【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

文字の大きさ
102 / 149
第二部 エスペローサ編 第二章 解放

12 中庭(2)

しおりを挟む

 そして、夕刻。

「本日は、誠にありがとうございました」
「あ、いえいえ!」

 夜番の監視兵たちとの交代時間が来てクリスから丁寧に礼を言われ、シュウは戸惑って手を振った。

「とんでもないです。お礼を言うのは僕のほうなので……。お二人とも、ご協力本当にありがとうございました」

 シュウもあらためて深々と礼をした。あの後は午後じゅうずっと部屋で休むことができたので、今はもう体力も回復している。

「オットーさんの息子さんの様子など、また良かったら教えてくださいね?」
「もちろんです。では、我々はこれで──」

 再度一礼して去ってゆく二人を見送って、シュウは久しぶりに温かくて胸のすくような幸せを感じていた。

 トロイヤード宮でも思ったが、何もしないでただ世話になっているだけの生活など、シュウの体質には合わないのだ。こうしてせっかくなんとか命を永らえている以上、何かの形で人の役に立ちたいと思う。それはシュウにとって、至極自然なことだった。
 それに、こうして誰かのために気持ちと体を動かしている間は、少なくとも自分のことを憐れんだり悲しみに打ちひしがれたりしている余裕はなくなる。
 シュウは、そうやって浮上する方法もあるのだと、あの兵士たちが教えてくれたような気がしていた。

(お願いしてみようかな……? ナリウス様に)

 ふと思った。
 「仕事がしたい」と申し出たら、あの王はどんな反応をするのだろう。
 レドは一も二もなく賛同してくれたけれども、あの王ならどうするだろうか?

「うーん……」ちょっと考え込んだ。

(やめておいた方が、いいのかな……?)

 あの、不必要なまでに外連味けれんみたっぷりの美貌の王のことだ。このことにかこつけて、何かとんでもない「仕事」をシュウに要求してこないとも限らない。

 と、扉を叩く音がして、女官たちが「夕餉のお着替え」を手伝うべく入室してきた。今夜はナリウスとアイリスの夕餉の席に招待されていたのだ。

「あ、そうか……」

 ふと、いいことに気がついた。
 そうだ、その手がある。
 アイリスが同席していれば、さすがのあの氷の王でもそんなに無茶なことは言ってくるまい。それなら、この食事はいいチャンスだ。これを生かさない手はない。
 シュウは少しだけ明るい顔になると、女官たちの手を借りて本日三度目の着替えを始めた。


 ◇


「お仕事ですか? シュウさま……」

 夕餉の席で、アイリスが驚いたようにシュウを見返して言った。今夜は薄いラベンダー色のドレスでまとめている。シュウの方は再び紺の上衣に白のマント姿である。

「はい。何もしないでこちらでただお世話になっているのは心苦しいので……。下働きでも何でも構わないので、できれば何かお手伝いさせて頂けたらと──」 

 ナリウスも、冷めたスープを飲みながら面白そうに話を聞いている。

「変わっているね、シュウ殿は。一応、そなたはここの『賓客』扱いなのだが? 賓客に城の下働きをさせるなど、聞いたこともないんだけどね」

(いや『囚人』の間違いですよね……?)

 そんなシュウの心の声が聞こえたのかどうか、ナリウスが楽しげに微笑した。

「そういえば、トロイヤード宮では医務棟での仕事をされていたとか。シュウ殿はそちらの知識が豊富なのかな?」
「あ、いえ……。そういう訳ではないのですが」

 そう言われるとちょっとへこむ。シュウは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「もともと辺境の田舎育ちなもので、医療の知識どころかまとまった勉強もしたことがなくて……。お恥ずかしいのですが、まだ文字の読み書きも不十分で──」

 それらの大切な勉強も、ここに拉致されてきたために、ほんの基礎の段階で中断させられてしまったのだ。それにはナリウスにも十分に責任の一端がある。

「できれば勉強も続けたいとは思っているのですが……」

 いや、ここまではさすがに求めすぎか。
 しかしアイリスはそれを聞いて、急に嬉しそうに顔を輝かせた。

「まあ! シュウ様。早く言ってくださればよかったのに! それならわたくし、きっとお役に立てますわ!」
「え……?」

 目を丸くしているシュウを見返して、アイリスは花もほころぶような笑顔を浮かべた。

「明日からでもお手伝い致しますわ。家庭教師の良い先生もお願いしておきますわね!」
「え、でも……。いや、そこまでは」なんだか話が予想以上に大きくなりつつある。シュウは慌てた。「で、でもあの、僕は授業料などは払えませんし──」

 だがアイリスはきっぱりと言った。

「そんなことはどうぞお気になさらないで! あなた様は、わたくしの命の恩人ではありませんか!」
「いえ、そういうわけには……」

 困った顔のシュウを見つめて、アイリスは少し考える風になった。

「そうね……。シュウ様がそれではお嫌なのでしたら、その代わりに、またわたくしに竪琴を弾いてくださいませんか? このところ、侍女たちがまたあの素晴らしい演奏を聴きたいとうるさくて仕方がないものですから──」そこでなぜかアイリスは、はっとした様子でぱっと顔を赤らめた。「あっ、もちろんわたくしも、とってもお聴きしたいですわ……!」

 「そうよ、それがいいわ!」と一人決めしてひどく嬉しげにうきうきし始めたアイリスに、もうそれ以上は否やとも言えず、シュウはひたすら苦笑していた。

「は、ははは……」

 なんだか明日から色々と忙しくなりそうだ。
 シュウとしては、その「家庭教師の良い先生」とやらが物凄く怖い人でないことを祈るばかりだった。
 黙って二人の楽しげなやりとりと眺めていたナリウスが、食事が終わって退室する間際、最後にひと言こう言った。

「それではシュウ殿の仕事の件は、また追って話をしよう。まだ生憎と、今日は仕事が残っているものでね」
「あ、すみません……」

 恐縮するのを片手で制して、ナリウスは意味深な笑顔を浮かべた。

「今日は、少し遅くなるかも知れない。……構わないかな?」
「は……? はい……」

 一体どういう意味なのか。
 色々とよく分からないながらも、とりあえずシュウは頷いた。

 ……そして。

 その夜が、やってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依
BL
 名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。  一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。  青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。 《届かぬ調べに、心が響き合い》 https://estar.jp/novels/26414089 https://blove.jp/novel/265056/ https://www.neopage.com/book/32111833029792800 (ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

処理中です...