは無理だと思う。ましてやその人との間に子をなすなど。
 どんなに臣下の皆々が「皇太子殿下にお妃を」「早く御子みこを」と望んだところで、不幸にすると分かっているのに妃を迎え入れるなど論外だ。どこのどんな娘だとしても、そんな悲しい運命を背負わせるわけには行かない。
 アルファが訥々と言う言葉をじっと聞いて、やがてベータは頷いた。

「無論、要らん反感は買わぬが吉だ。だが、俺が側にいなくて寂しいからとお前に浮気されるのも面白くない」
「え? いや──」
 そんなことはしない、と言いかける唇を先にキスで閉じられた。
「まあ正式に、抱いてくれというお願いもされたことだし。あそこを離れていたんでは、それも叶わん話だしな」
「……ん?」
「俺の『たまに』はせいぜいが三日おきだ。まあ『お前に関しては』という但し書きつきではあるが」
「……んん?」

 そんな「たまに」があるのだろうか。
 明らかに変な顔になっていると、男はくすくす笑い出した。

「覚悟しておけよ、皇子サマ。俺を本気にした以上、責任は取ってもらうぞ、きっちりとな」
「う……うん?」
「そのためにも、便宜上で構わんから俺の立場は確保してもらいたい。うるさい大臣どもを黙らせるためだ。まあ、スメラギ新政府の政務アドバイザーぐらいが妥当なところかと思うがな」
「政務アドバイザーか……。なるほど」
「残るは後継者問題だが──」
「ああ、それなんだが。少し、考えていることがあって」

 そこでアルファはそっとベータの耳に口を寄せた。

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