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おまけのおはなし2 ロマン君のおたんじょうび
15 失言
その夜の食事は、ちょうどよい量だった。もちろん、黒鳶が係の者にそう注文してくれたからであろう。ロマンは買ったばかりの浴衣を身につけている。戻ってすぐ、一度シャワーを浴びたのだ。
夕餉は心配していた量もほどよく、味はもちろん最高。ロマンはすっかり満足して、食前酒だけでちょっと酔ったこともあり、少々おしゃべりになっていた。
「海、とっても楽しかったです。黒鳶どの」
「それはよろしゅうございました」
実はすでに「どの」が「ろの」に聞こえるぐらい舌足らずになってしまっているのだったが、自分ではあまり気づいていなかった。
黒鳶は相変わらず、控えめで静かで優しいだけだ。
「ひ、鰭があったらもう少し……遠くまで泳げたかもしれませんねっ?」
「左様ですね。次の機会がありますれば、是非持って参りましょう」
「うん! やくしょく」
食前酒だけではない。今回ロマンは、食事中に供されたほかの酒もさらに何杯か飲んでしまっている。そんなに度数は高くなかったけれども、食事が進むにつれ呂律はかなり怪しくなっていった。
ふわふわして気持ちがいい。今なら、いつもは言えないことも彼に言えてしまいそうな気になった。だが、まだもやもやと胸の中にわだかまったいろんなものは、酒の力を借りてもなかなか外へは出てこなかった。
「ごちそう、さまあ……」
案の定、食事が終わって立ち上がろうとしたら、あっという間にふらついた。
黒鳶がすぐに腕を支えてくれる。
「少し、ご酒が進みすぎましたか」
「ら、らいじょうぶ、れすう」
「少しの間、寝室で休まれませ」
「んんー……」
優しい男の腕にもたれかかり、そのまましがみついた。男を見上げ、「ばぁか」と囁く。思った以上に口は滑らかになっていた。
さすがの黒鳶も意外だったらしい。やや呆気にとられたように目を見開いている。
「……は?」
「ぶわーか。おたんちん。くろとびのぉ、大バカやろう~」
虚を衝かれた顔で沈黙した男の胸に、ぐいとおでこを押し付ける。
無理しなくっていいのにさ、という言葉は、虚しく男の胸元に染みこんでいった。が、敏い男の耳には届いたらしい。
「無理……ですか?」
「そうだよぅ。無理ばっかり。黒鳶はぁ、いっつも無理ばっかだもん」
「……そうでしょうか」
固い胸から響いてくる黒鳶の声は意外そうなものだった。
なんだかそれが、思った以上にかちんときた。
うそつき、という思いが泡みたいに胸の中でいっぱいになって、でも言葉としては出てこないで。代わりに目から違うものが溢れ出てしまった。
黒鳶が驚愕した顔でこちらを見下ろす。頬に手を当てられた。
「どうなさいました」
「だってぇ……うそ、ばっかだもん」
「嘘、とおっしゃいますと」
「うそばっかでしょう? ほんとは……ほんとは、黒鳶が好きなのは女の人でしょ?」
黒鳶の手がふと止まった。
「男なんて、ほんとは好きにならない人でしょ。知ってるんだからね。僕だって……!」
「いえ……それは」
「うそばっかり!」
どちらとも言えませぬ、と言いかけたらしい男の声を、ロマンはあっさり遮った。
「だあって。さっきの女の人たちだって、黒とび、嫌いじゃなかったよね? 『遊ぼう』って誘われて、いやな気はしてなかったでしょ」
「いえ。純粋に迷惑でしたが」
「うっそだあ。それに……な、波茜さんのことだって──」
「波茜? なぜ今あの者の名が」
「ほんとは……き、きらいじゃなかったでしょ。知ってるんだから」
「それは……友人としては確かに」
「ちっがう! そういう意味じゃないの、わかってるくせにい!」
「……それはありませぬ、と申したはずですが」
わずかに黒鳶の声が温度を下げた。が、ロマンは気づかなかった。
「黒鳶がそうでも、波茜さんは絶対ちがう。『そんな気持ちはないですう』『好みじゃありませんわあ』なんて、言ってたけど」
「その通りなのだと思いますが」
「ちっがうよ。わかんないの? きっとあれ、僕のためにそう言ったんだ。気を遣ったんだよ。殿下たちだっていたんだし。ぜったい、そうに決まってるもん」
「だとしても。今はもはやなんの関係もなきことで──」
「ふんだ!」
ロマンは拳でぽんと黒鳶の胸を叩いた。
ひっく、と喉の奥から変な声が出た。
「わかってるもん。どうせ……僕なんかつまんないんだ。別に、取り柄なんてないもんね。体だってこんな……やせっぽちで。こんな体、ぜったい、ちっともおもしろくないもん。女の人、みたいに……キレイでも柔らかくも、ないもん──」
喉がだんだんとしゃくりあげ始め、しまいには泣き声に変わっていく。
言っていることも支離滅裂で、どこがどうつながっているかも分からない。
「だから、飽きられたってしょうがないんだ。……いつかきっと、あなたはどこかにいっちゃうんだ」
「左様なこと──」
「なにが『ニライカナイ』だよ! バカ。ぼくが……ぼくが、どんな気持ちかも知らないでっ!」
「ロマン殿」
突然、黒鳶の声がすとんと低くなった。
ぼんやり見返したら、思った以上に鋭い目で睨みつけられていた。
「いくら酒の上のこととは申せ。言ってよいことと悪いことがございますぞ」
「……くろとび……?」
言ったその唇を、気がついたら思い切り黒鳶のそれに吸い上げられていた。
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