【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第二章 解放

18 雪の日(2)

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 シュウの監視兵であるクリスとホッパーは、足元に冷気の流れる早朝の廊下を足早に歩いている。シュウの寝室に向かっていた。もちろん、夜番との交代のためである。
 今朝はこの冬初めての雪となり、かなり外気温も下がっている。城の敷地内にある兵舎の窓にも、遂に結露が見られ始めた。
 冬の訪れとしては例年より少し早い雪であった。毎年のことではあるが、これからまた長く暗い北国の冬が始まるかと思うと、どうしても雪国の兵士たちの士気は落ちて沈みがちになる。
 畢竟、早朝の起床も辛い季節となってくるわけなのだが。こと、ここ最近のこの二人にとってそういう気持ちはまったく無縁のものであった。

「今年は冬が早いなあ? クリス」相棒のホッパーが、歩きながらも早速しゃべりかけてくる。
「ああ」クリスは短く返事をした。

 お調子者のこの男も、いつもならなかなか寝床から出てこなくなって毎年同僚を手古摺てこずらせている。だが、今年に関しては不思議なほどにそれがない。毎朝さっさと起きてきて、むしろクリスを待っていることもあるぐらいだ。
 その理由は、明確すぎるほどに分かりやすかった。

「あったけえ国からいらっしゃったシュウ様だ、色々お困り事もあるかもしんねえよなあ?」
「……そうだな」
「こないだだって、『雪を見るのが楽しみなんです』とか、可愛い顔して言っちゃってよお! 雪国舐めてっと、痛い目みるって~の!」シュウの口ぶりを真似してみたりしながら、けらけらと楽しげに笑う。「俺たちでちゃ~んと色々お教えして、お助けしなくっちゃな! うん!」

 一人でよく分からない気合いを入れているホッパーを横目で見ながら、クリスは歩度を落とさないままに考えていた。 
 自分たちはそもそも、隣国から拉致されてきたというあの美しい虜囚の青年の監視兵だ。必要とあらば彼を拘束することも辞さないし、彼が少しでも逃げる素振りを見せたなら、彼の命を絶つ権限すら与えられている。
 つまり自分の意思とは無関係に、いつかは彼を殺さねばならないかも知れない立場だということだ。
 事実、先日のことがいい例だった。あのトロイヤード国王──いや名目上は飽くまでも「その影武者」ということだったが──を護送したあの日、自分たちはもう少しであの青年を手にかけるところだった。彼が何とか思いとどまってくれたことに、どんなに安堵したか知れない。それはホッパーも同じ気持ちだったろう。

(それにしても──)

 本来監視対象であるその青年にこんな感情を抱くようになってしまった自分に、クリスは正直戸惑っている。できることならこのようなお役目からは辞させてもらい、他の職務を与えてもらいたいとすら思うこともある。

 もとを辿たどれば、彼が自分たちの敬愛するアイリス殿下を救ったと聞かされたところからどうも話がおかしくなった。
 あれほどの重病を患い、もはや亡くなるのを待つばかりと聞かされていたアイリス姫が、彼がやってきた途端ほんの数日で快癒したのだ。まったく奇跡が起こったのだとしか思えなかった。いったい何が起こったのかと、城中でひそやかな噂となっていたのは言うまでもない。
 だが昨日、あのオットーという萎えた足をもつ息子のいる兵士と関わったことで、クリスにも様々なことが見えるようになってきた。あの中庭でオットーとシュウを引き合わせた後、自分とホッパーはその後の顛末を聞きに、夕刻になってから彼の兵舎を訪ねたのだ。

 オットーの狂喜のほどは、もはや言葉に尽くせないものだった。
 驚くべきことに、つい今朝方まで足の萎えていた彼の息子はいまや家の中を走り回り、跳び回って彼の妻を困らせているほどだというのだ!
 驚愕している自分とホッパーの手を握って滂沱の涙に暮れながら、オットーは何度も礼を言い、くれぐれも「シュウ様」に自分が重ね重ね感謝を申し述べていたと伝えて欲しいと、繰り返し繰り返しそう言った。
 そしてようやく、自分はあの青年の持つ力を悟った。
 恐らくはそのためにこそかの国から攫われて、愛する人々からも引き離され、この城に囚われることになったのであろうことも。

 考えてみれば、まことに気の毒な話である。あのたぐいまれな容姿のことはくとして、本人は飽くまでも何の野心も悪心もない、涙もろくて心優しいばかりの青年だというのに。
 ただクリスが心底驚くのは、彼がそうして酷い目に遭わされた元凶ともいうべき国王とその妹殿下に対して、なんら恨みや憎しみらしきものを抱いていないらしいということだった。

 なぜ、そんなことができるのだろう。
 自分が彼と同じ立場なら、たとえ命を奪われようと、そんな姫の命など黙殺するかも知れぬ。ましてその拉致作戦を立案し、実行した国王には、死しても忘れえぬ憎しみを覚えて当然の場面ではないか。それなのに。
 彼はただ、いつも静かに笑っているのだ。
 時には、悲しげに涙を浮かべながらも。
 それどころかアイリス殿下には誠に優しげな笑みさえ浮かべ、親しく話までし、ナリウス陛下に対してさえも笑って見せることを厭わない。ただし後者はいささか迷惑そうな笑みであることも多いのだが。
 さらには、自分たちのような一介の兵士や女官たちに対してまでも何かと気遣い、ごく親しげに話しかけてきてくれる。

 あのような人を殺せと言われて、この先、果たして自分にその務めは全うできるのだろうか──?

 ……答えは、否だ。

 次にまた先日のようなことが起こったとしても、恐らく自分は次こそ、その場で槍と己の務めを放棄することになるだろう。そんな、確かな予感があった。

「なあ。……なあなあ、クリス!」

 呆然としたような声でホッパーから名を呼ばれて、クリスははっと我に返った。
 すでにシュウの寝室の前まで来ている。
 扉の前には、毎朝シュウの着替えを手伝う女官たちが居並んで、あるじの帰りを待つ風情だ。

(不在……?)

 「こんな早朝からなぜ?」と思う間もなく、ホッパーに脇腹を小突かれた。

「クリスってば! そっちじゃねえって!」

 言われてクリスは兜の奥のホッパーの目線を追った。
 そして、驚くべきものを目にして絶句した。
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