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第一部 トロイヤード編 第六章 失踪
1 正妃の間(1)
しおりを挟む病床から起き上がり、少し歩き回れるほどに回復したころ。
シュウは自分の病室になっているこの部屋について、とある疑問を抱えていた。
まず、調度類が城内のどこよりも豪華に見える。
いや、ただ豪華なだけならまだいいのだ。
この部屋には、白や薄桃色を基調にしたレースやらフリルやら、花柄の華やかな掛け布やらカーテンやら、曲線的な甘い装飾の花瓶やら──そういう諸々の、明らかに「女性的な」趣味の品が多いのである。
シュウにしてみれば、もはや攻撃的なまでの品揃えだった。
(い、居づらい……)
本当に、居るだけで身の縮む思いだ。
自分だけが乙女たちの花園に迷い込んだ異物であるような、そんな居心地の悪さである。
ともかく、非常に――
(落ち着かない……)
シュウは、やっぱりフリルと花模様でいっぱいの天蓋付き寝台の上で小さくなって膝を抱え、力なく溜め息をついた。
「なんで部屋、替えてもらえないんだろ……」
これまではレドの方で先に気を利かせて、毎回ごく簡素な部屋を用意してくれてきたというのに。それが今回、目を覚ましたらいきなりこの事態である。
(なにがどーして、こうなったんだ……???)
回復してきてこの方、ずっとそういう疑問符がシュウの頭を駆け巡っている。
その上、あくまでも一部なのだが、この部屋付きの数人の女官たちが、その部屋に居るシュウを見てはくすくすと妙に嬉しそうなのにも困った。
彼女たちは毎朝色とりどりの衣服を持参して、シュウにあれこれ試着させてみては、
「まあ素敵! お可愛いらしいですわ! シュウ様」とか、
「やはりシュウさまのお髪の色にはこちらがお似合いでしたわね! とっても素敵でいらっしゃいますことよ! シュウ様」とか、
いやもう、何がもうすぐ二十歳になろうかという男を捕まえて「お可愛いらしい」のか、まったく意味不明である。
そういう「お人形さん扱い」は、さすがのシュウでももう本当に、心からご辞退申し上げたいところだった。
◇
もちろん、それだけではない。
実は、それよりもずっと胸にのしかかっていることもある。
ここが後宮の一角であることは分かっていたが、いったい何のための部屋なのか、何度きいてもレドは明瞭には答えなかった。
「医者も女官もすぐに飛んでこられる上、俺の部屋からもごく近い。最も便利のいい部屋を選んだ。それだけだ」
と、なにか奥歯に挟まったような説明はされたけれども。
レドがああいう歯切れの悪い物言いをするとき、それは決まって何か後ろめたいことがある時だ。シュウにもだんだん、そういうことが分かってきている。
そろそろ元の部屋に戻りたいと何度願い出ても、
「却下だ。今さら面倒臭い」
と、レドは取り合ってくれない。
「空いている部屋を利用したまでだ。なにが問題だ」
と、こうである。
確かに、ここがレドにとっても女官たちにとっても都合のいい位置にあるのは本当だ。レドの執務室と居室の中間に当たるうえ、女官たちの部屋もすぐそばにある。
部屋の広さも、大勢の者が看護のために動き回るのに十分だった。もともとシュウがいた部屋ではこういうわけにはいかなかっただろう。
そういう理屈は、シュウにも十分わかっている。
(だけど、それって……つまり)
ここがレドにとって、また王国にとっても、とても大切な誰かが本来使うべき部屋だからではないだろうか。
本当のところ、シュウは薄々わかっているような気がしている。
この部屋が、いったい誰のための部屋なのか。
しかし、もしもそれが事実なら、それは王宮内でのレドの立場をひどく悪くしているのではないだろうか。
ヴォダリウスが「お気になされまするな」と何度いってくれても、シュウにはそれが心配だった。もっとも、老人は確かにちょっと困った顔をしてはいた。
はっきりした答えは誰の口からも聞くことができなかった。
レド以外の誰かにそれとなく聞こうにも、すでに彼によって完璧な緘口令が敷かれているらしく、看護に来る女官や医務官も何も教えてはくれなかった。
「それは、お答えできかねまする」
「申し訳ございません。叱られますので……」
そんな返事を何度も聞いた。
そう言われてしまったら、シュウも無闇に訊き続けることはできなかった。
シュウ自身、それを聞いてすべてをはっきりさせてしまうことに、どこか躊躇いを抱いていたのかもしれない。
だが、そろそろ諦めかかっていたある日のこと。
女官の一人が体調を崩し、今日初めて見る顔の少女の女官がやってきた。
見るからに、彼女がここに務めて日が浅いのが分かった。はちきれそうな緊張に頬を紅潮させ、掃除の手つきもまだまだあぶなっかしい。
「エ、エデルです。よろしくお願い、い、いたしますっ!」
と自己紹介して、シュウの顔をちらりと見た途端、更に真っ赤に茹で上がったのが、なんとも可愛らしかった。年の頃はまだ十二、三歳といったところか。黒い髪をおさげにした気持ちのいいほど元気な少女だった。
シュウが思わず微笑んでしまうと、エデルはもう、周りが何も見えなくなったようにぽーっとなり、その後は何度もつまずいて転んだり、掃除用の水の入った桶をひっくり返したりして、先輩女官にきつく叱られていた。
彼女は初め、年嵩の別の女官と一緒に入ってきて寝具の取替えや掃除などに精をだしていた。
以前に彼女らの手伝いをしようとしたところ、それはもう「固く固くお断り」されてしまったため、シュウはそれ以来部屋の隅で作業を見ていることが多かった。
この日も、同じように窓辺に腰を下ろしてなんとなしに外を見ていた。
と、年上の女官が人に呼ばれて席をはずした。
シュウはふと思いついて少女に声をかけてみた。
「エデル……さん? お掃除、どうもありがとう」
なるべく怖がらせたくなくて、にっこり笑ってみた。
途端、《びくーん!》という形容が一番ぴったりくる感じでエデルが硬直した。早速、持っていた羊毛のはたきを盛大に取り落としている。
「はっ、はははは、な、なんですか!?」
もはやどこから出しているのかもよくわからないほど、声が裏返っている。
「えーと……。そんなに、緊張しないでくれませんか? 僕も緊張しちゃうから……」
自分が彼女たちからどんな風に見えているのかは分かっているつもりだが、やっぱりこういう反応には慣れない。
「はっ、はひっ、どどどど、どれが、なにが──??」
見れば、エデルの目はぐるぐる泳いでいる。こちらの言うことの半分も聞こえていないのではないだろうか。シュウも困って、苦笑するしかなかった。
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