【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第一部 トロイヤード編 第五章 癒しの手

8 覚醒

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「シュウ! わかるか、シュウ!」

 遠くで、レドの声がする。
 ひどく心配そうな声だ。
 軽く頬を叩かれているような気もする。
 目を開けようと思うが、あまり思うようにはいかなかった。

 体が、熱い。
 体の中が、すべて火傷でただれてしまったのではないかと思うほどだ。
 口も喉もからからに渇いて、唇は上下が貼りついたようになっており、動かすのも億劫だった。
 背中には焼け火箸を押し当てられたような痛みがある。そこは心臓の拍動とともに、ずくん、ずくんとその痛みを供給していた。

 やっとのことで少しだけ目を開くと、そこはどこか知らない薄明るい部屋の中だった。医務棟の病室と同じ匂いが漂っている。
 ゆっくりと視線を動かすと、レドが枕元にいた。シュウがうつ伏せに寝かされているため、寝台の脇に座り込むようにして顔を覗き込んでいる。

 その指が、そっとシュウの頬を撫でた。
 続けて、ゆっくりと髪をいてくれている。
 それは小さな子猫でも撫でるように優しかった。

(これ……夢?)

 シュウはぼんやりと考える。
 なんだかずっと悪夢を見ていたような気がする。
 真っ黒な奈落に、ずるずると落ちてゆくような。
 地獄の魔犬がそこから首を出して、自分の体を足から少しずつかじってゆくような。

 ……でも。

(陛下が、こんなに優しいなら──)

 こんな夢なら、ずっと覚めなければいい。
 本当は、ずっとこんな風にして欲しかった。
 しかし、彼は自分がそんなことを望んでいい相手ではなかった。

(もうちょっと、だけなら……)

 夢なら、誰も傷つけない。もう少しこの手に撫でられていたかった。
 そう思ってまた目を閉じようとすると。

「おい! シュウ! 目を開けろ!」 

 今度はずっとはっきりと、レドの声が耳に届いた。

(あれ……?)

「いい加減にしろ、貴様! いつまで寝ているつもりだ!」

 先ほどとは打って変わって、頬をぴしゃぴしゃ叩かれている。
 なんだかいきなり随分と優しくなくなった。

(これは……もしかして)

 次第に意識がはっきりしてくる。
 このレドは、夢ではなくて──

「ほん、もの……ですか」
「殴られたいのか、貴様」

 掠れきった声だったが、がっかりしていることだけは十分に伝わってしまったようだ。

「第一声がそれか?」

 怒りの形相の前で、レドの拳が今にも飛んできそうな状態で震えている。
 シュウはやっと本当に目が覚めた。
 目が覚めても体の自由が利くわけではなかったが、シュウは枕の上にあった手をそっとレドの方に動かそうとしてみた。指がほんの少し動いただけだったが、その上にすぐにレドの手が重なってきて、ちょっと面食らう。

 (あ……れ?)

 さらりとこんなことをする男だっただろうか。
 さらにそのまま強く握り締められ、シュウはなんだか不思議な気がした。
 やっぱり、まだ夢の中にいるのかも知れなかった。

(でも、よかった……)

 レドは無事だ。僅かに疲れたような表情ではあったが、体はどこも傷めていないようである。シュウは口の端を歪めて、やっと少し笑った。

「にやにやするな。この大馬鹿者が」

 対するレドは、至って不機嫌だ。

(大馬鹿者って……ひどいなあ)

 そう思っても口はあまり動かせなかった。

「あんな場面で、順序を間違うやつがあるか」

(順序……?)

 なんのことだろう、と思いながらも視線を動かしてみる。周囲に人の気配はなく、今はこの部屋にレドと二人きりのようだった。気のせいか、室内の調度が随分豪華な気がする。

「わからんのか。お前はあの時、自分を治すことはできんと言ったな?」

 シュウは、僅かにうなずいた。

「なら、まずは俺を撃たせるべきだった。賊が逃げてから、お前が俺を治せばよかった。……違うか」
「……あ」

 言われてみれば、その通りだ。
 もっとも、あの時はただもう夢中で、そんなことを考えている余裕はなかった。
 自分にレドのような判断力があるはずがない。

「はは……。ほん……とだ」弱々しく笑ってしまう。「バカ……ですね、僕……」

 レドがそれを見て、見る見る辛そうな顔になった。もう片方の手で顔を覆ってしまう。

「いや、違う。……すまん。言い過ぎた」

 レドは掴んでいたシュウの手を少し持ち上げて、両手で包むように握りなおすと、それを自分の眉間に押し付けた。
 レドの表情は、シュウからまた見えなくなった。
 その手の向こうから声がした。

「礼を言う。お前は、俺の命を二度も救った。……だが」その手が僅かに震えているのが分かって、シュウはひどく驚いた。「だがもう二度と、こんな真似はするな」
 声まで少し震えていた。
「……頼む」

 なんと答えればいいのか分からなかった。
 シュウはただ、黙って頷くしかなかった。
 

 ◇


 それからは、日一日とシュウは回復していった。
 背中の傷が塞がってもしばらくは痛みが残り、シュウはなかなか仰向けで眠ることはできなかった。
 傷跡は醜く赤黒く変色したままで、典医は大変言いにくそうに、これ以上綺麗には治らないとレドに告げた。シュウはそんなことは平気だったが、レドはひどくやりきれない様子で、その話になると明らかに機嫌が悪くなった。

 多忙な政務の合間を縫って、レドは必ず一日一回はシュウの顔を見にやってきた。ヴォダリウスも同様である。
 タルカスだけには会えなくて、シュウは申し訳ない気持ちだった。
 少し回復してきてから教えられたのだが、ここは後宮の一室だった。
 ヴォダリウスとシュウは例外としても、タルカスが後宮に足を踏み入れるなど、許されるものではなかった。

 都合上、「ラギ」は病状が悪化して倒れ、とこから出られないということになっている。「伝染病の恐れがあるため完全隔離」という触れ込みだ。
 しかし、「それでもいいからラギ様の傍に仕えさせて欲しい」とタルカスは何度も頼み込んで来たらしい。そのあまりのしつこさに、王宮付きの兵士も医務官たちも一様にげんなりしている様子だった。
 そのタルカスはもちろんのこと、病棟でラギの世話になった兵士たちからも見舞いの品が連日のように次々と届いた。

 レドを狙った襲撃者は、あの後追手の兵に捕まったらしい。が、すぐに服毒して自殺したという。持ち物からも黒幕を特定するものは何も出なかった。

「十中八九、エスペローサの差し金だろうよ」レドは断定した。「なにしろ、かのナリウス公は、当代随一の権謀術数けんぼうじゅっすう権化ごんげであらせられるからな──」

 吐き捨てんばかりにそう言うレドの言葉には、嫌悪と皮肉が山ほど内包されていた。
 北の大国、エスペローサ。
 その国王も、レドより年上ではあるがまだ二十代の若き王であると聞く。
 その王家は、代々陰謀と殺戮に彩られ、連綿と続いてきた家系からは血みどろの腐臭を拭い得たためしがない。

 もちろんこの時のシュウは、いずれ自分がそんな人物にまみえる機会があろうなどとは露ほども思いはしなかった。
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