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王宮の下働きの給料は少ない。基本的に衣食住に魔石を安くで配給されているから給料が少ない。
でもハンナお母さんはまだ五十代だからまだ働けるけれど、年取った非民の下働きは王都から遠くに離れた田舎の寮に移されて生涯を終えるらしい。
みんなそれは仕方ないことだと知っているけれど、退職後は生まれた村に戻りたいと思っている者が多い。ハンナお母さんもそうだ。だから少ない給料の中から何年もお金を貯めている。
そしてリーナが娘になってからは、リーナと一緒にハンナお母さんの生まれ育った村に家を買うために、さらに切り詰めて貯金している。
だからリーナはハンナお母さんに恩返しができないかいろいろ考えた。
リーナは王宮の洗濯の下働きをしているけれど、まだ見習い程度の給料しかもらえていない。見習いの給料は一ヶ月日本円の一万円くらいだ。一年後に正式の下女になって、一ヶ月の給料は三万円くらいだ。一般の家庭の収入が十二万くらいと聞いたから、非人の給料は安い方なんだろう。
確かに住むところや魔石が安く配給されると言ってもなんかひどいと思う。でもそう思っても非人は国の援助がないと生きていけない。
ハンナお母さんは生まれた村で畑付き一件家を購入して生きていけるだけのお金を貯めた、と先週の給料日に言ってお祝いをした。
土地を購入しても里奈が魔石に不自由しないで生きていけるように、後十年働くと言っていた。
里奈はなにもない田舎に住む気がしないが、ハンナお母さんを一人にできないから一緒に住むつもりだ。
里奈が言葉を少し理解できるようになって、ハンナお母さんから街へ一人で行く許可をもらえるようになった。それまでは休日の日はミイシャかハンナお母さんと街へ降りて言った。
街へは一日四回馬車が出ている。
街へ行った時にいろいろと仕事を探してみたが、仕事は見つからなかった。
普通の人は魔力があるから、里奈が非人と一目で分かって雇ってくれなかった。それ以前に読み書きのできない異国の子どもを、雇うところなどなかった。
ヨーロッパの石詰めた路に建て並ぶ店々を見ながら、雇用してくれそうなお店の店員に聞いてみたが全然ダメだった。
最初は珍しくてウキウキして来ていた街も、色あせて見える。道を歩いていて、よくどうして自分はここにいるんだろうと悲しい気持ちで泣きそうに何度もなった。
車の代わりに馬車や馬が通り、黒髪黒瞳の代わりにカラフルな人たちが行き来している。パン屋や野菜屋やお肉屋は同じなのに、日本と違う。
この世界に来て何度もかかったホームシックでまた涙が流れそうのなった時に、目に入った画商のお店。きゅうに胸の鼓動が早くなる。
里奈は自分の身なりなど気にせずにお店に入った。
店の中は画材を売っていたが、壁いっぱいに絵画が売っていた。いかにも英国の執事っぽいおヒゲのお似合いな叔父様が、みすぼらしくはないが平民の恰好で幼い容姿の里奈がお店に入って来ても、どこかの王族を迎え入れるように挨拶をしてくれた。
「あっ、あの見るだけ……です……」
こっちの世界に来てからこんな風に優しく丁寧に接してもらえることはなかったから、恐縮してしまう。
「ええ、どうぞごゆっくり見ていってください」
店員さんの言葉と壁いっぱい並ぶ絵を見て、この半年のつらい思い出が吹き飛ばされた。新しい絵画に出会えて胸が弾む。
この世界の絵は中世ヨーロッパと同じだ。油絵なのだろうか……後で画材を見てみよう。
お城の廊下の壁には壁画が描かれている。国の豊かさを誇るためにお城のあっちこっちに絵が描かれていたり飾っている。
里奈もいつか見てみたいと思っていたけれど、下女の里奈は絵画の飾られている建物には入れなかった。教会にも壁画あると聞いたけれど、ハンナお母さんは大の教会嫌いだったから里奈を連れて行くことはなかった。
ハンナお母さんもだけれどほとんどの非人たちは教会嫌いだ。教会では非人は前世の罪が大きくて神に愛されなかった女たちと教えているからだ。
だから非人の里奈も怖くて教会には行っていない。
「ここにある作品はどれも素晴らしいでしょう?」
絵を夢中で見ていた里奈は急に話しかけられてビクッと一瞬肩がが飛び上がった。
「は、はい!」
「先ほどから熱心に絵を見られていますが、絵は好きですか?」
店員の執事さんが柔和な顔で聞いた。
「は、はい。わ、私もいつか画家になりたいと思っています」
「ほお……」
さっきの柔和な顔は錯覚だったのか、目の前の執事さんの目がキラッと光った。
「非人……失礼。つい珍しいと思いまして。大体絵画に興味を持つ者は貴族や裕福な家計の者たちです。もちろん画家になれば、身だしなみを気にせずに絵に没頭する画家が多いですが、どう見てもお嬢さまはその分類できないので興味を持ったので話しかけたのです」
目の前の執事さんがまた優しそうな声で説明して謝罪した。
「わ、私はこの国の人じゃないから」
なにか困ったことがあると咄嗟に出る台詞。里奈の容姿を見て、みんな自分が納得いく結論を勝手に考えてくれる。
「ええ、そうですね……。今度ぜひあなたの描く絵を見せてくださいませんか?」
この世界に来て、はじめて誰かと絵について話ができて嬉しい。
「あっ、はっ、はい。あっ、で、でも画材が」
(買うお金がないから、今持っている絵は日本で描いた絵しかありません)
と言う前に、執事さんが
「どうですか? 今回は私から画材をいくつかプレゼントします。もし絵を見せていただいて商品として売れると思った場合、その絵を譲っていただけませんか?」
と提案してくれた。
絵を見てもらっていないから商品になるかまだ分からないが、ずっと画家になりたかった里奈には天から舞い降りた幸運だった。
「はっ、はい」
赤、黄、緑、青、紫の顔料と木枠に張った画布の二号サイズのキャンバスと筆をそれぞれ二本もらった。里奈が少しだけど小遣いを渡そうとしたが、「未来の画家への投資だよ」と断られた。
里奈は執事店員さんのその優しさの魅力に落ちた。ミリタリーマッチョが好みだけれど、ダンディー執事でもいい。もう彼に処女をもらってもらおうか、と一瞬そんな考えが頭を横切った。
執事店員さんは店員じゃなくてこの画商のオーナーだった。名前は「ワグナー」さん。
王宮の下働きの給料は少ない。基本的に衣食住に魔石を安くで配給されているから給料が少ない。
でもハンナお母さんはまだ五十代だからまだ働けるけれど、年取った非民の下働きは王都から遠くに離れた田舎の寮に移されて生涯を終えるらしい。
みんなそれは仕方ないことだと知っているけれど、退職後は生まれた村に戻りたいと思っている者が多い。ハンナお母さんもそうだ。だから少ない給料の中から何年もお金を貯めている。
そしてリーナが娘になってからは、リーナと一緒にハンナお母さんの生まれ育った村に家を買うために、さらに切り詰めて貯金している。
だからリーナはハンナお母さんに恩返しができないかいろいろ考えた。
リーナは王宮の洗濯の下働きをしているけれど、まだ見習い程度の給料しかもらえていない。見習いの給料は一ヶ月日本円の一万円くらいだ。一年後に正式の下女になって、一ヶ月の給料は三万円くらいだ。一般の家庭の収入が十二万くらいと聞いたから、非人の給料は安い方なんだろう。
確かに住むところや魔石が安く配給されると言ってもなんかひどいと思う。でもそう思っても非人は国の援助がないと生きていけない。
ハンナお母さんは生まれた村で畑付き一件家を購入して生きていけるだけのお金を貯めた、と先週の給料日に言ってお祝いをした。
土地を購入しても里奈が魔石に不自由しないで生きていけるように、後十年働くと言っていた。
里奈はなにもない田舎に住む気がしないが、ハンナお母さんを一人にできないから一緒に住むつもりだ。
里奈が言葉を少し理解できるようになって、ハンナお母さんから街へ一人で行く許可をもらえるようになった。それまでは休日の日はミイシャかハンナお母さんと街へ降りて言った。
街へは一日四回馬車が出ている。
街へ行った時にいろいろと仕事を探してみたが、仕事は見つからなかった。
普通の人は魔力があるから、里奈が非人と一目で分かって雇ってくれなかった。それ以前に読み書きのできない異国の子どもを、雇うところなどなかった。
ヨーロッパの石詰めた路に建て並ぶ店々を見ながら、雇用してくれそうなお店の店員に聞いてみたが全然ダメだった。
最初は珍しくてウキウキして来ていた街も、色あせて見える。道を歩いていて、よくどうして自分はここにいるんだろうと悲しい気持ちで泣きそうに何度もなった。
車の代わりに馬車や馬が通り、黒髪黒瞳の代わりにカラフルな人たちが行き来している。パン屋や野菜屋やお肉屋は同じなのに、日本と違う。
この世界に来て何度もかかったホームシックでまた涙が流れそうのなった時に、目に入った画商のお店。きゅうに胸の鼓動が早くなる。
里奈は自分の身なりなど気にせずにお店に入った。
店の中は画材を売っていたが、壁いっぱいに絵画が売っていた。いかにも英国の執事っぽいおヒゲのお似合いな叔父様が、みすぼらしくはないが平民の恰好で幼い容姿の里奈がお店に入って来ても、どこかの王族を迎え入れるように挨拶をしてくれた。
「あっ、あの見るだけ……です……」
こっちの世界に来てからこんな風に優しく丁寧に接してもらえることはなかったから、恐縮してしまう。
「ええ、どうぞごゆっくり見ていってください」
店員さんの言葉と壁いっぱい並ぶ絵を見て、この半年のつらい思い出が吹き飛ばされた。新しい絵画に出会えて胸が弾む。
この世界の絵は中世ヨーロッパと同じだ。油絵なのだろうか……後で画材を見てみよう。
お城の廊下の壁には壁画が描かれている。国の豊かさを誇るためにお城のあっちこっちに絵が描かれていたり飾っている。
里奈もいつか見てみたいと思っていたけれど、下女の里奈は絵画の飾られている建物には入れなかった。教会にも壁画あると聞いたけれど、ハンナお母さんは大の教会嫌いだったから里奈を連れて行くことはなかった。
ハンナお母さんもだけれどほとんどの非人たちは教会嫌いだ。教会では非人は前世の罪が大きくて神に愛されなかった女たちと教えているからだ。
だから非人の里奈も怖くて教会には行っていない。
「ここにある作品はどれも素晴らしいでしょう?」
絵を夢中で見ていた里奈は急に話しかけられてビクッと一瞬肩がが飛び上がった。
「は、はい!」
「先ほどから熱心に絵を見られていますが、絵は好きですか?」
店員の執事さんが柔和な顔で聞いた。
「は、はい。わ、私もいつか画家になりたいと思っています」
「ほお……」
さっきの柔和な顔は錯覚だったのか、目の前の執事さんの目がキラッと光った。
「非人……失礼。つい珍しいと思いまして。大体絵画に興味を持つ者は貴族や裕福な家計の者たちです。もちろん画家になれば、身だしなみを気にせずに絵に没頭する画家が多いですが、どう見てもお嬢さまはその分類できないので興味を持ったので話しかけたのです」
目の前の執事さんがまた優しそうな声で説明して謝罪した。
「わ、私はこの国の人じゃないから」
なにか困ったことがあると咄嗟に出る台詞。里奈の容姿を見て、みんな自分が納得いく結論を勝手に考えてくれる。
「ええ、そうですね……。今度ぜひあなたの描く絵を見せてくださいませんか?」
この世界に来て、はじめて誰かと絵について話ができて嬉しい。
「あっ、はっ、はい。あっ、で、でも画材が」
(買うお金がないから、今持っている絵は日本で描いた絵しかありません)
と言う前に、執事さんが
「どうですか? 今回は私から画材をいくつかプレゼントします。もし絵を見せていただいて商品として売れると思った場合、その絵を譲っていただけませんか?」
と提案してくれた。
絵を見てもらっていないから商品になるかまだ分からないが、ずっと画家になりたかった里奈には天から舞い降りた幸運だった。
「はっ、はい」
赤、黄、緑、青、紫の顔料と木枠に張った画布の二号サイズのキャンバスと筆をそれぞれ二本もらった。里奈が少しだけど小遣いを渡そうとしたが、「未来の画家への投資だよ」と断られた。
里奈は執事店員さんのその優しさの魅力に落ちた。ミリタリーマッチョが好みだけれど、ダンディー執事でもいい。もう彼に処女をもらってもらおうか、と一瞬そんな考えが頭を横切った。
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