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第一部 トロイヤード編 第六章 失踪
2 正妃の間(2)
しおりを挟む「えっと……。大変だったね? 急にこんな、大きな部屋の掃除にこなくちゃならなくなって?」
「はっ、い、いえいえ! ご光栄でいらっしゃられり……っご、ございます!」
鯱張って、使い慣れないらしい敬語をいろいろ間違っている。
あまりに微笑ましくて、シュウもつい笑みを零した。
エデルは顔どころか、もう腕のあたりまで真っ赤になった。
「女官さんたちも、ちゃんと、その……偉くならないと、こんなお部屋は掃除させてもらえないんでしょう? エデルさんは、よく頑張っているんだね」
ゆるく鎌をかけている自覚はあった。が、本心だった。
目的は違ったけれども、シュウはやっぱり彼女に嘘は言いたくなかった。
これでもし話が聞けなくても、それはそれで構わなかった。
……しかし。
少女の顔が、花が咲いたようにぱあっと明るくなった。
「は、はいっ! 光栄ですっ! こんな、こんな素敵な『王妃様のお部屋』に入れるなんて、あたし、あたしほんとに──!」
一瞬の、沈黙があった。
「あ、そう……なんだ」
その瞬間、微笑んでいるにも関わらずわずかにシュウの瞳によぎった陰を見て、少女ははっと口をつぐんだ。
「……!」
ぱっと口を押さえて、たちまち顔色を失ってゆく。その足ががくがくと震えだすのを見てシュウも慌てた。
「ご、ごめんね……!」
すぐに立ち上がり、へなへなと座り込んでしまった少女の傍に膝をつく。少女の目に、みるみる涙が盛り上がってくる。
『どうしよう、どうしよう、言っちゃった……!』
『あんなに注意されてたのに!』
『きっときついお叱りをうけるわ……!』
そんな彼女の心の声が本当に聞こえてくるようだった。
それは、シュウの胸にまっすぐ刺さった。
真っ黒な罪悪感がどっと押し寄せてきた。
「ごめんね、本当に、ごめんなさい──!」
床に手をつき必死で謝るが、少女は呆然自失の状態でぼろぼろと涙を零すばかりで、なにも聞いてはいなかった。
と、ひたひたと年嵩の女官が戻ってくる足音がした。
シュウは慌てて少女の耳に口を寄せた。
「大丈夫! 僕、なんにも聞かなかった。聞かなかったから……!」
女官がエデルの名を呼んでいる。
「安心、して……」
いいながら、シュウの目にも涙が溢れた。
「本当に、ごめんなさい……」
口を覆ったが、嗚咽を隠すことはできなかった。
(僕は……なんてことを)
こんな少女に、こんな思いをさせて。
一体自分は、何様のつもりなんだ。
あの時、あそこでレドに会ってさえいなければ、自分はこの少女よりもずっと貧しい、ただの薄汚れた田舎の村人だったというのに──。
◇
部屋に戻るなり、新米の女官とシュウが床に座り込み、顔を覆って一緒に泣いているのを見て、年嵩の女官は凍りついた。
「僕が身の上話をしていたら、エデルさんが同情してくださって……」というかなり苦しいシュウの言い訳を、女官は首をかしげながら聞いていた。
到底、誤魔化しおおせてはいないようだったが、彼女はやがて、まだしゃくりあげているエデルとともに静かに退室していった。
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