189 / 191
第十章 星のこどもたち
4 ※※
しおりを挟む目を開くと、どこぞの豪奢な部屋にいた。スメラギ式の御帳台とはまた違う、天蓋のついた寝台の上である。
部屋は荘重な雰囲気で、全体に異星の設えとなっているようだ。ふかふかした寝具には手の込んだ刺繍がふんだんに施されている。ただ、照明がひどく暗いために詳しいことまでは観察できない。
(どこだ……? ここは。あいつは──)
ミミズク男の姿を求めてあちらこちらへと目をやるが、体が痺れたようになってうまく動いてくれなかった。
「っひ……!」
と、天蓋からおりた帳の陰から小山のようなものがぬうっと顔を出して、ツグアキラは悲鳴をあげそうになった。しかし実際は喉がひきつり、痙攣して、ひゅっと音を立てただけだった。
「ほうほうほう……。目が覚めたか、ようしよし……」
げひげひげひ、と奇妙な音がすると思ったら、それはそいつの笑声であったらしい。高級な織物製らしいてろてろ光る長衣がでっぷりとした腹に巻き付けられている。布地を通しても、それが何段にも折り重なった脂肪の層であるのが分かるほどだった。
が、驚くのはそこではなかった。たそいつの顔は、故郷にもいる蛙という生き物にまるきりそっくりだったのだ。それも、かわいらしいアマガエルではない。いぼいぼのあばた面をした、油ぎったヒキガエルだ。
男はぶよついた皮膚をぬらぬらと光らせながら、じわりと寝台の上にのぼってきた。
とびのきたいのに、体がうまく動かない。
「あの時はまこと、惜しいことをしたからな……。弟皇子ほどの器量でないとは聞いておったが、なかなかどうして。そなたも十分、美しい」
それはそうだろう。お前のような薄汚いカエル男に比べれば、世の大抵の男は美しい生き物だと言えるのに違いない。
と、反対側の部屋の奥、思わぬ場所から声がした。
「約束ですよ、お大尽。どのようになさっても結構ですが、命を取るのばかりはおやめください。その場合の違約金は事前にお知らせした通りです。そして期限はきっかり三年。それが私の依頼主のたってのご要望ですのでね」
「な……。きっ、貴様っ……!」
間違いない。
あのミミズク男の声だった。
ツグアキラは必死にもがいてそちらへ顔を向けようとした。が、がくんと衝撃を覚えて息が詰まりそうになる。
「うぐ……っ?」
ヒキガエルにぐいと引き戻されたのだ。そいつが、いつのまにか自分の首につけられていた首輪の鎖を引いたらしい。
「こらこら。お前の『ご主人様』はこちらぞ。さあさあ、存分に私を楽しませておくれでないか。げひ、げひ、げひひ……」
ヒキガエルが舌なめずりをしながら楽しげにツグアキラの着ていた白い衣を剥いでいく。なにも抵抗できなかった。体が痺れているのも事実だったが、相手になにか反抗的なことをしようと考えるだけで、ツグアキラの脳はぎりぎりとひどい痛みを訴えたからだ。
「では、確かにお願いしましたよ。三年経ったら、引き取りに参りますのでね」
遂にヒキガエルがげこげこと不快げな鳴き声をあげた。
「わかったからさっさと消えろ。お楽しみの邪魔だわ、下郎めが」
「無粋の段はご容赦を。ご存分にお楽しみなさいませ」
そうしてふっと、ミミズク男の気配は絶たれた。
途端、ツグアキラはぐいと足を開かれた。
あとは勿論、なんの抵抗もできなかった。
「あ……あ、あっひいいいっ……!」
げひげひと下卑た荒い息。
卑猥な水音。
それらとともに、暗い寝室にツグアキラの悲鳴が響き続けた。
◆◆◆
「お世話になりましたな、エリエンザ殿」
《……いえ。何かの助けになれたのでしたら幸いでした》
いかにも軍人らしいきりりとした女性の声が宇宙艇のモニターを通じて聞こえてくる。豊潤な香りをはなつ珈琲のカップをそっとソーサーに戻して、「ハカセ」と呼ばれるミミズクの男は密かに笑った。
声を聞くだけなら結構な美人としか思えない。しかし彼女はそのような一般的な判断の非常にしづらい容姿をお持ちの女性だ。彼女はとても特異な生き物の形質をもつ人だから。
《例の件では、わたくしも多くの部下を喪いました。……これで少しは、部下への餞ができようかというものです。こちらこそ、お声掛け下さりありがとうございました》
「こちらこそ」
実は今回、自分はあのツグアキラを拉致するにあたり、かの護送艦に近づくためにユーフェイマス軍にいるこの女性に連絡を取ったのだ。このことも、実は例の依頼主からの提案だった。
宇宙のそこここには、ユーフェイマス軍の監視施設が点在している。誰かがその道の途上でうかうかと護送艦に近づいたなら、記録データによっていずれ自分の正体がばれる恐れがあったのだ。
幸いにして、その方面の監視と護送艦の護衛を担当した戦艦の艦長に、この女性がいたのである。自分はまずその戦艦に乗り組ませてもらい、それらしい理由を作って小型艇に乗り、護送艦に近づいた。そして自分の<恩寵>を使ったのだ。
実際、自分の<恩寵>は<置換>である。
さほど強い能力ではないが、他人の認識に齟齬を生じさせ、あることをないことと思わせてしまう。その逆もまた然り。
護送艦の乗務員は、ツグアキラを無事に流刑星へ送り届けたと思い込み、惑星の手前で反転して故国へ帰る。一方、流刑星で待っている役人たちには「予定が変わり、ツグアキラは丸三年、他惑星での預かりとなった」と思い込ませる。
三年経てば、何食わぬ顔でまたあの第二皇子を本当の流刑地へと連れて行く。
そのすべてが、今回自分があの「最高傑作」でもある青年から請け負った仕事だった。
「そういえば、かの海戦で昇進なさったと聞きましたが」
男は再びカップに口をつけながら彼女に訊いた。
確か彼女は大海戦時、タカアキラ殿下の副官として側におり、階級は中尉だったと聞いている。しかし今、艦隊を預かる司令官となり、階級も少佐になっているという話だ。
しかし女性の声は、それを聞いても少しも高ぶる様子がなかった。
《部下を死なせておきながら、お恥ずかしい限りです。それも、いち早く兵らを退避させたことをもっての昇進でした。あれはタカアキラ殿下のご判断によるものでした。にも関わらず、わたくしばかりが……。ただただ、お恥ずかしいばかりです》
「そんなことはありますまい。そのご判断を良しと見なされ即座に動いた、あなたの明察でもありましょう」
《……恐れ入ります。もしも機会がありましたら、どうか殿下によろしくお伝えくださいませ。エリエンザが、『どうかお幸せに』と申していたと》
「承知しました。依頼主に伝えましょう。……さて、そろそろ異空間飛行に入ります。もうご連絡することはありますまい。どうかお元気で。エリエンザ少佐殿」
《はい。……それでは》
通信が切れ、宇宙艇のコクピットには静寂が戻って来た。
ミミズクの瞳を深淵なる宇宙空間にさまよわせ、男はひとつ、くすりと笑った。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。
勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
溺愛極道と逃げたがりのウサギ
イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。
想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。
悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。
※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。
二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる