【改訂版】Two Moons~砂に咲く花~

るなかふぇ

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第二部 エスペローサ編 第四章 陰謀

9 正体(1)

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「本日決行となります、シュウ様。ご協力のほど、よろしくお願い致します」

 その日は、思った以上に早くやってきた。
 「医務の間」に向かう道すがら、クリスがやや緊張した声でシュウにこう言ったのは、そろそろ十二の月の初頭に差し掛かるころだった。今年もとうとう最後の月がやってきた訳である。
 考えてみれば、シュウにとって本当に色々なことがあった年だった。だが今年中に起こるべきことは、どうやらまだ色々と残っているようだった。

「はっ、はい……」

 クリスの固い声を聞いたシュウも、途端に体が緊張するのを感じた。聡明な護衛兵はそれを見て少し微笑んだようだった。兜の下の目が優しくなっている。

「どうぞ、落ち着いてくださいませ。シュウ様が緊張されては、ほかの患者たちが落ち着きませぬゆえ。シュウ様はどうぞ、普段どおりに動いてくださっていれば結構です」
「は、はい……」

 そうは言われても、緊張するなと言うほうが無理である。冷静さとか平常心とかいうと、シュウがつい思い出してしまうのはタルカスだ。けれども、そのたびにいつも「本当にあの人は凄いのだな」と実感することになる。

(そうだ、平常心だ。いつも通り、いつも通り──)

 とにかく、ずっと自分にそう言い聞かせた。
 計画によれば、「医務の間」での午後の仕事のあと、いつも通りに夕食などを終え、シュウは用意された部屋に移動することになっている。そこへ、クリスたちが消灯後にくだんの患者を運び出してくるのを待つ手筈になっているのだ。
 そこにいったい誰が運び込まれてくるのか。自分はいまだに知らされていない。もちろん、知らされていたところで逆効果どころか作戦の邪魔になったことだろう。仕事中に自分がその「ふくろう」なる人物に対して不審な態度を取ってしまったり、いらぬ失敗をしてしまったりするのは目に見えていたからだ。要するに、ナリウスとクリスの判断は正しいと言わざるを得なかった。

 仕事が終わって部屋に戻ると、変則的ながらシュウの護衛はホッパーのみとなり、クリスは作戦行動を開始した。シュウはどきどきして、運ばれた夕食も喉を通らず、ただホッパーからの移動の指示を待った。一応入浴は済ませていたが、再び新しい包帯を巻き直して今は「ラギ」の姿になっている。これもクリスからの指示だった。
 やがて、一刻ばかりたったころ。

「シュウ様、時間だ。移動しようぜ」

 扉の隙間からホッパーが顔を出し、いよいよ二人で移動を始めた。


 ◇ 


 ホッパーに案内されたのは、王宮の隅の方の区画にある小さな倉庫だった。前回、三人の若者を紹介されたのとはまた別の部屋である。周囲の廊下にちらほらと警備の兵士は立っているものの、基本的にほとんど人影はない。普段からあまり使われることのない区画らしかった。
 人のいない区画であるためか、廊下は他の場所よりもよりいっそう底冷えのする冷気が満ちているようだった。

 部屋に近づくと、扉の奥から騒がしい物音ががたごとと聞こえてきた。明らかに誰かが暴れている様子だ。
 ホッパーが二回、一回、三回の順で叩くと、扉が静かに開かれた。彼に促され、共に素早く扉の中に入ると、扉はすぐに閉められた。

 部屋の中には、クリスと例の医療補佐官として潜り込んでいた三人の若い兵士、そして問題のその男がいた。室内の明かりは、ダニエルと名乗った兵士が持っている小さなランプひとつである。
 男は椅子に座らされて、両手は後ろ手に縛られ、両足は椅子の脚にくくりつけられている。まったく身動きが取れない状態だ。先ほどからの物音は、彼がその姿勢でじたばたと暴れる音だったらしい。
 彼はいまだに「なんだここは」とか「お前たちはだれだ」などと、包帯だらけの顔の奥でもぐもぐ言い続けているようだ。縛られた腕も脚も、やはり包帯でぐるぐる巻きの状態だった。
 男の姿を見て、シュウはハッと息を呑んだ。

「ガルフ、さん……?」

 思わず声に出してしまう。相手の男は、それを聞いてびくりと体の動きを止めた。
 それは重度の熱傷で「医務の間」に入院していた、あのガルフだった。シュウの手の力によってここのところかなり回復してきてはいたが、あまり話はしてくれず、少し寂しく思っていたところだったのだが。

「どうして、ガルフさんが……」
 呆然として言いかけるのを、クリスがわずかに手を上げて制した。
「シュウ様。彼は『ガルフ』ではありません」

(え……!?)

 シュウは驚いた。言われている意味がよくわからない。

「ガルフと名乗る兵士は、確かに書類上は存在します」クリスが淡々と言う。「が、我々が調べた限り、その者に本当に会ったことのある兵は一人もおりませんでした」
「えっ? それって──」
「『ガルフ』というのは、我々が追っている黒幕の作り上げた、いわば架空の人物ということになります」
 シュウは呆然と目の前の包帯だらけの男を見つめた。「で、では、この人は……?」
「それを知るために、ここへご足労願いました。が、その前に、ダニエル、ソーン、ガイル。少し席をはずしてくれ」

 クリスが言うが早いか、三人の若者はさっと一礼し、ホッパーにランプを手渡して音もなく出て行った。彼らが行ったのを確かめてから、クリスはあらためてシュウに向き直った。
「どうか、シュウ様には、この者の治療をお願いしたいのです」クリスが頭を下げた。
「……!」それを聞いた途端、包帯の男がびくっと体を震わせた。「い、いやだ……!」

 恐ろしくて堪らないという風に呻いている。

「や、やめて……」今度はシュウに向かい、必死で懇願してくる。「やめてください、お願いです……!」
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