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第一部 トロイヤード編 第七章 ふたつの月
8 影(1)
しおりを挟む二日後。
王都から派遣されてきた医師の許可がようやく下りて、シュウはタルカス、エデル、医師らと共にヨルムガルドに帰還する運びとなった。
タルカスは騎乗し、あとの三人が馬車に乗る。
数日前、王都を出て一人で歩いた時には随分かかったその道が、馬車ではたったの数刻だった。そうとわかって、シュウはさすがに落胆の色を隠せなかった。本当に、朝食後に出発して昼食時には着いてしまったのである。
「シュ、シュウ様……。元気だしてくださいね」
エデルに慰められると、シュウの気持ちは余計に凹んだ。
いま乗せられている馬車は、あまり窓の大きな作りではない。しかも内側にカーテンが掛けられており、中に乗っている者の顔が外からは窺い知れないようになっている。なるべく人目に立たないように城に戻れるようにとの、レドの配慮であるらしい。
カーテンの隙間から街の様子を眺めながら、シュウはこの街に初めて来た頃のことを思い出していた。早いもので、もう四ヶ月が過ぎようとしている。
三百騎の迎えの兵士と共に、兜で顔を隠しながらレドに連れられてここに来た、あの日。
街の人々がレドを温かく迎えていた。
いっぽう自分は、今すぐにでもエルドの村に帰りたくて、心細くて──。
……でも、今は違う。
今ではシュウも、故郷の村に帰るのと変わらないほどこの街に戻るのが嬉しかった。ヴォダリウスやタルカスをはじめ、シュウを大切に思ってくれる人たちが沢山増えたことはもちろん大きい。
しかし、何よりも。
自分が今、一番会いたい人がそこにいる。
この街はその人の物でもあった。街だけではない。この国そのものがその人のものであり、その人もまたこの国のものだった。
そうであることの重みを理解しろと、その上で傍にいろと、黒鎧の男はシュウに言った。
(ノインさん……)
明るい笑顔の下で、まだまだ何かを隠していそうだった銀髪のあの男。
それでも、あの言葉はシュウに響いた。あの言葉で、シュウは自分がまだ本当に何も知らない子供に過ぎないことを痛感させられた。
もっと多くのことを学ばなければ、きっとすぐに彼の隣に居る資格はなくなってしまうだろう。今でさえ、そんな資格があるのかどうかは疑わしかったけれども。
シュウはその上で、王都に戻ったら是非ともあることをヴォダリウスに相談したいと思っていた。
やがて、馬車がごとりと動きを止めた。
「到着致しました。お疲れ様でございました」
御者の兵士が馬車の扉を開けた。タルカスはすでに下馬し、シュウが馬車を降りるのを手助けしてくれた。エデルは反対側の扉からもう勝手に飛び降りている。
「シュウ様。お手を」
「あ、ありがとうございます……」
馬車は王宮の入り口、真正面につけられている。
よく「ラギ」として毎朝タルカスと待ち合わせをした、あの場所だった。
まるで女性が扱われるようにしてタルカスに手を貸され、シュウはわずかに赤面する。もともとこういう扱いには慣れないけれども、タルカスからというのは初めてだった。
例の包帯をしていないから、そう思うだけなのだろうか?
……いや、しかし。
(なんだかやっぱり、「ラギ」で居た時よりも扱いが──)
「おお、シュウ殿! お帰りなさりませ」
考える暇を与えぬかのように、嬉しげな老人の声が耳に届いた。
ヴォダリウスである。供の兵士を一人連れ、いかにも待ちかねていたように宮殿の廊下を足早にこちらへやってくるところだ。
「ご無事でまこと、何よりでござりました。爺めは、痩せるばかりに心配いたしおりましたぞ」
老人は嬉しくて堪らぬようで、すぐにシュウの手をとってそう言った。思わずやってしまったようだった。そうやって何度も頷いている底意のない喜びの表情を見て、シュウの胸はまた痛んだ。
「閣下……」
声が情けなくひび割れた。瞼の裏が熱くなるのを堪えるので精一杯だった。
「すみません……」
「ああ、もう、よいよい」
俯いて涙ぐむシュウの言葉を、老人は穏やかに遮った。
「よいではありませぬか、そのようなこと。ささ……陛下にお引き合わせいたしまする程に」
言って老人はシュウの手を引かんばかりにして奥へと連れて行こうとする。が、シュウはふと気付いて後ろを振り返った。エデルと医師は付いてきているが、タルカスは宮殿の入り口でこちらを見送っているだけだ。タルカスの身分では、許可なく王宮に立ち入ることは許されない。
「タルカスさん!」
「おお、そうであった」
シュウの言葉に、ようやく忘れていたことに気付いたようで、ヴォダリウスは引き返すとタルカスへ向き直った。
「タルカス、此度の働き、嬉しく思うぞ。まこと、ようやってくれたの」
「いえ」
タルカスは言葉少なに、ただ兵士の礼で返す。
「此度の恩賞と『ラギ殿』警護のお役目の件も含め、追って沙汰があるゆえな。今は戻って、ゆるりと休むがよいぞ」
「……は」
「タルカスさん」
名を呼ぶとタルカスは目を上げた。少し頭を下げているだけなので、シュウはそれでも彼の顔をかなり見上げる状態になる。シュウは深々と礼をした。
「本当に、ありがとうございました……。あと、その……ご迷惑を掛けて、申し訳ありませんでした」
タルカスの瞳に穏やかな光が僅かに灯ったが、それは一瞬のことだった。
「当然のことを致したまでです。どうぞ、ごゆっくりお休みください」
儀礼的な返事と礼を返しただけで、タルカスはその場を辞していった。
(……?)
男の態度に微妙な異変を感じて、シュウは不安な気持ちになる。
(やっぱり、いろいろ聞かれちゃったから……かも)
今まで考えまいとしていたのだが、それで一気に様々なことを思い出してしまい、シュウの気持ちはさらに凹んだ。
そうだ、タルカスだけではない。ノインにもしっかり聞かれてしまった。
あの、レドとのあれやこれやを。
考え始めると、もう頭を抱えてその場に座り込んでしまいたくなる。
「…………」
「いかがされましたかの? シュウ殿。参りますぞよ?」
「はい、ヴォダリウス様……」シュウは力なくうなずいた。
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