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第二部 エスペローサ編 第二章 解放
12 中庭(2)
しおりを挟むそして、夕刻。
「本日は、誠にありがとうございました」
「あ、いえいえ!」
夜番の監視兵たちとの交代時間が来てクリスから丁寧に礼を言われ、シュウは戸惑って手を振った。
「とんでもないです。お礼を言うのは僕のほうなので……。お二人とも、ご協力本当にありがとうございました」
シュウもあらためて深々と礼をした。あの後は午後じゅうずっと部屋で休むことができたので、今はもう体力も回復している。
「オットーさんの息子さんの様子など、また良かったら教えてくださいね?」
「もちろんです。では、我々はこれで──」
再度一礼して去ってゆく二人を見送って、シュウは久しぶりに温かくて胸のすくような幸せを感じていた。
トロイヤード宮でも思ったが、何もしないでただ世話になっているだけの生活など、シュウの体質には合わないのだ。こうしてせっかくなんとか命を永らえている以上、何かの形で人の役に立ちたいと思う。それはシュウにとって、至極自然なことだった。
それに、こうして誰かのために気持ちと体を動かしている間は、少なくとも自分のことを憐れんだり悲しみに打ちひしがれたりしている余裕はなくなる。
シュウは、そうやって浮上する方法もあるのだと、あの兵士たちが教えてくれたような気がしていた。
(お願いしてみようかな……? ナリウス様に)
ふと思った。
「仕事がしたい」と申し出たら、あの王はどんな反応をするのだろう。
レドは一も二もなく賛同してくれたけれども、あの王ならどうするだろうか?
「うーん……」ちょっと考え込んだ。
(やめておいた方が、いいのかな……?)
あの、不必要なまでに外連味たっぷりの美貌の王のことだ。このことに託けて、何かとんでもない「仕事」をシュウに要求してこないとも限らない。
と、扉を叩く音がして、女官たちが「夕餉のお着替え」を手伝うべく入室してきた。今夜はナリウスとアイリスの夕餉の席に招待されていたのだ。
「あ、そうか……」
ふと、いいことに気がついた。
そうだ、その手がある。
アイリスが同席していれば、さすがのあの氷の王でもそんなに無茶なことは言ってくるまい。それなら、この食事はいいチャンスだ。これを生かさない手はない。
シュウは少しだけ明るい顔になると、女官たちの手を借りて本日三度目の着替えを始めた。
◇
「お仕事ですか? シュウさま……」
夕餉の席で、アイリスが驚いたようにシュウを見返して言った。今夜は薄いラベンダー色のドレスでまとめている。シュウの方は再び紺の上衣に白のマント姿である。
「はい。何もしないでこちらでただお世話になっているのは心苦しいので……。下働きでも何でも構わないので、できれば何かお手伝いさせて頂けたらと──」
ナリウスも、冷めたスープを飲みながら面白そうに話を聞いている。
「変わっているね、シュウ殿は。一応、そなたはここの『賓客』扱いなのだが? 賓客に城の下働きをさせるなど、聞いたこともないんだけどね」
(いや『囚人』の間違いですよね……?)
そんなシュウの心の声が聞こえたのかどうか、ナリウスが楽しげに微笑した。
「そういえば、トロイヤード宮では医務棟での仕事をされていたとか。シュウ殿はそちらの知識が豊富なのかな?」
「あ、いえ……。そういう訳ではないのですが」
そう言われるとちょっとへこむ。シュウは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「もともと辺境の田舎育ちなもので、医療の知識どころかまとまった勉強もしたことがなくて……。お恥ずかしいのですが、まだ文字の読み書きも不十分で──」
それらの大切な勉強も、ここに拉致されてきたために、ほんの基礎の段階で中断させられてしまったのだ。それにはナリウスにも十分に責任の一端がある。
「できれば勉強も続けたいとは思っているのですが……」
いや、ここまではさすがに求めすぎか。
しかしアイリスはそれを聞いて、急に嬉しそうに顔を輝かせた。
「まあ! シュウ様。早く言ってくださればよかったのに! それならわたくし、きっとお役に立てますわ!」
「え……?」
目を丸くしているシュウを見返して、アイリスは花もほころぶような笑顔を浮かべた。
「明日からでもお手伝い致しますわ。家庭教師の良い先生もお願いしておきますわね!」
「え、でも……。いや、そこまでは」なんだか話が予想以上に大きくなりつつある。シュウは慌てた。「で、でもあの、僕は授業料などは払えませんし──」
だがアイリスはきっぱりと言った。
「そんなことはどうぞお気になさらないで! あなた様は、わたくしの命の恩人ではありませんか!」
「いえ、そういうわけには……」
困った顔のシュウを見つめて、アイリスは少し考える風になった。
「そうね……。シュウ様がそれではお嫌なのでしたら、その代わりに、またわたくしに竪琴を弾いてくださいませんか? このところ、侍女たちがまたあの素晴らしい演奏を聴きたいとうるさくて仕方がないものですから──」そこでなぜかアイリスは、はっとした様子でぱっと顔を赤らめた。「あっ、もちろんわたくしも、とってもお聴きしたいですわ……!」
「そうよ、それがいいわ!」と一人決めしてひどく嬉しげにうきうきし始めたアイリスに、もうそれ以上は否やとも言えず、シュウはひたすら苦笑していた。
「は、ははは……」
なんだか明日から色々と忙しくなりそうだ。
シュウとしては、その「家庭教師の良い先生」とやらが物凄く怖い人でないことを祈るばかりだった。
黙って二人の楽しげなやりとりと眺めていたナリウスが、食事が終わって退室する間際、最後にひと言こう言った。
「それではシュウ殿の仕事の件は、また追って話をしよう。まだ生憎と、今日は仕事が残っているものでね」
「あ、すみません……」
恐縮するのを片手で制して、ナリウスは意味深な笑顔を浮かべた。
「今日は、少し遅くなるかも知れない。……構わないかな?」
「は……? はい……」
一体どういう意味なのか。
色々とよく分からないながらも、とりあえずシュウは頷いた。
……そして。
その夜が、やってきた。
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