春画を売ったら王子たちに食べられた

四季

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 新しい部屋では女官たちはきちんと水道に魔力を流してくれた。レイーシャさまの部屋よりも使用人たちはきちんとお世話をしてくれる。でも里奈が話かけても事務的な返事しかしなかった。
 そして里奈が庭を散歩したいと言えば、お腹の子に触ると言われた拒否された。他にも里奈が縫い物をしたいと言えば、材料がないと言われた。もちろん読書をしたいと言ったら本はないと言われた。
 
 新しい部屋に移って三日経ってもシーオンさまもレイーシャさまも、ジョンリー陛下も尋ねて来なかった。コーディーさまは部屋の中に入って来ようとすると、侍女たちがずらっと里奈を囲んだ。コーディーさまと里奈が二人きりになるのはいけないと言った。

 赤ちゃんが魔力切れで体調が悪いとすぐに魔力回復の薬をくれる。いたれつくせりなんだけれど、軟禁されているようで、里奈の精神の方が限界にきていた。
 だからこの部屋に来てから四日目の朝、いつも通りに朝食を食べた後に部屋を出た。侍女たちはそれぞれの仕事で忙しい時間帯を狙って、こっそりと廊下に出た。

「リーナ」

 ジョンリー陛下の前では『リーナさま』って言っていたのに。里奈のことを前のように非人としか思っていないのだろう。

「コーディーさま」

 別に今更彼と話すことはないし、以前だってほとんど会話のない間柄だ。

「どこへ行くのだ?」

「教会でピコピコの絵を見た後に、ハンナお母さんのところへ行きます」

 里奈は立ち止まることもなくスタスタと廊下を歩く。もちろん出口が分からなかったけれど、あの部屋にずっといるくらいなら迷子になった方がまだマシだった。

「案内する」

 てっきりコーディーさまに反対されると思っていたから案内してくれるとは意外だった。

 教会は歩いて十分のところにあった。
 はじめて均衡の女神とピコピコの壁画を見た時に違和感があった。最近忙しくてそのことを忘れていたが、軟禁されている間に壁画のことを考えていた。

 壁画は廊下の内側の壁に描かれている。ピコピコが少女を背後に火を吹いて魔獣と戦っている絵は、黒赤緑青、緑や茶色の原色を使われている。
 他の場所は柔らかい色合いなのに、この部分は色が濃かった。

 何度見ても違和感のある絵だ。

「メリーナさま」

 コーディーさまの他のもう一人の護衛騎士が、メリーナさまに気づいて彼女の方へ行った。

「大丈夫ですか?」

「……ええ。大丈夫ですよ」

 廊下を歩いていたメリーナさまの体がフラリと傾いた。でもすぐにお付きの侍女と騎士たちに支えられた。

「こんなに顔色を悪くなされて、おいたわしいです。うっ、うっ、うっ」

「ええ、レイーシャ殿下が身分の卑しい女に騙されて、妻のメリーナさまがこんなに苦しまれて……」

 堰を切ったように侍女たちが次々と言った。もちろんそれが里奈のことだと分かっている。だって、侍女たちは目にハンカチを抑えているけれど、里奈の方を見て言っていたから。

「おやめなさい。わたくしが役不足でレイーシャさまが他の女性に興味を持ったのです……」

「メリーナさまが役不足なんて、そんなことは決してありません」

 里奈の護衛をしていた近衛騎士が言った途端に他の騎士たちも続けて言った。

「メリーナさまのように女神のようにお美しく、清らかな性格の持ち主の女性はこの世にいません」

「……いいのよ。そんな気休めなど……」

 メリーナさまはフラフラと聖堂の方へ歩いて行った。とてもか弱い女性のように見えた。もちろん里奈の護衛をしていた近衛騎士も、メリーナさまを心配して付いて行った。

「あいつ仕事をサボるつもりなのか? リーナ、ここから動くな。すぐに戻って来る」

 コーディーさまもメリーナさまの後を追って行った。

 里奈はいつものように壁画を見た。壁に近づいて触って見る。

「あっ」

 黒色の顔色を多く使ってブツブツと所々に凹凸があって気づかなかったが、壁に真っ直ぐに縦に割れ目があった。ピコピコの上にずっと上まで線がある。

(まさか! 扉?)

 人が一人通れるような幅で反対側の木々の絵の中に線があった。
 上の方も確認しようと、以前登った里奈の背丈より高い踏み台の梯子の足をかけた。落ちて怪我しないように一歩一歩登る。頂上に差し掛かり、ほっとする。

「あった。ドアのとってはどこなんだろう」

 この扉は意図的に隠している。だから、なにか特殊な開け方でもあるのだろうか。

「ッ!」『ガッタッ』

 里奈の体が空中に放り投げられた。

「リーナーー」

 コーディーさまがこっちに走って来る。

(間に合わない!)

 床が間近に迫っていて、次に訪れる衝撃に恐怖を抱き目を頑なに閉じる。
 でも衝撃は来なかった。体が何者かに支えられれているようにゆっくりと床に下りて行く。

(まほう?)

 お尻が床に触れた途端に体の重力を感じる。

「だ、大丈夫か?」

 コーディーさまが跪き里奈を心配そうに尋ねた。

「は、はい。コーディーさまが助けてくれたのですか?」

「いや、リーナから魔力が放たれた」

「えっ?」

 お腹の子どもが助けてくれた? この世界の原理っていったいどうなっているの?

「ああ、リーナを助けたのは多分お腹の子どもだ。魔力の高い子どもだが、今まで胎児が魔力を使うなど聞いたことがない……あっ、それと……その子の魔力の他に他の魔力を感じる。誰か近くにいなかったか?」

「絵に夢中で、気づかなかった……です」

 コーディーさまの質問の意味をよく考えて、ハッと彼の顔を見た。

「そうか……」

 彼はそれ以上なにも言わなかった。だから里奈も彼に聞けなかった。
 もしかしたら、誰かが魔法で踏み台を倒したかもしれない。
 もしかしたら、コーディーさまかもしれない。だって彼は里奈が倒れた時に近くにいた。コーディーさまだって、メリーナさまの信者だ。里奈をレイーシャさまの近くにいさせないようにと、身重の里奈に求婚するくらいメリーナさまを愛しているんだ。
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