【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第二章 解放

11 中庭(1)

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 二日後。
 オットーとの面会は、意外と早く実現することになった。
 クリスとホッパーの話によれば、彼はその日は非番であり、息子を城へ連れてくる算段をつけたのだという。
 クリスが大まかな作戦を立て、今後の流れを説明してくれた。
 それは、大体以下のようなことだった。

「まず、シュウ様との面会は飽くまでも偶然を装います。オットーには事前に時間を合わせるよう指示しておきました。中庭あたりですれ違うようにしております」
「オットーは普段から私物の持ち込みが多い男のようなので、今回はそれを利用することに致しました。建前上、それを上官から叱責され、非番の日に大袋で持ち帰ることになったことに致します」
「もちろん、中身はあの者の息子です。五歳でしたら、なんとか麻袋に入れましょうから。とはいえ長時間は無理でしょうから、時間との勝負ということにはなりますが」
「オットーによれば、シュウ様に息子をほんの少し触って頂くだけでも構わないとのことでしたので──」

「よく分かりました。本当にありがとうございます、クリスさん、ホッパーさん」

 説明を聞き終わって、シュウはまた深々と礼をした。
 恐らく作戦のほとんどはクリスによる立案なのだろうが、ホッパーも一緒に色々と協力してくれているはずである。
 ともあれ、その作戦に従って三人は入念な打ち合わせを行った。

 中庭での面会の時刻は、昼時の少し前、とおの刻とした。
 シュウを先頭に、いつものように監視兵の二人が槍を手に少し後ろを歩き、午前中の散策をする風を装ってゆっくりめに歩いていった。
 エスペローサ宮の中庭は白い大理石が敷き詰められ、数々の美術品をはじめ様々な秋の花と木々で美しく彩られていた。いい季節なら散策にはもってこいの場所のようだったが、さすがに風も冷たくなってきており、そのお陰でそこここに立つ警備兵以外の人影は見当たらなかった。

 オットーは遠目にもすぐに分かった。
 大きな麻袋を二つ持っている。片方は肩に担ぎ、もうひとつは脇に抱えて中庭の通路をゆっくりとこちらへ歩いてくる。甲冑と兜の姿で、相変わらず顔は分からない。
 クリスによれば、袋の中身について他の兵に詰問された場合のことを考えて、片方には本当に彼の私物を詰め込んであるのだそうだ。

(落ち着くんだ……)

 シュウは自分に言い聞かせた。大切な場面でこそ普段以上の冷静さが必要だと、タルカスも教えてくれた。目立たない程度に深呼吸して、そのまま歩む速度を変えないように気をつけながらオットーの方に向かって歩いていった。
 両者がすれ違うほどに近づいたとき、オットーはごく自然な様子で足元をふらつかせ、片方の麻袋を取り落とした。

「あっ……!」

 落とした拍子に袋の口が開いて、ごちゃごちゃと彼の私物らしき羊皮紙や衣服が敷石に散らばった。

「大丈夫ですか?」

 シュウが慌てて助けに入り、彼の傍に膝をついた。これも打ち合わせ通りである。

「あ、はい! 申し訳ありません──」

 言いながらオットーは、肩に担いでいたほうの袋をそっと下ろした。そして、散らばったものを落とした方の袋に戻しながら、目線だけでちらりとそれを指し示し、シュウにわずかに礼をした。

「気をつけろ! 無礼だぞ」
「さっさと片付けろ、ぐずぐずするな!」
 クリスとホッパーが、さもオットーを叱責しているようなふりをしつつ、さりげなく二人の姿を隠すようにして取り囲んだ。
 静かに置かれた方の袋の口が少し開いているのを確認して、シュウは素早く手袋の指先を噛んで右手を引き抜き、そっとそこへ差し入れた。ぴくり、とその中にいる子供の体が震えたのが分かった。
 シュウは静かに目を閉じた。
 オットーの手紙の、あの痛切な祈りの言葉を思い出す。それだけで、すぐに手のひらに熱が集まり始めた。

(どうか君が、歩けるようになりますように)

(君のお父さんとお母さんが、それを見て笑いあうことができますように──)

 その祈りと熱がそのまま、中にいる子供の体に吸い込まれるように流れ込んでいった。

「……では、気をつけてくださいね」

 手袋を着けなおして立ち上がり、オットーにそう言ってにっこり笑うと、シュウは何事もなかったかのようにまた歩き出した。

「はい……! ありがとうございました……」

 オットーの声は掠れ、目には涙が光っていた。その手が本当に大切そうに袋を上から撫でていた。
 シュウはもう一度微笑むと、二人の監視兵たちとともに中庭から出ていった。

 その場の誰も気付かなかったが、少し離れた木の陰から、優美な銀髪の美貌の王がじっとその様子を眺めていた。


 ◇
 

 中庭から出たところで、少し眩暈がして足がふらついた。

「……!」
「シュウ様……!」ぐらりと傾いた体を、後ろから素早くクリスが受け止めた。「いかがされましたか? ご気分でも」

 心配げな男らしい低音の声が背後から聞こえてくる。

「あ、すみません……。大丈夫です」

 シュウは笑って両肩に置かれたクリスの手から離れた。
 オットーの息子は、やはり重度の障害があったようだ。しかしこれまでの経験上、シュウの今の状態から考えるなら、きっと歩けるようになってくれることだろう。
 シュウは逆に、そのことで安堵した。

(よかった……)

 少し顔色を悪くしながらも微笑んでいるシュウを見て、監視兵の二人は不思議そうに顔を見合わせた。

「ご無理なさらないでください、シュウ様」気遣わしげにクリスが言った。
「そうだよ、シュウ様。こないだのことで、まだお疲れなんだからさ……」
「ホッパー!」

 心配そうに言ってくれたホッパーがまた余計なひと言を言ってしまい、気の毒にも叱咤されてしまった。
 クリスはくるりと振り向くと、その場に膝をついた。

「……どうぞ」
「え?」

 見れば、クリスが槍をホッパーに預け、シュウの目の前に背中を差し出して待っている。どうやらシュウを背負って戻ろうというつもりらしい。シュウは驚いた。

「え、ええっ!? いやあの、そんなことまでして頂いては──」

 必死で手を振って固辞したが、クリスはまったく引く気はないようだった。

「お気になさらず。どうぞ、乗ってくださいませ」言って男はさらっとつづけた。「ああそれとも、前でお抱きした方がようございますか?」
「……は?」

 シュウは一瞬、固まったが。

(冗談じゃないです──!!)

 一気に赤面した。もう目の前がぐるぐる回った。
 ナリウスはともかく、彼にまで「お姫様だっこ」などされた日には。

(もう本当に、ほんっっと──に、陛下に殺されるよ僕……!)

 その後。
 やむなくクリスの背中に乗せてもらい、真っ赤になって顔を隠しながら城の廊下を運ばれていくシュウと、それについて歩いてゆく楽しそうなホッパーの姿が各所で見られた。

 またその近くの物陰で、肩を震わせて笑いをこらえている美貌の王が目撃され、さらにあちこちで警護兵たちが、それを見て一様に凍りついていた。
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