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第一部 トロイヤード編 第三章 王都ヨルムガルド
9 鏡(2)
しおりを挟む「まあな。地域によって、美醜の感覚がかなり異なるとは聞いている。お前の村でどうかも知らん。が──」
こほん、とひとつ咳払いをする。
「王宮は無論、この王都でも、お前とすれ違う十人なら十人、百人なら百人が、間違いなくお前を振り返ることだろうよ」
「…………」
(まさか……そんなことが)
とても信じられない。
鏡の中の青年も、やっぱり信じられないという表情で固まっている。
一方レドは、ちょっとおどけた表情になった。
「まあ、自分を弁護するわけではないが。これで驚くなというのも、無体な話だとは思わんか?」苦笑しながら、耳のあたりを掻いている。「爺め、自分のことは綺麗に棚に上げおって。なあ?」
意味深に片目をつぶって見せながら、妙な同意を求められる。
「え……? えと……」
シュウはもう、しどろもどろだ。何を言えばいいのか皆目分からない。
と、今度はぽすぽすと、頭を軽く叩かれた。
「なにしろ、もとがもとだけにな──」
最後の台詞は、いささか余計だ。
もちろん、シュウにはそんなことを不快に思う余裕などない。ただこくこくと頷くしかできなかった。
(でも……本当に?)
それでも不安はまだ消えず、シュウは鏡のほうをそっと窺った。おどおどとした美しい青年が、鏡の中でこちらを振り返る。近寄ると、向こうも近づいてきた。
おずおずと手を伸ばすと、向こうも同様に手を差し出してくる。
その手を、今度はそっと自分の頬にあててみる。やはり同じだ。
翡翠の瞳が、まだ戸惑った色のままこちらを見ている。
(本当に……僕なんだ)
自分がこんな顔をしていたなんて、今の今まで知らなかった。
そう思った途端。
「……!」
鏡の中の青年の目から、ぽろりと一粒の雫が落ちた。と思う間に、次から次へと転がり落ちて、頬を濡らし、胸に、床にと零れ落ちた。
「おい──?」
面食らったレドの声が聞こえたが、鏡の中の彼も自分も、すべて霞んで見えなくなっていた。
(良かった……)
そのことしか、頭になかった。
(嫌われたんじゃ、なかった……)
(醜いやつだって、思われたわけじゃなかった……この人に)
シュウには、それだけで十分だった。
「……っ」
嗚咽が洩れそうになり、慌てて片手で口を押さえる。
レドの手が伸びてきて、また頭の上に置かれたのを感じた。そのまま、またぽんぽんと叩かれる。まるで子供を宥めるようだ。
「納得したか?」
シュウはものも言えないまま俯いて、ぶんぶんと首を縦に振った。
「なら……泣くな」
また必死に頷き返し、目元をごしごし擦ってみるが、レドの声と手の感触がひどく優しくて、余計に止められなくなってしまう。これがいつもの、あの粗野で開放的な王なのかと思うほどだ。
と、レドの両腕が自分の背中に回ったのを感じて、シュウは驚いた。
(え……?)
そのまま、力をこめて抱きしめられる。
レドはお日様の匂いがした。
(な、なに……?)
自分の状況がよくわからないまま目を上げると、驚くほど間近にレドの瞳があった。シュウの心臓はどくりと跳ね上がった。
碧く印象的な瞳の奥で、何かが燃えているようだった。
シュウの顎にレドの手がかかり、そのまま持ち上げられ──
シュウの目が見開かれた。
(これって──)
まさか、と思う間にも、レドの顔が近づいてくる。
──が。
そこまでだった。
レドはぴたりと動きを止めると、はっとしたようにシュウを見た。愕然とした目だった。
シュウも呆然と見返して、二人の視線が一瞬、からみ合った。
沈黙がおりた。
ほんの一瞬だったのだろう。
だが、もっと長かったようでもあった。
次の瞬間、レドはぱっとシュウから離れ、あっという間に踵を返した。
そうして、もはやシュウを一顧だにせず、風のように部屋から出て行った。
ひとり部屋に取り残されたシュウも、ただ呆然とその背中を見送った。
棲みかに戻ろうとする鳥たちが、どこか遠くで鳴きかわす声が聞こえていた。
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