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第二部 エスペローサ編 第四章 陰謀
10 正体(2)
しおりを挟む「や、やめて……」今度はシュウに向かい、必死で懇願してくる。「やめてください、お願いです……!」
シュウは困った顔で包帯の巻かれた男の顔を眺めていた。本来なら、こんな酷い火傷で苦しんでいる患者を前にすれば一も二もなく助けてあげたくなるところだ。だが今回ばかりは勝手が違った。この男は、シュウに治療されることを望んでいない。
(でも、どうして……?)
先ほどから、まったくわからないことだらけだ。クリスによれば「ガルフ」という男は実在しない。目の前の男は、火傷をして黒幕の者から「ガルフ」に仕立て上げられ、「医務の間」へと送り込まれて、「ふくろう」を名乗り、シュウに手紙を渡していたことになる。
一体どうしてそんな持って回ったことをしなくてはならなかったのか。
自分の正体が、クリスやシュウに知られると困るということなのだろうか……?
(では、この人は……?)
まず考えるのはそこだった。それで、それをそのまま言葉にした。
「あなたは、いったいどなたなんですか……?」手を触れる前に男の前に膝をつき、シュウは彼に向かって尋ねた。
男は沈黙して項垂れてしまう。気のせいかもしれないが、ひどくしょんぼりしているように見えた。
自分を陥れようとしていた男だというのに、なぜかシュウは彼が気の毒に思われた。きっとこの男も、なにか言うに言えない事情を抱えているのだろう。そうでなければ、たとえ黒幕たちに唆されたのだとは言え、どうしてこんなことをするようになるだろうか。それが何なのであれ、彼を憐れに思わずにいられなかった。
「すみません、『ふくろう』さん」シュウはなるべく優しい声で語りかけた。「あなたはそれをお望みではないようですが……ごめんなさい。僕は、あなたを治療させて頂きますね?」
「…………」
男は項垂れたまま、もはや諦めたかのように押し黙り、何も言わなくなった。シュウは少しの間、その包帯だらけの顔を見つめていたが、やがて意を決して彼の膝のあたりにそっと触った。静かに目を閉じる。
この男は、苦しんでいる。その理由は分からないが、何か力になってあげられることはきっとあるはずだ。その話を、聞かせて欲しい。この辛い怪我を少しでも治療して、もっと良い方向に向かせてあげたい──。
シュウの望みは、そのままその手のひらに集まって、男の体へと流れ込んでいった。
「……シュウ様。そのくらいで、もう結構です」
静かなクリスの声がして、シュウは目を開けた。包帯の隙間から見える肌の様子からして、男の身体はすでに普通の健康的な状態を取り戻しているようだった。
「はい……」答えて立ち上がると、また少し体がふらついた。予想していたらしく、再びクリスが後ろから支えてくれた。
「大丈夫ですか、シュウ様」
「はい、すみません……」
言いつつも、シュウは包帯を巻いたままの男の顔を凝視していた。クリスから目配せされたホッパーがランプを近くの木箱の上に置き、無造作に男の包帯を解き始めた。
くるくると解かれた包帯の下から現れたのは、この状況にはあまりにも似つかわしくない風貌だった。予想外なほどに優しげで純朴そうな、平凡な男の顔だったのである。年のころは三十前後といったところか。
「やはり、お前か……」
クリスが静かに言った。しかし、シュウはその顔に見覚えがなかった。
(この人は……?)
「シュウ様は、この者の顔をご存知ではありますまい」クリスがそのままの声音で告げた。「ですがあなた様も、この者のことはすでに見知っておいでです」
「え……?」
一体どういうことなのか。
「あらためてご紹介いたします。警備兵、オットーです。以前、あなた様に足の萎えた息子の治療をお願いしてきた男です」
「……!」
言葉を失った。喉が一気に詰まったようになる。
(オ、オットーさん……!?)
まさか、そんな。
驚いて自分を見つめるシュウを申し訳なさそうな目で見返して、男はまた力なく項垂れた。
◇
「なに? あの者が連れ去られたと……? まことか!」
豪奢な暗闇の部屋の中で、ぎすぎすした声が手下の者を詰っている。
「家族の者らはいかがした! すぐに──」
だが、言い募ろうとしたその言葉はすぐに相手の言葉に遮られた。
「な、なんと……!!」
しわがれた声が絶句して、手にした扇を取り落とす乾いた音がした。
「してやられたわ……。あの、青二才の小僧どもめらが……!」
地団太を踏む靴音が、暗闇に虚しく響き渡った。
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