ルサルカ・プリンツ 外伝《小さな恋のものがたり》

るなかふぇ

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おまけのおはなし2 ロマン君のおたんじょうび

3 ロイヤルスイート

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 ベルパーソンに案内され部屋に一歩はいった途端、ロマンはぴたりと立ち尽くした。

「うわっ。え、ちょっと……?」

 なんとそこは、貴族や金銭的に裕福な者だけが泊まるような、非常に格の高い部屋だったのだ。いわゆる「ロイヤルスイート」などと呼称される、ホテルでも最上階にある最高ランクの部屋である。
 いや「部屋」とは言うが、実際は広い部屋がいくつもつらなった仕様だ。三方を海に面した広々としたバルコニーに囲まれている。バルコニーには西側から燦々と明るい太陽光が差しこんでいるが、部屋の内部は薄手のカーテンでその光が柔らかく弱められている。
 置かれた調度も全体に落ち着いた雰囲気でまとめられていた。どれもこれも贅をこらした最上級のものだ。そのぐらいは、ロマンにだってひと目でわかる。

「こっ、ここ、こんな部屋……! 僕らには、す、過ぎた──」

 ロマンはもう、きょろきょろして立ちすくんでいる。足が自然に震えてくるのを止められない。

(殿下ったら、殿下ったら……!)

 身に余るなどというものではない。いくらなんでも、侍従ふぜいに甘すぎる。
 いや、黒鳶は長年滄海の皇室にお仕えしてきた功労者だろうけれど、自分はつい最近まで、小姓に毛が生えた程度の存在に過ぎなかった者なのだ。もとの身分だってずいぶん低い。これはいくらなんでもやりすぎである。

「へっ、へへ部屋の交換を──うわ!」

 言いかけたら、いきなり背後から黒鳶に抱きすくめられた。案内してきたベルパーソンはというと、とうに部屋を退出している。

「『それはならぬ』との、玻璃殿下からのお達しにございます」
「え? く、黒鳶どのはお聞きだったのですか? この部屋……」
「いえ、詳しいことはまったく。しかし予想はしておりました」
「だったら──」
 言ったらまた、ぐっと腕に力を込められた。そのまま耳元に囁かれる。
「ユーリ殿下の、たってのご希望なのだそうです。ロマン殿には、どうかこのままのお受け取りをと。そうお望みとのことで」
「う、ううう……」
「飛行艇の旅でお疲れでしょう。入浴され、少し休まれては」

 そのまま手を引かれて連れて行かれたのは、御所にも匹敵するかと思われるような広さのバスルームだ。通りすがりにちらりと見えたのは、巨大なベッドの置かれた豪華ながらも品のよい寝室だった。
 もう目がちかちかしてきているロマンに、黒鳶は手早くバスルームの使用方法を教えてくれた。基本的に、御所のものと使い方などは変わらない。こんな小さい島であるのに、滄海では海水から真水を作る技術が進んでいるためか、水の供給にも困らないようだった。

「では、ごゆっくり」

 ひとことそう言って軽く頭を下げ、男はさも当然という顔で、バスルームの前室から出て行く。

(あ。なんだ……)

 「蜜月ハネムーン」だなんて言うのだから、もしかして一緒に入ったりするのかと思ったのに。いやもちろん、まだ婚姻関係ではないのだから、実際は本当のハネムーンなどではないけれど。
 だからそこまではしなくとも、服を脱ぐのに少し手を貸してくれたりするのかな……なんて、思ったのに。
 そこまで考えて、ロマンの脳は爆発した。

(いやいやいや! 何を考えてるんだ、僕は!)

 あの黒鳶が、そんなことをするものか。
 この二年というもの、最初に使用人のための湯殿で鉢合わせてしまって以来、一度も彼と湯殿で顔を合わせたことすらないのに。
 皇太子殿下、配殿下ご両名の公認ではあるものの、ふたりは周囲の人々に、お付き合いをしていることすら秘密にしてきた。それもこれも、ロマンが「未成年」であったばかりにだ。誰に見咎められぬとも限らないのに、風呂場で一緒にいるなんて、とんでもない話だった。
 脱衣所の壁に掛かっている豪華な鏡のなかの自分をちらっと見ると、案の定。首や耳まで、みっともないほど赤くなってしまっている。ロマンは深い溜め息を吐き出すと、胸元のボタンをはずしにかかった。

 広い広い湯殿だった。来着に合わせて準備されていたらしく、大きな浴槽にはもうなみなみと温かい湯が張られている。体をひと流ししてから湯舟の隅のほうに滑り込む。そうしたら、自分が自分で思っていたよりもずっと全身を緊張させていたのがわかった。

「はあ……」

 広い窓からは、本物の海と空がいっぱいに見渡せる。
 実は気に掛かっているのは、部屋のグレードのことだけではない。ここに至るまでにちらっと見えた大きな寝台のある部屋の様子が、ちらちらと何度も目の裏で再生されている。

(す、する……んだよね? ……やや、やっぱり……)

 具体的な単語を脳内で言葉にするのもはばかられる。少し考えただけでものぼせそうになって、「うぎゃああ!」とばしゃばしゃ顔を洗った。
 実はこの二年、ロマンだってロマンなりに、色んなことを考えてきた。恐らく自分が「どちら側」で、だったらどんな「準備」や「覚悟」が必要なのかとか。準備とは具体的にどんなことをすればいいのか、とか。
 ……つまり、そういった諸々のことをだ。
 幸いにしてと言うべきか、あの「教育プログラム」の中には性生活全般に関連するきちんとしたプログラムも含まれていた。ユーリ殿下と御一緒ではさすがに気が引けたので、そちらは自室に戻ってからこっそりと履修したのだ。

 監視カメラに見つからない場所でなら、あの男は口づけも抱擁もしてくれる。でも、本当にお付き合いをしているなら、そういうのは次第に段階を踏んで──つまり、もっと「深い」ものに変化していくもののはず。
 当時、まだ成人していなかったとは言っても、ロマンにだって人並みの欲望はある。あの男に優しく舌を絡められたあの時、足の間の不埒な場所が反応したのだってしっかりと覚えている。

 ──ほら。
 そうやって少し考えてしまうだけで、不埒なその場所はまた固くなって疼きはじめ、主人の言うことを聞かなくなってしまうのに。
 これまでだって、あの男のことを考えながら、自室の寝具の中で何度となく慰めなくてはならなかったその場所が。

「ふぐうう……ぶくぶくぶく」

 ロマンはずるずると湯舟のなかに身を沈めた。
 一応、きれいにしておくにくはなし……だろうか。
 いやいや、やっぱり呆れられてしまうかも。
 そんなの、余計なことだろうか……?
 ただ「はしたない奴」と思われるだけ……??

 ──ああ。
 恥ずかしくて恥ずかしくて。
 なんだかもう考えるだけで、身がこなごなに飛び散ってしまいそうだった。
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