【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第二章 解放

17 雪の日(1)

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 恐れていた通り、その後あまりの腰の痛さとだるさで起き上がれなくなり、シュウは初日の勉強を断念せざるを得なくなった。
 ナリウスの身支度を手伝うために入室してきた侍従や女官たちは、王の寝台にシュウの姿を認めると一様に驚愕の表情を浮かべた。

「……!」

 彼らの視線に耐えられず、シュウはまた真っ赤になって掛け布の中に隠れてしまった。ナリウスは平気な顔で朝の身支度を済ませると、無造作に掛け布を剥ぎ取ってシュウの額に優しい口づけを落とした。
 幸い、侍従や女官たちは出て行った後だった。

「アイリスには私から言っておく。朝食はここでとるといい」
「え、でも……」

 アイリスにどう説明するつもりなのか、そのことが気になった。こちらの心を見透かすようにナリウスが笑った。

「さて、どう説明したものかな? あまり妹に嘘をつくのは好きではないが──」

 なんとなく悪い顔になっている。その顔でいつものように、頬に指を添えて少し首をかしげている。

「ちょ、ちょっと……!」

 まさか、本当のことを言うつもりか。
 相手は十四の女の子だぞ!
 実の兄として、青少年の健全な精神育成の義務とかなんとか、そういうものを果たすべきではないのか、ここは!
 などなど、シュウが色々と思い巡らしたことは例によって全て顔に出てしまっていたようだ。ナリウスはじっとシュウを見つめた挙句、また少し噴き出した。

「『突然の体調不良』。これでよかろう? 別に嘘は言っていないし」

 口元に手をあててくすくす笑っている男を見返して、げんなりした。単にからかわれただけだったのだ。

(さすがナリウス様。手馴れていらっしゃる……)

 考えてみれば当然だ。ナリウスが、あのアイリスにそんなことを報告するわけがない。しかし。

「でも、ナリウス様?」
「ん?」
「アイリス様がまた僕の『お見舞いにいきます!』とかおっしゃったらどうするんですか? 僕がここにいたら、それこそ説明がつきませんけど?」
「その時は本当のことを言えばよかろう。やっぱり嘘はよくないからな、うん」

 シュウの心配げな顔を眺めたまま、ナリウスはしれっと言った。

(……はあ!?)

 真顔で何を言ってるんだ、冗談じゃない。

「えーと……。僕、やっぱり自分の部屋に戻ります……!」

 言うなり慌てて掛け布を体に巻きつけ寝台から下りようとしたが、やはり腰の痛みでうまく動くことができなかった。

「あ、いたたた……」
「ほらほら。無理をするんじゃない」

 寝台から危うく落っこちそうになったところで、ナリウスがにこにこしながら手を貸してくれた。シュウは渋々その手にすがった。
 やっと寝台のそばに立ち上がり、侍従たちが開けて行った鎧戸のほうを見ると、外はなんとなく薄ぼんやりと明るいようだった。日が昇って随分たつはずだったが、まるで綿毛を通して差し込んでいるように、陽の光がとてもささやかなものに感じられる。
 そして、不思議なほどに外が静かだった。
 
「外かい? 見てみるといい」ナリウスがこちらの様子に気付いて言った。

 そのまま手を貸して、ナリウスはシュウを窓の近くまで連れて行った。分厚い硝子の嵌まった窓だ。
 掛け布にすっぽりとくるまったままそこに近寄るにつれて、急に周りの温度が下がったのが分かった。

「うわ……」

 窓越しにそれを見て、シュウは思わず言葉をなくした。
 どんよりとした灰色の空からちらちらと白いものが降りてきている。
 それが窓外のバルコニーの欄干に少しずつ積もって、今では二セントルほどの厚さになっていた。

「雪……なんですね」
「面白いことを言うね」ナリウスがわずかに苦笑し、不思議そうにシュウを見た。
「いえ、僕……ほとんど見たことがなくて」
「そうなのかい?」
「ええ。僕の住んでいた村では、少しは降るんですけど。こんなに積もるほど降ることはなかったので……」

 ナリウスがまた苦笑した。

「『こんなに』と言うほど、積もっているわけでもないけどね?」
「そうなんですか?」

 隣を見ると、窓外を見るナリウスの瞳がひどく穏やかな色をたたえていて、なぜか胸を衝かれた。

「すぐに分かるよ。ここの冬の、厳しさがね……」

 その長い睫が伏せられたのを見て、シュウの胸に不思議な痛みが宿る。
 それからしばし沈黙していたが、やがてシュウはそっとナリウスの肩に頭を預けた。

「……でも、とても……綺麗です」

 ナリウスがその肩に目をやり、静かな笑みをこぼした。

「何を言う」白い手袋の指がシュウの顎をふわりと捉えた。「そなたより美しいものなどないさ──」

 そのまま唇を重ねられて、シュウも静かに目を閉じた。
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