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第二部 エスペローサ編 第四章 陰謀
2 接触(2)
しおりを挟むホッパーを扉の外に残して、クリスはすぐに入室してきた。問題の羊皮紙を受け取ると、兜を脱いですぐにそれに目を通し、やや思案顔になる。そうして、それをまたシュウの手に返してきた。
「読んでみてください、シュウ様」
「いいんですか?」
「もちろんです。シュウ様のご意見もお聞きしたいので」
そう言われてようやく初めて、シュウもそれを読んでみた。
手紙の内容はこうだった。
『 シュウ様
このような形での接触となりましたことを、どうかお許しください。
わたくしは、トロイヤードからこの王宮に密かに遣わされている者です。
現在、陛下はあなた様を奪還すべく、王都にて様々な下準備をなさっていますが、今回わたくしにある命令が下りました。
このことを至急シュウ様にお伝えするようにと、陛下から言い遣っております。
できれば近いうちに、お会いしてお話したいと考えております。肯定の場合、この羊皮紙を医務の間の空いている寝台の下へ置いてくださいませ。
寝台の場所はどれでも構いません。
わたくしからは今回同様、返信はシュウ様の上着に入れさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
ふくろう 』
「うーん……」
読み終わってみて、シュウは考え込んでしまった。
これだけの内容では、自分では何の判断も下せない。これでは「ふくろう」と自称しているこの手紙の主が本当にトロイヤードから来た間諜なのか、或いはこの王宮内にいる敵の誰かなのかもわからないからだ。
「僕には、これだけではなんとも……。やっぱり、ナリウス様にご相談してみたほうがいいのでは──」
クリスは静かに頷いた。
「それはもちろんなのですが。今この城で、レド王のことを最もよくご存知なのはあなた様です。常に身近にいてかの王と接してこられたシュウ様としては、レド王がこのような策を弄する方だと自然にお考えになれますでしょうか?」
「あ……」
なるほど、クリスが聞きたかったのはそういうことか。
「うーん……」シュウは更に考え込んでしまった。「よく、分かりませんけど、でも……」
なんとなく、レドが画策するにしては穴だらけな計画のような気もする。作戦としては雑というのか、詰めが甘いとでも言ったらいいのか。
こんな方法では、いつシュウが他の誰かにこの手紙を見つかって、間諜としての疑いを掛けられてもおかしくない。もしそうなれば、シュウなどあっという間に死刑台送りだとナリウスも言っていた。
そんな危険度の高いことを、トロイヤードからは手の届かないこのエスペローサの王宮内で、あのレドがわざわざ実行するだろうか? それも、たった一人の間諜を使って?
レドなら、もっと確実にシュウの身の安全を確保し、かつ十分な準備をした上で、ようやく事を起こすのではないだろうか。
それに、この手紙がいきなり冒頭で「シュウ様」と呼びかけているのもなんとなく引っかかる。慎重であるべきはずの秘密の手紙に、こんな風に相手の名前を書くだろうか? それも「ラギ」ではなく、本名のほうを──。
「ちがう、ような気が……します」
それらの理由も言った上で、シュウはクリスにそう言った。
「なるほど。なかなか、いい答えだと思います」クリスは再び静かに笑って見せた。「それではシュウ様のご意見も含めて、陛下にはわたくしからご報告しておきましょう。今後の対応についても、陛下とご相談の上、また報告いたしますので」
「あ、よろしくお願いします……」
一礼されてシュウも慌てて礼をした。クリスは再び手紙を受け取って踵を返し、急ぎ足に部屋を出ようとしたが、ふと何か思い出したように足を止めて振り返った。
「それと、シュウ様」
「はい?」
見上げると、クリスは少し嬉しげにシュウを見つめていた。
「どうも、有難うございます。我々を信用して下さって」
「え?」
再び一礼されてきょとんとしているシュウを見て、クリスはわずかに苦笑した。
「そうではありませんか? 本来なら、敵国の人間である我々に、他でもない自国の味方を名乗る者の秘密の手紙をおいそれと見せるものではありますまい。シュウ様が我々を信用してくださったからこそ、そうしてくださったものと理解しておりますが?」
「あ、ああ……」言われてみれば、確かにそうだ。そのことに何の疑問も感じなかった自分に、あらためてシュウも驚いた。「な……なんか、変ですかね……? 僕」
ぽりぽりと頭を掻いてしまう。言われてみれば確かに変だ。常識的に考えれば、自分は相当おかしな真似をしているのかも知れない。
困惑してしまったシュウをしばし眺めて、クリスはまた少し笑うと、再び礼をした。
「いえ。今回は正しいご判断だったかと。それでは、わたくしはこれで失礼いたします」
言ってクリスは今度こそ部屋を出て行った。
◇
その夜。
シュウの寝室にやってくるなり、ナリウスはまた、文机で宿題をしているシュウを後ろから抱きしめて耳元にこう囁いた。
「奴らめ、とうとう動き出したな?」心底楽しげな声だった。そのまま、耳朶に口付けられる。「いい加減、痺れを切らしたらしい。こちらの思う壺というものだ……」
くくっと喉奥で笑っている。
「面白くなりそうだな?」
シュウは脱力した。
「いえ、別に面白くはないと思うんですけど……」
ひとの命を餌にして、この王はまた何を釣り上げようというのだろう。餌にされる者の身にもなって貰いたい。
が、ナリウスはシュウの不満などどこ吹く風で、上機嫌で話を続けた。続けつつも、シュウの胸や腰にあちこちと手を這わせては、頬に、首にとキスを落としている。
「ん……っ」
「もっともっと焦らしてやるがいい。何の返事も、反応もするな。手紙の類はすべて私に渡して、あとは気付かない振りをし続けよ。そなたの得意技だ、簡単だろう?」
「はい……えっ?」
言いかけて、なにやら非常に引っかかった。
(いや待て。得意技ってなんだ、得意技って!)
少し体を離して睨むと、ナリウスはにこにこ笑って首をかしげた。
「そうであろう? 送られてくる他人の秋波を右へ避け左へ避け、それでいて相手の好意にはまったく気付きもしない。いったいそなた以外の誰に、そんな器用な真似ができようか」
「……はああ!?」
言うに事欠いて、なんという言い草だ。
「いっ、いくらなんでも、そこまで鈍くは──」
真っ赤になって言いかけて、はたと思いなおした。そういえばあのノインも、以前にシュウのことを「国宝級」とかなんとか言わなかったか?
(僕って……そんな風に思われてるんだ……?)
愕然としていきなり黙り込んだシュウの夜着の胸元を手馴れた様子でくつろげながら、ナリウスは独り言のように呟いた。
「まあもっとも今回のそれは、残念ながら『好意』ではないのだがな──」
「ふ……っ」
胸の尖りに指を這わされて、シュウの体がぴくりと反応する。そのまま夜着をはだけられて首から肩へ、さらに背中へと唇を這わされ、やがて足の間に手をのばされる頃には、持っていた羽ペンをころりと取り落とした。
「んっ、ああ……」
ぞくぞくと背中を駆け上がってくるものに震えて、自然と体が仰け反った。
今夜もまた、宿題は中途半端に終わってしまいそうだった。
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