【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第一部 トロイヤード編 第七章 ふたつの月

6 約束(1)

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 翌朝。
 ノインがシュウの部屋に顔を出した。

「うーす、シュウちゃん。そろそろ行くんで、一応挨拶しにきたぜ~?」

 昨夜は結局、ノインもこの宿に一泊したのだ。のほほんとしているようで、実は彼もそんなに暇な体ではなかったらしい。普段常駐している北東方面の城塞に、急ぎで戻らねばならないという。

「あ。わりい、嬢ちゃん。ちっと、席はずしてもらえねーかなあ?」

 ノインが軽い調子で、シュウの朝の身支度を手伝っていたエデルに言った。

「なあんですってえ……?」少女がぴくりと眉を吊り上げた。「あなた、シュウ様にまた何かしようっていうんじゃないでしょうね?」

 エデルの口調はひたすら「厳しい」の一言だ。とても十二歳とは思えない。
 聞けば、エデルはヴォダリウスに一連の事情を話し、ここへシュウの身の回りの世話をしに来ることを許されたらしい。先日の失態を猛省した反動からか、責任感と保護欲が半端なく急上昇して、今ではもはやシュウのお母さんかと思えるほどだ。
 しかも昨夜の一件以来、ノインはこの少女に「危険人物」として認識されてしまったらしい。とはいえ、いきなり彼女の目と口を塞ぐなどという暴挙に出たわけだから、ノインにもあまり文句は言えない。

「あ、ははは……」

 当のシュウも、仕方なく苦笑するばかりである。首には例の「印」を隠すため、また包帯が巻かれていた。これは「目のやり場に困るからなんとかしてくれ」という、ノインたっての希望による。

あねさん、すんません! そこを何とか! これ、この通り!」

 ノインは顔の前で神々を拝む仕草をしている。十歳以上も年下であろう少女に対し、平身低頭のていで下手にでまくっている。
 エデルはしばらく彼に疑わしげな視線を注いでいたが、「では、シュウ様。何かありましたらすぐに悲鳴を上げてくださいませね?」と痛烈な台詞を残して出て行った。

(ひ、悲鳴って……エデルさん……??)

 シュウも絶句してしまう。

「うわ~、参った。嫌われたもんだ……」彼女の閉じていった扉を見ながら、ノインががしがし頭を掻いた。「なりはちっこくても、やっぱ女だねぇ。かなわねえわ~」

 苦笑している横顔は、それでもどこか嬉しそうだ。
 シュウはもう随分前から、この青年に好感を覚えている。
 なにしろあけっぴろげで、屈託がない。言いたいことは何でもずけずけ言っているようでいて、意外と人を傷つけないばかりか、むしろ人に好かれる才能があるようだ。きっと部下にも慕われる千騎長であるに違いない。

 もちろんいい大人の男ではあるので、単に「明るい」というのではないのだろうが。
 また、本人たちはどこまでも否定するのだろうが、レドと気心の知れた間柄であるというのも大きい。シュウにとっては、それはかなりの安心材料でもある。

「あの……。それで、ノインさん。お話っていうのは……?」
「おっと、そうだった」

 すでに当初の目的を忘れかけていたらしい。
 ノインは「座らせてもらうぜ」と椅子を近くに引き寄せて、昨夜と同じ体勢になった。

「まあ話、っつーほどのもんでもねえんだけどよ……」

 ノインは顎のあたりを指先でとんとん叩いた。この男にしては珍しく、何かを躊躇しているようだ。

「えーっと……。まあ、なんだ。レドのこと、よろしく頼むわ。な?」

 今度は頬のあたりを指で掻きながら、明後日のほうを見て言う。

「……え?」

(いやいや、僕にそんなこと頼まれても──)

 戦場でも王宮でも、役に立つのは圧倒的にノインの方だろう。そんなシュウの思いを見透かしたのか、ノインは苦笑して首を横に振った。

「なあ、シュウちゃん。考えてもみなって。あいつと子供の頃から一緒に育ったような野郎が、なんで今、あいつの隣にいねえ?」

(……あ)

 確かにそうだ。幼くしてわざわざ王子殿下の「遊び友達」としての地位を与えられ、ともに育つということは。それはとりも直さず、ノインが周囲の者たちから将来におけるレドの側近としての立場を望まれていたということだろう。
 しかし実際のノインの今の立場は、辺境の城塞に常駐する一介の千騎長だ。
 シュウの表情を明確に読みとって、ノインがやや自嘲気味に笑った。

「ま、要するに『やらかした』ってことだよ、俺が。……まあ、その辺りは察してくんな」

 そんなことを、何のこだわりもない表情でさらりと言う。鳶色とびいろの瞳も笑ったままだ。
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