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第二部 エスペローサ編 第四章 陰謀
14 苦悩(2)
しおりを挟む「それで、サリヨル……とかいう人のことは、これからどうなさるんですか?」
「ふむ」ナリウスはにやりと笑った。「今頃、さぞかし慌てておるであろうな、あの爺い──」
本当に楽しそうだ。形の良いその唇から「爺い」などという、およそ「ナリウス様」らしからぬ単語が飛び出して、シュウは思わずびっくりした。
(なんだかナリウス様まで、ちょっと陛下に似てきたような……?)
「慌ててくれれば好都合よ。さらに尻尾を出しやすくなる。明日の御前会議では、さてどうなることやらな──」
くすくすと含み笑いをしているナリウスが、またぞろ悪い顔になっている。シュウは溜め息をついた。
(はいはい。もう、勝手にやってください……)
そもそも、一応男の身だとはいえ後宮預かりのシュウにとっては、本来内政に関するような表向きの話は関われることではない。もちろん今夜の作戦にしても、この手の力が必要ではなかったなら、ここまで関わる話ではなかったのだ。
「僕は、ナリウス様とアイリス様と、クリスさんや他の家臣のみなさんや国民の皆さんにとって一番いい方向になるようにお祈りするだけですので……」
それだけ言って、シュウはただにっこり笑った。
シュウが望むのは、ただそればかりだ。できることなら、このまま毎年のトロイヤード攻めのほうも考え直して貰いたいし、さらに本当にできることなら、将来的にかの国とは敵対関係ではない、もっと新しい関係を築いて欲しいとは思っている。そう言いたい気持ちは山々なのだが、さすがに今の虜囚の立場でそこまで口出しできるはずもない。
こちらの心中を見透かしたように、ナリウスはしばらく黙ってシュウを見つめていた。が、やがて彼を抱く手に力をこめ、一度だけ唇にキスをすると、すぐに体を離した。
「少し顔色がすぐれぬようだ。今夜はゆっくり休むといい……」
シュウの頬をひと撫でし、静かに笑ってそう言うと、ナリウスは部屋を出て行った。
◇
翌朝、クリスは初めてシュウの護衛につかなかった。彼の代わりに、あの青年下級士官のガイルがホッパーと共にやってきて、少し硬くなりながらもシュウに朝の挨拶をした。ガイルは燃えるような真っ赤な癖っ毛の、がっちりとした大柄な若者である。顔に多少にきびなどが見えるのが、その若さを物語っていた。
「お、おはようございます。本日は、自分がシュウ様の護衛を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします……」
やや緊張気味の若者の顔を見ながら、「いよいよなのだ」とシュウは思った。恐らくナリウスがクリスを伴って午前の会議に臨んでいるのだろう。サリヨルのことは気になるが、それはいま自分がここで気を揉んでも仕方のない話だった。
シュウはいつも通り、午前の勉強に始まって演奏会、昼食、午後の仕事と順次こなし、その日のスケジュールを終了させた。合い間の時間にはオットー一家を訪問して、息子のアルにちょっとした茶菓子を差し入れた。
……だが。
夕餉のための着替えを手伝うべく女官たちがやってきたとき、クリスが緊張した面持ちで足早に部屋にやってきた。
「シュウ様。突然、申し訳ありません」
彼の第一声を聞いただけで、何かあったのだと分かった。
今日のクリスはいつもの兜を被っておらず、着ているものもいつもの護衛兵の物とはまったく異なっていた。見たところ、どうやらエスペローサ軍の上級士官用軍服のようだ。基本的にグレーでまとめられたデザインで、黒い長靴を履いたうえ肩から濃紺に染められたマントを流している。その出で立ちは、もともと精悍な印象のクリスの姿に本当によく似合っていた。
シュウには武官の階級のことなどはよく分からなかったが、その様子から異例の昇進であることは明白だった。本日付けで、クリスの異動は現実のものとなったらしかった。
だが当の本人は今、そんなことはどうでも良いようだった。
「どうされましたか? クリスさん。顔色が──」
その通りだった。クリスは今まで見たこともないような苦悩の表情を浮かべていた。眉間に険しい皺を刻み、いつもはほとんど冷静さを失わないその瞳に憔悴した色を浮かべている。
「申し訳ありません。お恥ずかしい話ですが、わたくしでは手に追えず──」
いったいどうしたというのだろう。慌てて女官たちに一旦外へ出てもらうようにお願いし、シュウはあらためてクリスの話を聞いた。が、クリスは敢えて詳しい話をしようとはせず、ただひと言こう言った。
「陛下をお止めしていただきたいのです。……シュウ様、どうか、地下牢へご同行くださいませ──」
「…………」
シュウは息を呑んだ。
(地下牢……?)
あの恐ろしい場所で、ナリウスがどうしたというのだろう?
クリスの困惑しきった顔にただならぬものを感じ、シュウは押し黙った。あの場所には金輪際、本当に二度と行きたくはなかった。が、これはとても断れる雰囲気ではなかった。
一瞬の逡巡のあと、シュウは意を決して頷いた。
「わかりました……。どうぞ、連れて行ってください……」
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