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第一部 トロイヤード編 第七章 ふたつの月
5 跡(2)
しおりを挟む半刻後。
レドが去ったのとすれ違うようにして、四頭立ての馬車が宿の前に止まった。
馬車と言っても華美な装飾などはほとんどない。四人乗りの比較的大きなものだが、屋根も扉も頑丈ではあるが簡素な作りで、一見して王族が使用するとはとても見えなかった。
御者を務めていた兵士が扉を開けると、一人の少女が飛び降りて慌てて宿へと走ってゆく。続いて、老年の医師風の男がゆっくりと降り立った。
「シュウさま――!!」
扉を開けるなり、タルカスの制止も聞かず、少女はシュウの寝台に飛びついた。
「えっ……? エ、エデルさん……? ど、どうして──」
事態がよく飲み込めず、寝台上のシュウは目を白黒させている。
「よかったわ、よかったわ……! シュウ様がご無事で……。ごめんなさい、本当にごめんなさい──!」
そう言ったきり、もう少女は寝台の縁に取り付いてわんわん泣くばかりである。
「ちょっとエデルさん、落ち着いて……。エデルさんが謝ることなんてないんだし……。タルカスさん、これ、一体──」
困りきって助けを求めるシュウだったが、タルカスからの返事はなかった。その視線はとある一点をじっと凝視しているだけだ。
タルカスだけではない。一連の騒ぎに何事かと覗きに来たノインも、シュウをひと目みて言葉を失っていた。
「うっわ……あいつ、えげつねー……」
ノインが口を押さえ、呆れたように呟く。タルカスは無言だが、明らかにその目に怒気が宿っているようである。後からのんびりとやってきた医師風の男は、入り口のところで奇妙な部屋の雰囲気に首をかしげて立っている。
と、ひとしきり泣いて少し落ち着いたエデルが顔をあげ、あることに気がついて、ちょっと不思議そうな顔をした。
「あら? シュウ様、その、首のところ……?」
途端、ノインが閃光のような速さで少女の目と口を両手で塞いだ。
「うおっと! お子ちゃまにはまだ早えって!」
「……ノ、ノインさん?」
シュウがびっくりして止めようとした。
「やめてください! そんな小さな子──」
が、ふがふがともがいている少女を捕まえたまま、ノインは引きつった笑顔を浮かべてシュウに何度も頷いた。
「あ~、うん! なんでもねー、なんでもねーよー? 気にすんなって! なっ?シュウちゃん」
様子のおかしいノインに、シュウは怪訝な顔になる。
(首……? 首がどうとかって、エデルさん……)
しかし、位置的にそこを自分で見ることは難しかった。こんな安宿に鏡など置いてあるだろうか?
(首……といえば)
つい、レドが帰り際にしていったあれこれを思い出してしまう。シュウはまたかっと耳が熱くなった。
それと、最後のあの台詞。
──『これが消えるまでには、戻って来い』。
「…………」
(ま、まさか……)
次第に事態が飲み込めてきた。と同時に、自分の顔がますます真っ赤になっていくのがわかる。
(へ、陛下ってば……陛下ってば……!)
覚えのある場所をしっかりと手で隠して、シュウはわなわなと震えだした。
(まったくもう……! あの人は──!!)
後ほど。
町の商家から借りてきた小さな手鏡で確認すると、シュウの首にはそれはそれは鮮やかな「所有の証」が咲いていた。
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