【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第三章 過去

11 矢疵(1)※

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 その夜、遅くに訪ねて来たナリウスは、いつになく激しかった。
 シュウが自室で今朝モリス先生から出された書き取りの宿題に取り組んでいるところへ、彼は突然、ものも言わずに飛び込んできた。

(え……?)

 振り向いて事態を理解するいとまもあらばこそ。いきなり力任せに抱きしめられ、噛み付くように唇を奪われて、シュウはそのまま寝台へ連れて行かれた。何を言う暇も与えられはしなかった。
 まるで初めての夜の時のように、シュウは何度も体位を変えさせられては貫かれ、突き上げられた。すでに数えきれぬほど達してしまい、もうこれが何度目なのかも分からない。

「あ、あ……ナリウス、さまっ、ああ……!」

 腰がだるく、足の付け根も悲鳴を上げている。とっくにその動きについていけなくなっているのに、ナリウスは放してはくれなかった。

「や……あ、ぼく、もう……っ!」

 掠れた悲鳴のような声が出、下肢が震えて、またシュウは達していた。

「あ……あ……」

 それと同時に体の奥にナリウスの熱いものが叩きつけられたのが分かる。荒い吐息とともにナリウスがシュウの上に覆いかぶさってくる。

「はあ……はあ」シュウもまた、しばらくはただ呼吸を整えることに専念した。「どう……したんですか、ナリウス様……」

 少し落ち着いてきたところで、そっと尋ねてみる。ナリウスは無言だった。目は開いているのだが、その瞳がひどく虚ろだった。本当はどこを見ているのかよく分からいほどに。
 なにかきっと、辛いことや苦しいことがあったのだろう。それだけは分かるのだが、彼は決して自分の口でそれを教えてはくれなかった。

「ナリウス様……」

 シュウの胸が悲しみに痛んだ。何の悲しみなのかはよく分からない。それは多分、ナリウス自身の悲しみだからだ。
 そっと手を伸ばして、シュウはナリウスの頭を柔らかく抱きしめた。自分を抱くことで彼の抱えているものが少しでも軽減するなら、いくらでも抱けばいいと思う。しかし、それができないからこその、この荒れようでもあるのだろう。こんな時ほど無力感に襲われることはない。

「ナリウス様、大丈夫です……。大丈夫」

 何が大丈夫なのかもよく分からないまま、まるで母親が子供にするようにして彼の頭を優しく撫でた。すると、ナリウスの腕がそろそろとシュウの背中に回ってきて、次には息もできないほどに抱きしめられた。

「ん……!」

 背中の矢疵がぴりっと痛んだ。少し力を入れて触れられると、まだ時々は痛むのだ。シュウの声にぴくりと反応して、ナリウスが腕を緩めた。

「……すまない……」掠れた小さな声がした。
「いいえ……大丈夫」シュウは笑うと、今度は両手でナリウスの顔を挟むようにしてじっと見つめた。「僕は、ここにいますから。心配しないで……。大丈夫」

 同じ言葉を繰り返す。もっと自分に気持ちを十分に表現できるだけの豊かな語彙があればいいのにとは思う。けれども今は、他になんと言ってあげればいいのか分からない。
 シュウは体を起こすと、ナリウスの額に、頬に、そして唇にと優しく口づけをした。
 ナリウスはしばらく黙ってシュウにされるままになっていたが、やがてぽつりと言った。

「……本当か」
「はい?」シュウは顔を離してナリウスの目を見つめた。
「本当に……ここにいるか……?」

 やっぱり、その視線はシュウをつき抜けて、どこかあらぬ世界を覗き込んでいるようだった。

「…………」

 シュウはぞくりとする。
 彼が覗き込んでいるのは、多分、この世のどこかではないのだ。
 それは……多分、黄泉よみの世界と呼ばれるどこか──。

(そうか……)

 やっと分かった気がした。
 以前、アイリスに「兄上様はあなたを大事に思っている」と伝えたとき、なぜ彼女が泣き出してしまったのか。彼女はあのとき、兄が大事に思っているのは自分ではないと言った。
 ナリウスが見つめているのは、おそらく彼女を通して見える、死後の世界の誰かなのだ。シュウにはそれが、もうずっと前から誰なのかわかっている気がしている。
 すでに亡くなったその人は、もう二度とナリウスの手には戻ってこない。
 その凄まじいまでの兄の喪失感を埋めるために、アイリスは辛い気持ちを抱えながらも、涙を堪えてずっと彼の傍にいなくてはならなかった……。

(なんて……)

 シュウの胸は、切り裂かれるような痛みを覚える。

 なんと、哀れな兄妹なのだろう。
 こんな強大な大国の、王とその妹という立場にある人たちなのに。
 ほかの誰にも成しえない、どんな贅沢も豪華な暮らしも思いのままのはずなのに。
 この人たちの心の中は、あの貧しい村で暮らしていたシュウよりも、ずっと、遥かに貧しいのだ。心の泉はとうに枯れ果て、その心の世界には、ただ真っ暗な荒涼とした砂漠が広がっているのだろう。
 その大切な人がいなくなってから……ずっと。

「……どうして泣く」

 ナリウスの声が聞こえて、シュウは初めて自分が泣いていることに気がついた。

「あ、あ……ごめんなさい……」

 慌てて目を拭った。

(僕が泣いて、どうするんだよ……)

 泣きたいのは、ナリウスの方だというのに。
 こっちが泣いてしまったら、彼が泣けなくなるだけではないか。
 が、ナリウスはその涙を違う意味に受け取ったらしかった。

「……まあ、そうだろうな」

 言って自嘲気味に笑い、するりとシュウから体を離して寝台の縁に座ると、こちらに背を向けたのだ。

「え?」言葉の意味がわからず、つい聞き返した。
「私の傍にいるなどと、そなたが約束するはずがない……」

(あ……)

 そうか、そう取られてしまったのか。

「あの……。違いますよ、ナリウス様。これは……」
「いや、いいんだ。……無理をするな」

 ナリウスは立ち上がると、素早くガウンを羽織った。

「…………」

 シュウはもう何も言えなかった。確かに「この先ずっと彼の傍に居る」と言ってしまうことはできない。それは即ち、もう二度とレドには会わないと約束するのと同じだからだ。

(そんな約束は……できないよ……)

 項垂れてしまったシュウを見返って、ナリウスは静かに笑った。今はもう、あの遠くを見る瞳はしていなかった。

「無理をさせてすまなかった。湯殿に行こう。あとは、ゆっくり眠るといい……」
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