51 / 149
第一部 トロイヤード編 第七章 ふたつの月
7 約束(2)
しおりを挟む「ま、要するに『やらかした』ってことだよ、俺が。……まあ、その辺りは察してくんな」
そんなことを、何の拘りもない表情でさらりと言う。鳶色の瞳も笑ったままだ。
ノインはそこでちょっと言葉を切った。椅子の背の上でしばらく手を組み合わせ、少し窓の外を眺める様子だ。
「……シュウちゃんはさ。あいつがどれほどのもん、肩に背負ってるかわかるかい?」
いつになく訥々とした物言いである。
「え……? えっと……」
いきなりそんなことを訊かれるとは思わなかった。シュウは考え込んでしまう。
国王という立場。
それが意味するもの。
その立場で負うべき責任のすべてを今のシュウに理解できるか、と問われれば──
「うーん……。多分、わかっていないかと……」やはりそう答えざるを得ない。「すみません……」
「謝るな」とでも言うように、ノインが軽く手を振った。
「だよな? 俺だって本当には、わかってるわけじゃねえ。まあ、普通そーなんだよ。それで構わねえ、普通の人間ならな」
「…………」
シュウには返す言葉もない。
今までそんなことを考えてみたこともなかったのだ。
普段のレドは、いつも明るくて、不遜で、軽い冗談を飛ばしては人を振り回していた。けれども、自分の国王としての立場や責任をどう考え、どう全うしようとしてきたのだろうか?
よく考えてみれば、そういう話をしてくれたことは一度もない。
それだけ、シュウとはまだまだ付き合いが浅いということでもあるのだろう。
考え込んでしまったシュウを見つめて、銀髪の男がふわりと笑った。
「はっきり言って、俺の大剣なんざ目じゃねえよ? あいつの肩に乗ってるもんは」いつもの明るい笑顔とは違う、ちょっと艶めいた微笑である。「……分かるよな? 言ってる意味」
シュウは黙って頷いた。
「あいつと代わってやれる奴は誰もいねえ。もちろん、俺もだ。……いや、俺に至っては──」だが、ノインはその先を続けなかった。「あいつと一緒に背負えなくなった奴が言えた義理じゃねえのは分かってる。あんたに同じように背負えとも言わねえ。……けど」
ノインの瞳に、真摯な色がふと宿った。
「あいつの傍に居る以上、そいつは理解しといてくれや。……な?」
そう言って笑ったノインの顔は、紛れもなく、弟を思う兄の顔だった。
◇
「そんじゃ、シュウちゃん、おっさん、またな」
宿の前でノインは馬上の人となり、何事もなかったかのようににこにこ笑って別れを告げた。
初対面の時と同じ、黒い鎧に黒マント姿である。
シュウもタルカスと見送りに出た。
「この借りは必ず返す。もはや戦場で、というわけにはいくまいが──」
「気にすんな! 俺とおっさんの仲じゃね?」
己が片足を見やり、口惜しげにタルカスが言いかけるのを、ノインは明るく遮った。
そのまま二人はがつりと拳を合わせる。
彼の愛馬、流星号は、つやつやとした精悍な黒馬だった。ちょうど、レドの黒竜号と瓜二つのように見える。タルカスが、実際、兄弟馬なのだと教えてくれた。
「シュウちゃんは、まあ……あれだ」
ノインはシュウの方を見て、ちょっと顎を掻いて考える風だったが。
やがてにっこり笑ってこれだけ言った。
「がんばれ!」
思った通り、やっぱりウインクが飛んできた。
「はい。いろいろ、ありがとうございました」シュウにも思わず笑みが零れた。「ノインさんも、お気をつけて」
「おうよ、ありがとな!」
馬上から一度だけシュウの頭をがしがし掻きまわして、ノインは軽やかに馬首を巡らした。
こうして銀髪の青年は、明るい笑顔だけを残してトロイヤード北東方面へと去っていった。巨大な剣を担いだ黒いマントの後ろ姿がはるかに草原の陽炎と交わるまで、シュウはその背中を見つめていた。
次に彼と会えるその日が血煙と阿鼻叫喚の嵐の中に訪れることなど、このときのシュウはまだ知らない。
0
あなたにおすすめの小説
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
カフェ・コン・レーチェ
こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。
背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。
今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる?
「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。
照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。
そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。
甘く、切なく、でも愛しくてたまらない――
珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる