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第一部 トロイヤード編 第八章 暗転
15 掃討(2)
しおりを挟むそれから半刻ほどの間に、レドはタルカスやノインの手を借り、将軍や千騎長たちにも命じて陣営に残る賊どもを掃討させた。さらにここまでの被害状況を報告させ、即、医務班に仕事を始めさせた。
もちろん、《影》の遺体を極秘裏に埋葬してやる必要もあった。
命じられた仕事をこなすためにタルカスが一旦離れる間だけ、シュウはレドの傍に留め置かれた。シュウはその間、ずっとレドの隣にぴったり寄り添って座っていた。先ほどの荷車の縁に二人で並んで座っている。周囲を数人の警護兵が固めていた。
まだ陣営内に残党がいる可能性を考えて、兵たちには今のところ「王は生死不明」ということで押し通している。レドも兜を被ったまま、みずからの正体を明かしていない。
敵が王の首を獲ったと誤解してくれているのなら、今はそのままにしたほうが好都合だ。向こうが事実に気付くまで、こちらにはその分だけ時間の余裕が生まれるというものである。
王が生死不明だなどと聞かされて、それでも兵たちが混乱を来さないのは心強い限りだった。さすがは統率の取れたトロイヤード兵といったところだろう。将軍たちだけには事実を伝え、彼らが至極冷静に対処してくれたことも大きい。
隣でまだ少し震えているシュウを見て、レドは周囲に立つ警護兵の目を盗み、そっとその頭を抱き寄せた。
「落ち着け。俺はここにいる」ぽんぽんとその頭をたたく。
「…………」
なにも言えずにただ何度も頷くシュウに、レドは片手で静かに兜を上げ、素顔を見せてやった。翡翠の瞳と間近で目が合う。すると、たちまちそれがまた涙に潤み始める。
レドはそのまま、煤と涙で汚れた彼の顔の包帯の隙間から覗くものに、そっと唇を押し当てた。
◇
「おう、おっさん」
兵士たちとともに野営地の中をひと通り見回ってトゥラームの残党狩りをしていたノインが、逆回りに一周してきたタルカスを呼び止めた。
ノインの担ぐ大剣ほどではなかったが、タルカスの長剣も戦斧も、すでに血に濡れている。少しは戦果があったらしい。
ノインはタルカスの姿をしげしげと眺めて、ちょっと懐かしげな顔をした。
「その……あれだ。良かったな?」
ぽりぽりと頬を掻きながら、やや照れくさそうにノインが言った。
何のことか分からず、タルカスは彼のいまだに血塗れの顔を無言で見返した。
ノインが呆れて言い直した。
「だーから。足! 治ったんだろ?」
彼の目線は、真っ直ぐタルカスの左膝に注がれている。
「…………」
タルカスは返事に困った。
治ったのは事実だが、治った過程があまりにも尋常ではなさすぎるのだ。
それに「後で説明しますから」と言いながら、あの青年はまだ自分に何も教えてくれてはいない。あれから様々なことがありすぎて、すっかり失念されてしまったようだ。
そもそも、これが口外してよいことかどうかの判断も難しかった。
レドの様子を見るかぎりでは、どうやら極秘事項のようだったが。
それやこれやでタルカスには、ノインが納得するような説明を考え出す自信はなかったのである。
ノインは知っている。この左足にあった傷が、そんなに簡単に治癒するようなものではなかったことを。医師からも「もう二度と元のようには動くまい」と宣告されていたこともだ。
ましてやノインは、一見して軽薄そうな態度とは裏腹に実は優れた観察眼と、思考力と、さらには閃くような第六感の持ち主でもある。そうそう中途半端な説明で納得する男だとは思えなかった。
答えに窮して沈黙してしまった巨躯の男を見上げて、ノインはちらりと憮然とした表情を覗かせた。が、すぐに苦笑すると、タルカスの胸にどむ、と拳を軽く当てた。
「心配すんな。野暮なことは聞かねーよ」
驚いて見返すと、ノインは返り血のこびりついた顔に意味ありげな笑みを浮かべていた。
「言ったろ? 俺とおっさんの仲じゃね?」
それだけ言うと、顔の横で手をひらひらさせながらノインは踵を返した。
あとは何も言わないまま、また見回りに行ってしまう。
その背中を見送って、タルカスは軽く一礼をした。
(戦友……か)
それは、まことに有難いものである。
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