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第一部 トロイヤード編 第七章 ふたつの月
4 跡(1)
しおりを挟むレドがシュウの部屋を出ると、もう扉の前にノインはおらず、タルカスだけが傲然と立っていた。心なしか国王に対する敬礼もややぞんざいであるように見える。レドはちらりとそれを見やって、あらためてタルカスに向き直った。
「捜索ご苦労。面倒をかけた」
「いえ。己の務めを全うしたまでです」
謙遜した物言いであるにも関わらず、タルカスの言葉にはどこか挑戦的な響きが混ざりこんでいる。レドが僅かに目を細めた。
「それは結構」
言いながら男の脇を抜けて歩きかけ、ふとレドは足を止めた。再度、巨躯の男を下から見上げる。
「そういえば、貴様か? 『ラギ』専属の護衛を申し出たとかいう男は」
「左様にございます」
タルカスが軽く一礼する。
レドはしばし言葉を切り、巨躯の男を鋭く見据えた。
「……なるほどな」口角をにやりと引き上げる。「職務に熱心なのは構わんが──」
そのままタルカスの鋼の胸に、とん、と指先を突き立てた。
「あまり、あいつに触るなよ?」
「心得ております」
強い光を放つ瞳に睨み上げられても、タルカスは別段動じる風もなかった。
男のまったく感情の乗らない返事を聞き流して、レドはマントを翻した。
◇
床に頭を擦りつけんばかりにして礼をしている宿の主人に「よろしく頼む」とだけ言葉を掛けて、レドは足早に宿を出た。
空には、双子の月が輝いている。そろそろ満月が近いようだ。
「よう大将。お帰りかい?」レドの背中を飄々とした男の声が呼び止めた。「悪かったね~。お楽しみに水、差しちまったみたいでよ」
宿のすぐ脇にある木の幹にノインが凭れて立っていた。相変わらず頭の後ろで腕を組んだ姿勢である。なにやら意味ありげなにやにや笑いだ。
レドは立ち止まったものの、ノインの方は見ずに答えた。
「一瞥以来だな、ノイン。まだ生きていたとは残念だ」
ノインが一瞬絶句した。
「ひっでえええ! それが久しぶりに会った『お兄様』に言う言葉かよ?」
レドの瞳がぎろりと光った。そしてにべもなく切り返す。
「貴様のような兄を持った覚えはない」
そんなことは日常茶飯事なのか、ノインの方でも別に傷ついた風もなかった。すぐに呑気な調子に戻る。
「大体こないだの戦でも、先陣切ったの俺じゃねえかよ。ちったあ感謝してもいいんじゃね?」
「そうだったか? 生憎と記憶にない。崖から落ちたせいかも知れんな」
レドは半眼でしれっと言った。
「あっそ。相変わらずだね~、お前……」ノインは憮然とした様子で額に指をやり、溜め息をつく。「んじゃ聞くけど、シュウちゃんの件はどーなのよ? 俺がいなかったら、今頃どーなってたと思ってんの?」
ここで初めてレドはノインに体を向けた。ノインはにこにことこちらを見返しているだけである。レドはしばし冷ややかにノインを見ていたが、やがて王として折り目正しく臣下への一礼をした。
「その件に関しては、礼をいう。シュウの姿を見逃して先走り、結果あいつを危険に晒した挙げ句、昼日中に町なかで大剣を振り回しての大立ち回り。それも、女子供の目の前で。いや恐れ入った。礼を言うぞ」
「言うなら素直に礼をいえ──!」
盛大に憤慨し、「かわいくねええ!」などと叫んでいるノインを横目で眺め、レドは少し片頬を上げた。
「それはそうと。たまには親父殿に顔でも見せてやれ。あれでも寂しがっておられるぞ」
途端ぴくりとノインの眉が動いた。「親父殿」とは、すなわち万騎長・ゴルザス将軍のことである。
「うるっせーよ。大きなお世話だ」
この話題だけは振られたくないのか、ノインは腕を組むと「けっ」と横を向いてしまった。レドは静かに彼を見返す。
「和解するなら、親父殿がご存命のうちを勧めるぞ。ともあれ、悔いの残らんようにな」
それだけ言うと、レドはもう振り向くことなく愛馬・黒竜号の元に向かった。
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