【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第四章 陰謀

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 それから一ヶ月あまりが過ぎた。
 エスペローサ宮の周囲はすっかり真冬の景色となり、城の屋根にも窓にも分厚い雪の塊が丸みを帯びてこびりついて、その下にはつららが下がった。いまや完全な雪国の城の風情となっている。

 その後、シュウはまた元通り午前中は勉強と「演奏会」、午後は「医務の間」での仕事という通常運転に戻っていた。あのひどく荒れた夜以降は、ナリウスも特に何もなかったかのように普通にシュウに接している。夜の方も、また元通りのペースになっていた。
 そのことに少しほっとしつつも、シュウはなにか釈然としない思いを抱えている。

 何事もなかったかのように振舞われるということは、即ち「これ以上踏み込んでくるな」というナリウスなりの暗黙の意思表示のように思われるからだ。
 本人がそう望む以上はどうしようもないのだけれども、シュウのことを「あなたは希望だ」とまで言ってくれたクリスは、それでは納得しないような気もしている。
 だからといって、今のところ何をどうしたらよいのかも分からなかったけれども。

 「医務の間」での仕事は、基本的にはトロイヤードの医務棟でしていたこととあまり変わりはなかった。包帯を換えたり傷口を消毒したり、湯を沸かしたり患者の体を拭いたりといった、いわゆる看護の仕事が中心である。
 以前、タルカスがしてくれていたのと同様、今はいつもの二人の護衛兵がつかず離れずシュウの身辺を警護してくれていた。

 シュウは以前に行っていたのと同じように、重症の者を中心に、かれらの意識のない時を窺ってはこっそりと《癒しの手》の力を使っていた。今のところは誰かに大々的に自分の能力に気づかれるというようなこともなく、何とかやりおおせているように思われた。
 シュウもさすがに、トロイヤード宮での失敗は繰り返したくなかった。あの恐怖の新興宗教「ラギ教」を、ここでもおこされるのは絶対に御免だった。

 医療班長のドネルはごく真面目な責任感のある医者だったが、幸いシュウの働き振りには満足してくれている様子だった。たまに起こるシュウの「体調不良」による欠勤についても、クリスとホッパーがうまく口添えをしてくれたらしい。今のところは不問にして貰えている。

「ラギ君、お疲れ様。今日はもう終わりにしてくれたまえ。部屋に戻ってくれて構わないよ」
「え? は、はい……」

 気のせいかもしれないが、ドネルはシュウに対してはほかの医療補佐官たちに対するよりは少し扱いも言葉遣いも丁寧な気がする。さらに申し訳ないことに、こんな風に大抵はできるだけシュウを早めに帰らせるようにもしてくれていた。シュウが王の賓客であり、その夕餉の席に呼ばれることも多いということを、それとなくクリスたちが話したことが原因らしかった。

「いつものことだが、食事前には消毒と入浴を忘れないように」

 見かけはいかつくて恐ろしげな先生なのだが、ドネルは至って親切で細やかな気遣いに溢れた男だった。

「はい。今日もありがとうございました」
「ああ。また明日、よろしく頼むよ」

 シュウは一礼し、同僚の医務官たちにも挨拶をして本日の業務を終了させた。


 ◇


「だいぶ仕事にも慣れていらっしゃったようですね?『ラギ様』」

 「ラギ」の部屋までシュウを送りながら、クリスが話しかけてきた。律儀なことに、「ラギ」のための部屋に戻って着替えるまではきっちりとシュウをその名で呼び続ける。

「ドネル先生も直接はおっしゃらないでしょうが、我々には『ラギ様』の働きぶりを大変褒めておられましたよ」
「本当ですか?」シュウは振り返って、思わずにっこり笑った。「それはもう、本当にお二人のおかげです。ありがとうございます!」
「いえ、我々は何も」

 嬉しげなシュウの言葉に「そうだよな!」とばかりにふんぞり返るホッパーを押しとどめ、クリスはごく静かに答えた。

「……それよりも」クリスの声がすっと潜められた。「今日も、特になにもございませんでしたか?」
「え? ええ……」

 クリスが何を警戒しているのかは分かっていたが、シュウにはどうも実感が沸かなかった。
 この王宮にはシュウを排除したがっている個人、または勢力があるらしい。その相手は、以前シュウの食事に毒を盛った者と同じだろうとナリウスも言っていた。
 だが、それは本当なのだろうか? こんな、別に秀才でも豪傑でもなんでもない、ただの虜囚の一人や二人、殺して何の得があるのだろう。シュウには何度考えても、どうしてもそれだけは分からなかった。しかし、そうしてシュウに何の自覚もないことが、どうやらナリウスにもクリスにも大きな心配の種になっているようだった。

 アイリスの部屋での竪琴の「演奏会」は、相変わらず続けている。実は勉強の進度があまりはかばかしくないため、最近では週に二回程度にはなっているが、聴衆になりたがる女官たちは増える一方だった。アイリスは仕方なく──とはいえ大喜びで──侍女たちに命じて演奏会の整理券まで作成し、事前に希望者に配り始めた。

 護衛兵クリスはアイリスに頼み込んで、その券を受け取っている人物の名簿を作ってもらうことにしたらしい。それを日々チェックしては、不審な動きをする人物を特定しようとしているようだ。
 それだけではない。最近ではホッパーにも手伝わせて、クリスは王宮内の人々の人間関係を詳しく調査することまで始めたらしい。誰と誰がつながっているのか。誰と誰の折り合いが悪いのか。そして、利害が一致しているのはいったい誰と誰なのか──。
 聡明で人間的にもあまり隙のないクリスには無理でも、おおらかで底意のないホッパーになら、人々は割と口が軽くなるようだ。そんな訳で、主に彼のおかげにより、日々様々な情報がクリスの手元に集まってくるようになったのだった。まさに適材適所とはこのことだ。

 ……しかし。

(なんだか、それって……)

 もはや、一介の下級士官のする仕事ではなくなってきているような。
 クリスという男の才能は、単に武器を取って戦う兵士などよりも、むしろ今で言う諜報機関や秘密警察といったような情報戦の分野でこそ開花するものだったらしい。これはあのナリウスもかなり意外だったらしく、寝台の中で時折り見せる表情から察するに「思わぬ掘り出し物を見つけた」とばかり内心ほくそ笑んでいるように思われた。

(ちゃんとその分、お給金とか弾んであげてるのかなあ? ナリウス様……)

 その顔を見て、ついシュウも要らぬ心配をしてしまうのだった。

 「ラギ」のために準備された部屋に戻って包帯を解き、医務官用の白い上着を脱いだ時、シュウはふと、その違和感に気がついた。上着のポケットの中に、なにか入っている感触がある。何気なく取り出してみると、それはまたもや、小さく折りたたまれた羊皮紙だった。しかし今度の差出人は、間違いなく警備兵オットーではありえなかった。

「…………」

 シュウは呆然と、手のひらの上で丸まったままのそれを見ていた。
 今ここで、読むべきか、読まざるべきか。
 と、ナリウスの言葉が頭に響いた。

 ──『迷ったら、護衛のクリスに判断を仰げ』。

(そうだった……!)

 シュウはすぐさま、扉の外にいるクリスを呼んだ。
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