【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

文字の大きさ
72 / 96
第一部 トロイヤード編 第八章 暗転

16 闇

しおりを挟む

 残党狩りがほぼ終了してから、シュウとタルカスは怪我人の治療に当たるべく、すぐに医務班の手伝いに向かった。
 全部で二十名ほどの死者が出てしまったが、一方で怪我人はそれほどいない。それはやはり相手がプロの暗殺集団だからなのであろう。兵に警告の声を出させぬよう、殺す時には確実に殺す。反面、必要のない殺生は一切しない。彼らなりの矜持のあり方なのだろう。

 先ほどレドが絡まれていたのも、話を聞いてみるとどうやらレドの方から仕掛けたことであるようだった。

「まったく、一人ぐらいは残しておいてくれればいいものを──」

 あらためて急ごしらえに立て直した天幕に場所を移し、レドはいま、呆れたといわんばかりの声でノインをなじっていた。やはり兜は被ったままである。

「無茶言ってんじゃねーよ、ったく……」

 ノインは少し離れた位置で胡坐をかいて座っている。多少、ふて腐れた風情である。
 その隣に、水を汲んだ手桶を手にしてシュウが膝をついている。見張りをするため、タルカスは天幕の入口付近に立っている。二人はさきほど怪我人の治療が一段落して、医務班から戻ってきたばかりだ。

「背後関係の言質げんちをとろうと、口の軽そうな者を見繕っていたというのに──」

 その口ぶりからして、どうやらレドは見た目どおりかなり余裕でトゥラーム兵の相手をしていたらしい。
 そもそも、向こうにも本気の殺意はなかったのだろう。無関係な異国の大使を殺したところで彼らには何の得もないのだから。むしろ余計な恨みを買うだけ損なぐらいだ。


「気の利かんこと、この上もない──」レドがわざとらしく額に指をあてて溜め息をついた。
「なっ……!」
「陛下!」ノインが鼻白んで言い返そうとするのを遮って、シュウがきっと顔を上げた。「ノインさんはこんなになってまで、陛下を助けに来てくれたんじゃないですか。まずはお礼を言ってあげてください!」
「おお、シュウちゃんが俺の味方に!」

 ノインの顔が途端にきらきらと輝いた。なんというか、非常に不自然なほどに。

「言ってやって、言ってやって! もっと、どんどん言ってやって!!」
「…………」

 早速嬉しそうに茶化すノインを、レドがぎろりと睨んで黙殺した。
 ノインも腕を組み、負けじと睨み返す。

「……んだよ?」

 背後で勃発しているそんな楽しそうな二人の睨みあいは無視して、シュウは自分の長衣の袖を引き裂いた。そうしてノインに向きなおる。

「ノインさん、ちょっといいですか?」
「ん?」

 シュウはその布を、汲んできた水に浸して固く絞った。

「すみません、ちょっと目をつぶってて下さい。血を拭きたいので……」
「お? ……おお」

 ノインは一瞬、ちらりとシュウの背後に目をやったが、言われるままに目を閉じた。シュウはそのまま彼のべったりと血糊にまみれた顔を丁寧に拭きはじめた。

(ノインさんって……)

 あらためて見てみると、ノインもかなりのいい男ではある。すっきりと通った鼻筋に、意外に長い睫毛。きれいな眉の形。全体的にも、家柄の良さからくる品の良さがどことなくにじみ出ている気もする。まあ飽くまでも「こうして黙って目を閉じている分には」という但し書き付きではあるのだが。
 いやたとえそうでなかったとしても、女性には相当もてるのではないだろうか。

「怪我はなさってないんですよね?」血を拭きながらシュウが訊いた。
「ん? ああ、返り血だけだ。ありがとな」少しくすぐったそうに顔を顰めて、ノインが目を開けた。「けどよ~、シュウちゃん。聞いていい?」

 ノインは愉快げな声でそう訊くと、からかうように首を傾げた。
 胡坐をかいた膝の上に肘をつき、指先でとんとんと頬を叩いている。

「はい?」

 すでにかなり乾いてこびり付いた血糊は、水で拭いてもなかなか綺麗には取れなかった。シュウはそれを取ることに集中していて、あまり周囲の様子に気がつかないでいたのだが。

「俺は今、これまでちょっと味わったことのねえ身の危険を感じてんだけど? これって、シュウちゃん的にはオッケーなの?」

 にやにやと、とぼけた顔で訊かれる。

「……は?」

 怪訝に思って振り向くと、レドはもちろんタルカスからも、なにやら不穏な冷気のやいばがノインに向けてびしびしと放射されまくっていた。

「あ……あれ? え、ええっと……」

 レドとタルカスの目が怖い。
 ……それも、かなり。
 どうしてそんなに怒っているのだろう。
 よく分からないが、自分がなにか非常にまずいことをやらかしてしまったようだ。
 シュウは慌てた。

「ごっ、ごめんなさい! 僕、なにか……??」
「ぶっははは!」ノインがまだ血まみれの顔で噴き出した。「そっか~、わかんねーかー。さっすがシュウちゃん、国宝級だわ!」

 くっくっくと膝を叩き、涙までにじませて笑っている。

「ったく、可愛いったらありゃしねえ。おっさんまでとは恐れ入ったぜ……!」

 もはやノインは上機嫌だ。

(……は? どういう──)

 などと考える暇もなく、ノインはいきなりがしっとシュウの肩に腕を回して抱き寄せた。いやそればかりか、そのまましっかりと両腕で抱きしめてしまった。

「うわっ……!?」

 万力のような力である。シュウが逃げ出せるはずもなかった。
 弾みで手桶がひっくり返り、せっかく汲んできた水が音をたてて足元にこぼれた。

「ちょ、ちょっと……!」
「こうなったらもういっそ、俺もシュウちゃんに惚れちまうかあ!?」

 前から抱きしめられているため顔は見えないが、ノインは明らかに満面の笑みだ。

(こうなったらって、どうなったらだよ──!!)

 内心で突っ込みながらじたばたもがく間にも、天幕内の空気が絶対零度まで冷え込んでいた。
 冷気の中で、しばしの沈黙。

「あー……。わかった。わ~かったから──」

 耳元でノインの呆れたような声がして、ぱっと身体から手を放された。シュウはあっさりと自由の身になる。

「ったく、冗談通じねーなー、お前ら……」

 見ると、ノインは諸手もろてを挙げて座ったまま「降参」のていである。
 ではあるが、顔では必死に笑いをこらえる様子だ。

「まっ、とりあえずお二人さん?」言いながら、肩までひくひく震えている。「得物に手ェ掛けんの、やめてくんね?」

 シュウはぱっと振り向いた。

「……!!」

 その瞬間、血も凍った。

 獅子レド牡牛タルカスがそれぞれに毛色の異なる殺気を放ち、今にも抜き放たんばかりの剣呑さでおのが剣のつかを握っていた。


 ◇


 ノインに遅れること一刻後。ようやく彼の部下たちが五十騎ばかり、レドの野営地に到着した。
 ノインはあのあと適当に顔を洗って部下を迎えに出てゆき、シュウはタルカスとともに医務班に戻って怪我人の治療に当たっていた。
 レドは天幕で、他の将軍や武官たちと今後の方針についての検討に入っている。

 時刻はそろそろ真夜中の刻限である。
 空は降るような星の絨毯になっていた。
 今回の一件については「これでようやく一旦幕引き」と、野営地の誰もがそう思っていた。

 ……しかし。



「ラ……ギサマ、ラギ、サマ……」

 闇の中にはその《わざわい》が、まだじっと息を潜めていた。

「ラギサ……マ、ラギサマ……」

 呪文のような囁きが、くさむらのなかに沈んでゆく。

 ……機会は、必ずやってくる。
 その時をひたすらに待つだけだ。

 やつらは、間違えた。
 本当はあんな男、どうでもよかったというのに。

 「ラギサマ……ラギ様」

 にたりと笑った。

 その、真っ黒な禍いが──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。 担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。 しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。 『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』 ------------------------ ※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。 ※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。 表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。 第11回BL小説大賞にエントリーしております。

発情期アルファ王子にクッキーをどうぞ

小池 月
BL
 リーベント国第五王子ロイは庶民出身の第二公妾の母を持つ貧乏王子。リーベント国は農業が盛んで豊かな国。平和だが貴族や王族の権力争いが絶え間ない。ロイと母は、貴族出身の正妃と第一公妾、その王子王女たちに蔑まれて過ごしていた。ロイの唯一の支えは、いつか国を脱出し母と小さな洋菓子店を開き暮らすこと。ある日、ロイが隣国アドレアに友好のため人質となることが決定される。国王の決定には逆らえず母をリーベントに残しロイは出国する。  一方アドレア国では、第一王子ディモンがロイを自分のオメガだと認識したためにロイをアドレアに呼んでいた。現在強国のアドレアは、百年前は貧困の国だった。当時の国王が神に救いを求め、卓越した能力を持つアルファを神から授かることで急激な発展を実現した国。神の力を持つアルファには獣の発情期と呼ばれる一定の期間がある。その間は、自分の番のオメガと過ごすことで癒される。アルファやオメガの存在は国外には出せない秘密事項。ロイに全てを打ち明けられないまま、ディモン(ディー)とロイは運命に惹かれるように恋仲になっていく。  ロイがアドレアに来て二年が過ぎた。ロイは得意の洋菓子でお金稼ぎをしながら、ディーに守られ幸せに過ごしていた。そんな中、リーベントからロイの母危篤の知らせが入る。ロイは急いで帰国するが、すでに母は毒殺されていた。自身も命を狙われアドレアに逃避しようとするが、弓矢で射られ殺されかける。生死をさ迷い記憶喪失になるロイ。アドレア国辺境地集落に拾われ、シロと呼ばれ何とか生きて行く。  ディーの必死の捜索により辺境地でロイが見つかる。生きていたことを喜び、アドレア主城でのロイとの生活を再開するディー。徐々に記憶を取り戻すロイだが、殺されかけた記憶が戻りパニックになる。ディーは慈しむような愛でロイを包み込み、ロイを癒す。  ロイが落ち着いた頃、リーベント国への友好訪問をする二人。ディーとリーベント国王は、王室腐敗を明るみにして大掛かりな粛清をする。これでロイと幸せになれる道が開けたと安堵する中、信頼していた親代わりの執事にロイが刺される。実はロイの母を殺害したのもこの執事だった。裏切りに心を閉ざすロイ。この状態ではアルファの発情期に耐えられないと思い、発情期を一人で過ごす決意をするディー。アルファの発情期にオメガが居なければアルファは狂う。ディーは死を覚悟するが、運命を共にしようと言うロイの言葉を受け入れ、獣の発情期を共にする。狂ったような性交のなかにロイの愛を感じ癒されるディー。これからの人生をロイと過ごせる幸福を噛みしめ、ロイを守るために尽くすことを心に誓う。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

嫌いなあいつが気になって

水ノ瀬 あおい
BL
今しかない青春だから思いっきり楽しみたいだろ!? なのに、あいつはいつも勉強ばかりして教室でもどこでも常に教科書を開いている。 目に入るだけでムカつくあいつ。 そんなあいつが勉強ばかりをする理由は……。 同じクラスの優等生にイラつきを止められない貞操観念緩々に見えるチャラ男×真面目で人とも群れずいつも一人で勉強ばかりする優等生。 正反対な二人の初めての恋愛。

王弟の恋

結衣可
BL
「狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない」のスピンオフ・ストーリー。 戦時中、アルデンティア王国の王弟レイヴィスは、王直属の黒衣の騎士リアンと共にただ戦の夜に寄り添うことで孤独を癒やしていたが、一度だけ一線を越えてしまう。 しかし、戦が終わり、レイヴィスは国境の共生都市ルーヴェンの領主に任じられる。リアンとはそれきり疎遠になり、外交と再建に明け暮れる日々の中で、彼を思い出すことも減っていった。 そして、3年後――王の密命を帯びて、リアンがルーヴェンを訪れる。 再会の夜、レイヴィスは封じていた想いを揺さぶられ、リアンもまた「任務と心」の狭間で揺れていた。 ――立場に縛られた二人の恋の行方は・・・

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる
BL
ベルリアンの次期当主、ノア・セシル・キャンベルの従者ジョシュアは頭を抱えていた。自堕落でわがままだったノアがいきなり有能になってしまった。なんでも「この世界を繰り返している」らしい。ついに気が狂ったかと思ったけど、なぜか事態はノアの言葉通りに進んでいって……?

処理中です...