50 / 149
第一部 トロイヤード編 第七章 ふたつの月
6 約束(1)
しおりを挟む翌朝。
ノインがシュウの部屋に顔を出した。
「うーす、シュウちゃん。そろそろ行くんで、一応挨拶しにきたぜ~?」
昨夜は結局、ノインもこの宿に一泊したのだ。のほほんとしているようで、実は彼もそんなに暇な体ではなかったらしい。普段常駐している北東方面の城塞に、急ぎで戻らねばならないという。
「あ。悪い、嬢ちゃん。ちっと、席はずしてもらえねーかなあ?」
ノインが軽い調子で、シュウの朝の身支度を手伝っていたエデルに言った。
「なあんですってえ……?」少女がぴくりと眉を吊り上げた。「あなた、シュウ様にまた何かしようっていうんじゃないでしょうね?」
エデルの口調はひたすら「厳しい」の一言だ。とても十二歳とは思えない。
聞けば、エデルはヴォダリウスに一連の事情を話し、ここへシュウの身の回りの世話をしに来ることを許されたらしい。先日の失態を猛省した反動からか、責任感と保護欲が半端なく急上昇して、今ではもはやシュウのお母さんかと思えるほどだ。
しかも昨夜の一件以来、ノインはこの少女に「危険人物」として認識されてしまったらしい。とはいえ、いきなり彼女の目と口を塞ぐなどという暴挙に出たわけだから、ノインにもあまり文句は言えない。
「あ、ははは……」
当のシュウも、仕方なく苦笑するばかりである。首には例の「印」を隠すため、また包帯が巻かれていた。これは「目のやり場に困るからなんとかしてくれ」という、ノインたっての希望による。
「姐さん、すんません! そこを何とか! これ、この通り!」
ノインは顔の前で神々を拝む仕草をしている。十歳以上も年下であろう少女に対し、平身低頭の体で下手にでまくっている。
エデルはしばらく彼に疑わしげな視線を注いでいたが、「では、シュウ様。何かありましたらすぐに悲鳴を上げてくださいませね?」と痛烈な台詞を残して出て行った。
(ひ、悲鳴って……エデルさん……??)
シュウも絶句してしまう。
「うわ~、参った。嫌われたもんだ……」彼女の閉じていった扉を見ながら、ノインががしがし頭を掻いた。「形はちっこくても、やっぱ女だねぇ。敵わねえわ~」
苦笑している横顔は、それでもどこか嬉しそうだ。
シュウはもう随分前から、この青年に好感を覚えている。
なにしろあけっぴろげで、屈託がない。言いたいことは何でもずけずけ言っているようでいて、意外と人を傷つけないばかりか、むしろ人に好かれる才能があるようだ。きっと部下にも慕われる千騎長であるに違いない。
もちろんいい大人の男ではあるので、単に「明るい」というのではないのだろうが。
また、本人たちはどこまでも否定するのだろうが、レドと気心の知れた間柄であるというのも大きい。シュウにとっては、それはかなりの安心材料でもある。
「あの……。それで、ノインさん。お話っていうのは……?」
「おっと、そうだった」
すでに当初の目的を忘れかけていたらしい。
ノインは「座らせてもらうぜ」と椅子を近くに引き寄せて、昨夜と同じ体勢になった。
「まあ話、っつーほどのもんでもねえんだけどよ……」
ノインは顎のあたりを指先でとんとん叩いた。この男にしては珍しく、何かを躊躇しているようだ。
「えーっと……。まあ、なんだ。レドのこと、よろしく頼むわ。な?」
今度は頬のあたりを指で掻きながら、明後日のほうを見て言う。
「……え?」
(いやいや、僕にそんなこと頼まれても──)
戦場でも王宮でも、役に立つのは圧倒的にノインの方だろう。そんなシュウの思いを見透かしたのか、ノインは苦笑して首を横に振った。
「なあ、シュウちゃん。考えてもみなって。あいつと子供の頃から一緒に育ったような野郎が、なんで今、あいつの隣にいねえ?」
(……あ)
確かにそうだ。幼くしてわざわざ王子殿下の「遊び友達」としての地位を与えられ、ともに育つということは。それはとりも直さず、ノインが周囲の者たちから将来におけるレドの側近としての立場を望まれていたということだろう。
しかし実際のノインの今の立場は、辺境の城塞に常駐する一介の千騎長だ。
シュウの表情を明確に読みとって、ノインがやや自嘲気味に笑った。
「ま、要するに『やらかした』ってことだよ、俺が。……まあ、その辺りは察してくんな」
そんなことを、何の拘りもない表情でさらりと言う。鳶色の瞳も笑ったままだ。
0
あなたにおすすめの小説
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
カフェ・コン・レーチェ
こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。
背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。
今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる?
「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。
照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。
そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。
甘く、切なく、でも愛しくてたまらない――
珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動
相沢蒼依
BL
名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。
一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。
青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。
《届かぬ調べに、心が響き合い》
https://estar.jp/novels/26414089
https://blove.jp/novel/265056/
https://www.neopage.com/book/32111833029792800
(ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)
孤毒の解毒薬
紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。
中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。
不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。
【登場人物】
西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。
白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる