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第一部 トロイヤード編 第四章 揺れる心
1 竪琴(1)
しおりを挟むそれから数日、レドがシュウに会うことはなかった。
あの後、シュウにあてがわれた部屋に食事が運ばれ、シュウは一人で夕食をとった。食事を運んできた侍従によれば、レドからそう命じられたのだという。
「シュウ様は、今日はお疲れだろうから、とのことでございました」と侍従は言った。
レドにしては随分歯切れの悪い言い回しだった。
あれほどやると息巻いていた宴会の話も、いつの間にか立ち消えになっていた。
レドがシュウと顔を合わせまいとしているのは明らかだ。
もちろん、レドが決して暇な体でないことはよくわかっている。前にヴォダリウスが部屋を訪れて語ってくれたところによれば、レドは毎日、文官の持ってくる様々な書類に目を通すだけでなく、治水工事や荒れ地の開墾などの視察のために、しょっちゅう城を出ては各地を訪れているらしい。
かくいう今日も、若い陛下は日帰りの農地検分にお出かけだった。
シュウは一日中、自分に与えられた小さめの客間で過ごしていた。
決して狭くはないが、清潔なベッドと書き物机に椅子とソファがあるだけの簡素な部屋である。豪華な暮らしには慣れないシュウのために、レドがそのように計らってくれたようだった。おかげで居心地はすこぶる良い。
だが、ここのところ、ぼんやりと窓外を眺めているばかりで、特にすることもない。案内もなしに歩き回ったところで、大きな城の中ではすぐに迷子になってしまうし、なによりちょっと外に出るだけで、女官や従者たちの興味本位の視線が飛んでくるのが、どうしても馴染めなかったのだ。
この姿になってからは、前とはまた違う意味で嫌でも人目に立ってしまう。一挙手一投足が城内の者から監視されているような気がして、シュウはなにかと落ち着かなかった。
(それにしても……)
ただこうしているだけの、なんと気詰まりで退屈なことか。何の仕事をするわけでもなく、部屋に運ばれる食事をするだけという立場が、もはや申し訳なくて堪らなくなってきている。シュウは、労働もしないで食べられる環境にはとても慣れることができなかった。
(僕、なにしてるんだろ……)
そう思わずにはいられない。
贅沢を言うべきでないことは分かっている。できることなら、立場を代わって欲しいと思う者は国じゅうに大勢いるだろうことも。しかし、いくら命の恩人だからといっても、こんな境遇で放っておかれるのなら、たとえ貧しくともエルドの村にいたほうがずっとましだったのではないだろうか。
まして、肝心のレドにはほとんど会えず、むしろこうして距離まで置かれているのだ。
(あの時……)
シュウは、そっと自分の唇に触れてみた。
あの時の感覚は、今もありありと思い出すことができる。あと、もうほんの二セントルほどだったろうか。レドはあの時、明らかに自分にそうしようとしていた。普通なら、女性に対してするような行為を。
だが、すぐに我に返ってシュウを放り出し、後も見ずに立ち去って行った。
(やっぱり、『王様』なんだよね……)
自嘲気味の笑みがこぼれてしまう。
(散々、自分勝手に振舞って、人を振り回して──)
人の気持ちをここまで掻き乱しておいて、さっさと逃げてしまった。
この国にも、男色趣味の男たちは居る。娼婦を置く店ほどおおっぴらにはされていなくとも、少年や青年を囲っている娼館もあちこちにあるはずである。諸国の王侯貴族の中には、妃や側室をもつ傍ら、美少年を堂々と身近にはべらせて寵愛している者も多いと聞く。
しかしレドに関しては、そんな噂はとんとなかった。妃こそまだ迎えていないが、夜の褥に呼ぶ僕の女など、いくらでもいるはずだった。
シュウの聞いた話によれば、かつて実際にそういう女たちの中から側室にまでなった者もいたはずである。
そういう自分にも、特にそんな性癖はない。いや、ないと思っていた。
そもそも以前のあの姿では、農家の年頃の女性などから興味を示されること自体がまったくなかった。それでも普通に女性を美しいと思えるし、魅力的だとも思っていた。
だから、まさか自分が、男性で、しかもこの国の王である人とこんなことになろうとは思わなかった。
(きっと、びっくりしたんだよね……あの人も)
自分がショックを受けた以上に、レドのショックは大きいのだろう。
なにしろ、先に「仕掛けた」のは向こうなのだ。
「はあ……」
と、シュウが溜め息をついた時。
ほとほとと扉を叩く音がして、ヴォダリウスの声がした。
「よろしいですかな」
「あ……どうぞ」
扉が開き、深い皺に彩られた顔がそっと覗いた。シュウはすぐさま立ち上がって出迎える。ヴォダリウスが連れてきていた侍従がテーブルに昼下がりのお茶の支度をして引き下がっていった。
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