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第一部 トロイヤード編 第六章 失踪
3 困惑
しおりを挟む(王妃様の部屋……か)
「やっぱり、ね……」
少女趣味満載の寝台の上で膝を抱え、シュウはもう何度目かになる溜め息をついた。
午前中、エデルとその先輩の女官が立ち去った扉の方を見つめながら、ずっとこのことばかり考えている。
窓の外はそろそろ夕焼け色に変わり始めていた。
レドは昼過ぎに見舞いに来たが、ほんの短い時間だったし、エデルのことがあるので、このことはまだ聞いてみてはいない。
もうすぐ女官が夕餉を知らせにくる刻限だった。
◇
うすうす予想していたとはいえ、それでもはっきりと真実を知ることは、シュウにとって思った以上の衝撃だった。
……それにしても。
(それって、すごく……まずいことだよね? やっぱり……)
「『正妃の間』に、王が男を飼っている」。
言葉にしてしまうと、なんとも酷い。が、実際がどうかはともかく他人はそう見るだけだろう。
このことを城のみんなはもう知っているのだろうか。今までは知らなかったが、意外なほどの速さで噂の広まりやすい城内だ。広がりだせばあっという間だろう。どこまで知れ渡っているのだろうか。
そう、たとえば──
(タルカスさん、とか……?)
しばし、時が停止する。
「うわあああああ!」
思わず叫び声を上げ、寝台に立ち上がった。髪を滅茶苦茶に掻きむしる。
(やだやだやだ! 絶対に、嫌だああ!)
頭と両腕をぶんぶん振って、いま脳裏に描かれたあらゆる映像を消去しようとする。想像したことそのものを後悔した。
あの実直なタルカスの、侮蔑に満ちた視線。そんなものは爪の先ほども思い描きたくない。考えただけで心臓がばくばくし始めて、全身に鳥肌が立った。
もちろんタルカスが、どんな感情もそう簡単に表に出すような男でないことはシュウもよく知っている。だが、それでも。
(駄目だ、駄目だ、ぜっっったい、駄目だよ……!)
がばっと寝台の掛け布を頭から被って、シュウはそれをぐるぐると体に巻きつけ、ほとんど芋虫のようになった。そのままうずくまる。
そもそも「正妃の間」とはすなわち、いずれレドが娶るはずの正妃のための部屋である。いずれはレドの子供を産み、国母ともなるべき尊いお方なのだ。
いま現にそこの主が不在だからといって、ついこのあいだ辺境の村から拾われてきたような者(しかも男)が、使っていい空間であるはずがない。
「なんで、もっと反対しないんだよ……! ヴォダリウス様とか、文官さんとか将軍さまとかっ……!!」
恨みの矛先が、いつの間にかとんでもないところまで行ってしまう。
しかし。それがなぜできなかったのかは、悲しいかなシュウにもよく分かっていた。
(無理……だよね。そうだよね……)
どふっと、頭を枕に沈没させてしまう。
相手は、あのレドなのだ。
レドが一旦「こうだ」と言ったら、これまでシュウが見てきた限り、さすがのヴォダリウスでもそれを翻意させることはなかなか難しい。そしてあの老人に無理なことは、大抵はこの城の、他の誰にも無理なのだ。もちろんシュウだって例外ではない。
おそらく、あの襲撃のどさくさにレドが「シュウをこの部屋で治療させる」と宣言し、家臣一同が意見を差し挟む余地もあらばこそ、強引に運び入れてしまったのに違いない。
……そして、今に至る。
(ああもう、ほんとに、目に浮かぶよ……)
シュウは芋虫の中で頭を抱えてしまう。
自分に意識のなかった間の話とはいえ、家臣の皆さんには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
恐らく城内の者たちは、このことを決してよく思ってはいまい。
実際にレドと自分が「そういう関係」であるかどうかに関わらず、後宮の、しかも「正妃の間」に男を入れて養っているなど、家臣たちに「どうぞ白い目で見てください」と言わんばかりだ。もはや、暴挙と言ってもいい。
普段、大概のことでは本当の意味での冷静さを失うことのないレドにしては、なんだか行動に落差がありすぎる。シュウにはどうも納得がいかなかった。
こうするうちにも、自分がこの部屋に一日留まれば一日分、二日留まれば二日分、レドの評判を落としていっているのだろうに。
そんなことはシュウでさえ客観的に判断できるというのに。
(一体、なに考えてるんだろ、あの人……)
ひとつ、思い当たることはある。
(……まさかとは、思うけど)
矢傷の毒による高熱から目を覚ましたあの時。
あの時のレドの態度は、今まで見たことのないものだった。
顔こそ見えなかったけれど、手が震え、声が震えて、随分と動揺していたようにも見えた。
(初めて見たな……あんな陛下)
……つまり。
(僕の怪我のことで、動転していた……とか?)
「ないないないない!」
即座に手を顔の前でびゅんびゅん振って否定する。自分でも顔が耳まで赤くなっているのが分かった。
いくらなんでも、あのレドが。
たかだか、最近拾ってきた青年が毒矢で死に掛けたからと言って。
下手をすれば王国の内政問題になりかねないようなことで、判断ミスをするはずがない。
実際、怪我をしてからこれまでも、特にレドの態度は変わっていない。
毎日、せいぜい四半刻ぐらいのごく短い見舞いには来るけれど、だからと言ってなにか特別なことは何もない。仕事の書類を見たりしながら、シュウとどうということもない世間話をするだけだ。
怪我をしたときのあの態度も、そんなに重要視することではないのだろう。
拾ってきた子犬が死に掛けていたら、誰しもああなるに違いない。そんな程度のことだったのだ。きっとそうだ。
(自分に都合のいい想像は、やめよう……うん)
うんうんうん、と誰に見せるでもなくうなずいて、やっとシュウは掛け布から這い出した。
「……で、と」
(どうしたもんかなあ、これから……)
指を折りながら考えてみる。
(ヴォダリウスさまが説得しても、無理)
(僕が説得しても、多分無理……)
(勝手に部屋を移動してもすぐに戻される確率は高いし……)
(けど、とにかく一度陛下にお話だけはしないと)
シュウにはこのことに関して、レドに伝えておきたいこともある。
当日になって慌てないよう、少し心の準備も必要だった。
(もし、それでだめだったら)
レドには申し訳ないけれど、最終手段に出るしかないかもしれない。
自分には、ヴォダリウスや家臣たちにはできないとあることができるからだ。
シュウは以前、レドに宣言した。
「陛下の迷惑になるくらいなら、いつでも城を後にする」と。
(そりゃ、……寂しいけど)
考えた途端、涙腺がちょっと危なくなった。
ふるふると頭を振って、その考えを振り払う。
敢えて今は、そういう感情には蓋をしよう。
こうなってはもう、そうも言ってはいられないのだから。
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