【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第一部 トロイヤード編 第五章 癒しの手

7 月光

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 双子の月が、中天に昇る。

 二つの月は、遥か神代の昔から
 時には離れ、時には重なりながら
 満ち欠けを繰り返しつつ
 この地の夜を照らしている。
 

 ◇


 窓外の月には背を向けたまま、レドは自室でまんじりともせずに一夜を明かした。東の空はすでに白々と明けつつある。星空が濃紺から濃い紫へと変わり、雲に映りこむ金色の色合いが少しずつ増してきている。

 あれから、シュウに応急処置を施した後、できうる限りの速さで馬を飛ばして一行は王都に戻った。シュウはすぐに王宮付きの典医に診せて手当てを受けさせ、今は後宮の一室で手厚い看護を受けている。

 だが今のところ、シュウはかろうじて生きているというだけだった。
 すぐに吸い出した猛毒は、それでも残った数滴でシュウの体を激しくむしばんでいた。
 全身が赤黒く腫れあがり、高熱にうなされ、意識はずっと混濁して朦朧としている。
 いつ死んでもおかしくないと、申し訳なさそうに典医は言った。「今夜が山でござりましょう」と。

「くそっ……!」

 組んだ両手を血が滲むばかりに握り締め、奥歯を噛み締める。

(なぜ、もっと早くに言わなかった──)

 ただただそれが、悔やんでも悔やみきれない。
 あのとき、気を失う最後の一瞬に、シュウはレドに囁いた。

 その手の能力ちからは、自分にだけは効かないのだ──と。

「まったく、恐れ入るわ──」

 頭を抱え、吐き捨てるように呟いた。
 あれほどの威力を持ちながら、宿主だけは救えぬ能力ちから

 ……それは一体、なんの呪いだ。

 自分は、神など信じてはいない。
 少なくとも、土着の民たちが崇めているという銅やすずでできた獣頭の神など一片たりとも信じる気はない。そういう意味で、自分はまったくの不信心者だ。
 もちろん、政治的に利用するとなれば話は別だ。土着の信仰をないがしろにすれば、いつか国のいしずえがあやうくされる。そう判断したトロイヤード一世の政治方針により、建国以来この国ではその宗教は保護され、公的な行事として季節ごとの祭事も行われている。レドもそれには、毎年そしらぬ顔で参列している。

 だがレド自身は、たとえシュウの命のためでも、あのような偽りの神々に縋ろうとは思わなかった。
 兄が死んだ時も、弟が死んだ時もそうだった。 
 聡明な兄は戦場で死に、慈愛に満ちた弟は病にたおれた。

 人は、あっという間に死ぬ。
 だからこそ、ただ、今を生ききるだけなのだ。

 祈れというなら、月に祈ろう。

 あの醜悪な獣頭の神よりも、はるかに気高く美しいものに──。

 と、遠慮がちに扉を叩く音がした。
 いらえは待たず、ヴォダリウスが静かに部屋に入ってくる。

「……!」

 レドがびくりと顔を上げた。今、自分がもっとも聞きたくない報告を持ってきたのかと危ぶんだのだ。そして自分が滅多に人に見せることのない、恐れを含んだ視線を老人に投げた。
 が、老人はレドを安心させるかのように首を横にふっただけだった。途端に詰めていた息を吐き出し、レドはまた黙って頭を抱えた。老人が静かに口を開いた。

「陛下。少し、お休みになられませぬと……」
「構うな。俺は大丈夫だ」

 口調がどうしても棘を含んでしまう。
 しかし、老人はそれには気付かぬ風だ。

「左様にござりまするか。若さとは、つくづく羨ましきものでござりまするな」

 穏やかに言って、ヴォダリウスは足音もたてずにレドのいるテーブルの傍までやってきた。そこでしばらく沈黙し、窓の外の沈みゆく月を眺める風だったが、またゆっくりと、座るレドに視線を戻した。

「わたくしも」と、口を開く。「わたくしも、残念でなりませぬ」

 目を上げると、老人の瞳にはいつものような覇気がなかった。気のせいか皺もさらに深くなり、顔全体が萎んで見える。

「ほんの二ヶ月ばかりのことではござりましたが、わたくしもいつの間にやら、あの方を実の孫のように思うておりましたようで──」

 少し言葉を切ってから、老人はやがてぽつりと言った。

「かつてわが息子を亡くした時のことが、思い出されてなりませぬ」

 レドは、ただ沈黙で答えた。

「つくづく、不思議な力をお持ちでござりますな、あの方は」
「ああ……そうだな」

 レドが唇を噛んだ。

(後悔……か)

 あいつに対して、何か後悔があるのだとすれば。
 それはもっと、ずっと早く、はっきりさせておくべきだったのかもしれない。

 人の命は、短い。
 何かを迷っている暇などないほど──。

 そのとき、扉の向こうで足音がして、あわただしく扉が叩かれた。
 二人ははじかれるようにそちらを見やった。

「入れ!」

 レドが応えるやいなや扉が開き、シュウの看護についていた若い医務官が息を切らせて入ってきた。

「へ、陛下……シュウ様が」

 レドは一瞬黙り込み、しかし意を決したように、低く訊ねた。

「シュウが、……なんだ」

「い、意識をとりもどされました! ご典医さまが、どうやらひと山越えたと──」
「──!」

 レドは、最後まで聞いてはいなかった。
 椅子を蹴って立ち上がり、凄まじい速さで部屋を飛び出していった。
 その姿を見送って、ヴォダリウスはゆるく微笑んだ。

「まこと、若さとは羨ましきもの……」

 月は星々の世界に還り、白々と夜は明け染めた。
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