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八重山そばと今日の宿
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しばらく道なりに走っていると、倉田さんは突然右折して、ある集落の方へと入っていった。
「倉田さん、どこに行くんですか?」
「ふふっ。この先にね、住民しか知らない美味しい八重山そばの店があるんだ。
そこのそばをぜひ藤乃くんに食べて欲しくて」
「八重山そば? わぁー、俺初めてです」
「そうか。なら楽しみにしててくれ」
彼のウキウキとした声に合わせるように車も軽やかに一路、そのおそば屋さんに向けて走り続けた。
古民家の前にさっと車をとめるやいなや、彼はすぐに外に出て『さぁどうぞ』と俺の扉を開けてくれた。
まるで姫のように大切に扱われて思わずドキッとしてしまう。
「あ、ありがとうございます」
顔を赤らめてお礼をいうと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
昼時を過ぎていたからか、あまり人の姿がない古民家の扉を開けるとカツオ出汁の匂いに混ざって豚骨スープのような匂いも漂ってきた。
俺は初めての匂いに驚きつつも楽しみでたまらなくなってきた。
「うわっ、いい匂い~!」
思わず声が漏れると、彼は『ふふっ』と笑いながら、
「私もこの匂いを嗅ぐとすぐに腹が鳴るんだ」
と教えてくれた。
奥の座敷に案内され腰を下ろすと、彼はすぐにメニューを差し出し、
「ここはソーキそばがうまいんだ。野菜そばもおすすめだけど、かなりボリュームがあるんだ。
さっき機内で食べてるからそこまでは減ってないだろう?」
「はい。そうですね」
「うん、ならソーキそばにしよう」
彼はそういうとソーキそばを2つ注文してくれた。
沖縄に来るのはもちろん、沖縄そばというものも食べたことがない俺はどんなそばが出てくるのか楽しみでたまらなかった。
「お待たせしました~!!」
テーブルに並べられたそばを見て、みるからにトロットロの大きな肉の塊に
『すごっ! 美味しそうっ!』と声を上げてしまった。
店員さんは笑いながら『どうぞごゆっくり』と言って去っていった。
「さぁ、召し上がれ」
あまりにも食いつき過ぎて恥ずかしかったけれど、目の前で美味しそうな匂いを漂わせるソーキそばに我慢できず、俺はまずは目の前の大きな肉にかぶりついた。
「!!!」
俺の表情でわかったのか、『だろう?』と得意げな表情を見せる彼に『うんうん』と頷いて、お肉を飲み込んだ。
「なにこれっ! トロットロで味が染みてて美味しいっ!」
「肉だけでも美味しいが、そばと一緒に食べるとまた格別だぞ」
そう言われて、今度はそばと一緒に口に入れると、お肉の濃厚な味がそばと絡み合って美味しい!
「これ、そばっていうよりちゃんぽんみたいな麺ですけど、これがまたすっごく美味しいですね!」
俺はあまりの美味しさに夢中になって食べ続けた。
「ふぅーっ、お腹いっぱいだぁ」
「ふふっ。気に入ってくれたみたいで良かったよ。
ここまで連れてきた甲斐があったな」
じゃあ行こうかと倉田さんがさっと伝票を手にしたので、『俺が払います』と言ったんだけど、私が藤乃くんに食べて欲しくて連れて来たんだからと押し切られそのままご馳走になってしまった。
お店の人に『美味しかったです、ご馳走様でした~』と声をかけて店を出てから、倉田さんにもう一度『ご馳走さまでした』と声をかけると、笑顔で返してくれながら、
「さて、これからどこに行こうか?」
と尋ねられた。
「えっと……俺、石垣島に何があるかわからないんで、倉田さんにお任せします」
「そうか。なら、先に今日泊まるところに行こう。どこかへ行くにしても、スーツじゃ遊びにくいしな」
そうだ。せっかく用意してもらったスーツを面接の前にまた汚すわけにもいかない。
俺は倉田さんの提案に乗り、今日泊まるホテル? に連れて行ってもらうことにした。
会社が滞在費を出してくれるとはいえ、あんまり高級なところに泊まるわけにもいかないけど、石垣島だってビジネスホテルくらいあるよね。
「どこに泊まるか決まってるんですか?」
「ああ。いつも石垣に来たら常駐してる宿があって、友人がやってるから急に行っても融通してもらえるんだ。一応さっき連絡したら、ひと部屋用意して貰えたから」
「えっ……」
ひと部屋ってことはさすがに俺は入ってない、よな……。近くに他のホテルとかあるのかな……。
「んっ? どうかした?」
「あの、ホテルとかって……他にもあるんですか?」
「いや、周りには何もないが……どうし――あっ、もしかして? 悪い、ちゃんと説明しなかったから勘違いしたんだな。ひと部屋って言ってもちゃんと部屋は別にあるから、一緒に泊まれるんだ」
「えっ……別の部屋? 俺、一緒に泊まっても良いんですか?」
「ああ。もちろんだよ。そのつもりでそこをお願いしたんだ。
同じ部屋に泊まるから藤乃くんは宿泊費はいらないし、会社にも迷惑はかからないだろう?」
「あ、なら宿泊費半分払います」
「気にしなくていいよ。どうせ余ってるんだし。それに半分精算だなんて領収書も面倒だから会社にも言いにくいだろう?
なっ、今日はゆっくり休んで明日の面接に備えないと」
どうしようかと思ったけど、他に泊まるところがあるかわからないし、俺は倉田さんの言う通りに甘えることにした。
とりあえず今日泊まるところが決まって俺はホッと一息ついた。
倉田さんの運転する車は本当にこの先に泊まるところなんかあるんだろうかと思ってしまうほど、海と山以外何もない道をぐんぐん進んでいく。
どこまでいくんだろう?
カーナビにも何も……と思っていると、突然カーナビの先の方に建物のマークが出てきた。
「もうすぐ着くよ」
ということは目的地はその建物?
こんな森の奥みたいな場所に立っているホテルって一体どんなホテルなんだろう?
道なき道を走って林を抜けたら突然大きな要塞のような建物が現れた。
倉田さんの車がその要塞に差し掛かると、ウイーンと大きな音を立てて、壁の一部が開いた。
「わっ!」
「ふふっ」
どうやらそこが入り口らしい。
俺はあまりにも異質なその空間にただただ驚くばかりで、口をポカーンと開けてしまっていた。
俺のそんな様子を見て倉田さんはおもしろそうに笑っていた。
倉田さんは常駐しているというだけあって、驚く素振りも見せずに中を進んでいく。
もう結構走っているというのになんて広さだろう。
ようやく建物の入り口にたどり着くと、俺たちの車の前にもう一台、茶色の車が止まっていた。
あの人たちもここのお客さんなのかな。
都会から来たっぽい女性客が2人、何やらここのスタッフの女性と話をしているのが見えた。
んっ? 何か揉めてる? 何かあったのかな?
倉田さんはその車の後ろを避けるように少し離れた場所にさっと車を停めるとさっきと同じように俺の方に回り込みドアを開けてくれた。
「さぁ、気をつけて降りて」
手を差し出され思わずその手を取ると、また姫のようにエスコートされドキドキが止まらなくなってしまう。
「倉田さま。おかえりなさいませ」
ささっと駆け寄り声をかけてきてくれたのはここのドアマンさん。
顔を見ただけで名前を言えるなんてさすがだな。
「ああ。ただいま。彼は藤乃くん、一緒に滞在するから頼むよ」
「はい。畏まりました。藤乃さま、いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。
どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」
急に丁寧な挨拶をされてテンパってしまって、
「あ、あの……はい。その、ゆっくりします」
と言ってしまって、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
けれど、彼はそれをバカにするでも笑うでもなく、
「ああ。ゆっくりしような」
と優しい笑顔で言ってくれた。
倉田さんって本当に優しい人だ。
ドアマンの彼に案内され、中に入ろうとすると、
「えーーっ!! なんでよ? せっかくここまで来たのにーっ!!
なんとかしてよっ!! こんなに広いんだからひと部屋くらい用意できるでしょ!!!」
とさっきの女性たちの騒ぐ声が聞こえた。
「申し訳ございません。本日はお部屋は全て満室でございます」
とスタッフの女性が何度もそうやって彼女たちに言っているのが聞こえるけれど、彼女たちは
『こんな平日にそんなことあるわけない! さっさと部屋を用意して!』の一点張りだ。
さっき揉めてるように見えたのはこういうわけか。
こういう困ったお客さんってどこにでもいるんだな。
中に入ると、広いロビーには豪華なソファーが置かれていた。
「手続きしてくるから藤乃くんはここで待っていてくれ」
そう言われて、ソファーに座ろうとしたけれど庭がとっても綺麗でただ座っているのがもったいなく思えて、大きな窓に近づき、外の景色を堪能していると、
「あのー、すみませーん」
と後ろからバタバタと駆け寄ってくる足音と共に声をかけられた。
「倉田さん、どこに行くんですか?」
「ふふっ。この先にね、住民しか知らない美味しい八重山そばの店があるんだ。
そこのそばをぜひ藤乃くんに食べて欲しくて」
「八重山そば? わぁー、俺初めてです」
「そうか。なら楽しみにしててくれ」
彼のウキウキとした声に合わせるように車も軽やかに一路、そのおそば屋さんに向けて走り続けた。
古民家の前にさっと車をとめるやいなや、彼はすぐに外に出て『さぁどうぞ』と俺の扉を開けてくれた。
まるで姫のように大切に扱われて思わずドキッとしてしまう。
「あ、ありがとうございます」
顔を赤らめてお礼をいうと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
昼時を過ぎていたからか、あまり人の姿がない古民家の扉を開けるとカツオ出汁の匂いに混ざって豚骨スープのような匂いも漂ってきた。
俺は初めての匂いに驚きつつも楽しみでたまらなくなってきた。
「うわっ、いい匂い~!」
思わず声が漏れると、彼は『ふふっ』と笑いながら、
「私もこの匂いを嗅ぐとすぐに腹が鳴るんだ」
と教えてくれた。
奥の座敷に案内され腰を下ろすと、彼はすぐにメニューを差し出し、
「ここはソーキそばがうまいんだ。野菜そばもおすすめだけど、かなりボリュームがあるんだ。
さっき機内で食べてるからそこまでは減ってないだろう?」
「はい。そうですね」
「うん、ならソーキそばにしよう」
彼はそういうとソーキそばを2つ注文してくれた。
沖縄に来るのはもちろん、沖縄そばというものも食べたことがない俺はどんなそばが出てくるのか楽しみでたまらなかった。
「お待たせしました~!!」
テーブルに並べられたそばを見て、みるからにトロットロの大きな肉の塊に
『すごっ! 美味しそうっ!』と声を上げてしまった。
店員さんは笑いながら『どうぞごゆっくり』と言って去っていった。
「さぁ、召し上がれ」
あまりにも食いつき過ぎて恥ずかしかったけれど、目の前で美味しそうな匂いを漂わせるソーキそばに我慢できず、俺はまずは目の前の大きな肉にかぶりついた。
「!!!」
俺の表情でわかったのか、『だろう?』と得意げな表情を見せる彼に『うんうん』と頷いて、お肉を飲み込んだ。
「なにこれっ! トロットロで味が染みてて美味しいっ!」
「肉だけでも美味しいが、そばと一緒に食べるとまた格別だぞ」
そう言われて、今度はそばと一緒に口に入れると、お肉の濃厚な味がそばと絡み合って美味しい!
「これ、そばっていうよりちゃんぽんみたいな麺ですけど、これがまたすっごく美味しいですね!」
俺はあまりの美味しさに夢中になって食べ続けた。
「ふぅーっ、お腹いっぱいだぁ」
「ふふっ。気に入ってくれたみたいで良かったよ。
ここまで連れてきた甲斐があったな」
じゃあ行こうかと倉田さんがさっと伝票を手にしたので、『俺が払います』と言ったんだけど、私が藤乃くんに食べて欲しくて連れて来たんだからと押し切られそのままご馳走になってしまった。
お店の人に『美味しかったです、ご馳走様でした~』と声をかけて店を出てから、倉田さんにもう一度『ご馳走さまでした』と声をかけると、笑顔で返してくれながら、
「さて、これからどこに行こうか?」
と尋ねられた。
「えっと……俺、石垣島に何があるかわからないんで、倉田さんにお任せします」
「そうか。なら、先に今日泊まるところに行こう。どこかへ行くにしても、スーツじゃ遊びにくいしな」
そうだ。せっかく用意してもらったスーツを面接の前にまた汚すわけにもいかない。
俺は倉田さんの提案に乗り、今日泊まるホテル? に連れて行ってもらうことにした。
会社が滞在費を出してくれるとはいえ、あんまり高級なところに泊まるわけにもいかないけど、石垣島だってビジネスホテルくらいあるよね。
「どこに泊まるか決まってるんですか?」
「ああ。いつも石垣に来たら常駐してる宿があって、友人がやってるから急に行っても融通してもらえるんだ。一応さっき連絡したら、ひと部屋用意して貰えたから」
「えっ……」
ひと部屋ってことはさすがに俺は入ってない、よな……。近くに他のホテルとかあるのかな……。
「んっ? どうかした?」
「あの、ホテルとかって……他にもあるんですか?」
「いや、周りには何もないが……どうし――あっ、もしかして? 悪い、ちゃんと説明しなかったから勘違いしたんだな。ひと部屋って言ってもちゃんと部屋は別にあるから、一緒に泊まれるんだ」
「えっ……別の部屋? 俺、一緒に泊まっても良いんですか?」
「ああ。もちろんだよ。そのつもりでそこをお願いしたんだ。
同じ部屋に泊まるから藤乃くんは宿泊費はいらないし、会社にも迷惑はかからないだろう?」
「あ、なら宿泊費半分払います」
「気にしなくていいよ。どうせ余ってるんだし。それに半分精算だなんて領収書も面倒だから会社にも言いにくいだろう?
なっ、今日はゆっくり休んで明日の面接に備えないと」
どうしようかと思ったけど、他に泊まるところがあるかわからないし、俺は倉田さんの言う通りに甘えることにした。
とりあえず今日泊まるところが決まって俺はホッと一息ついた。
倉田さんの運転する車は本当にこの先に泊まるところなんかあるんだろうかと思ってしまうほど、海と山以外何もない道をぐんぐん進んでいく。
どこまでいくんだろう?
カーナビにも何も……と思っていると、突然カーナビの先の方に建物のマークが出てきた。
「もうすぐ着くよ」
ということは目的地はその建物?
こんな森の奥みたいな場所に立っているホテルって一体どんなホテルなんだろう?
道なき道を走って林を抜けたら突然大きな要塞のような建物が現れた。
倉田さんの車がその要塞に差し掛かると、ウイーンと大きな音を立てて、壁の一部が開いた。
「わっ!」
「ふふっ」
どうやらそこが入り口らしい。
俺はあまりにも異質なその空間にただただ驚くばかりで、口をポカーンと開けてしまっていた。
俺のそんな様子を見て倉田さんはおもしろそうに笑っていた。
倉田さんは常駐しているというだけあって、驚く素振りも見せずに中を進んでいく。
もう結構走っているというのになんて広さだろう。
ようやく建物の入り口にたどり着くと、俺たちの車の前にもう一台、茶色の車が止まっていた。
あの人たちもここのお客さんなのかな。
都会から来たっぽい女性客が2人、何やらここのスタッフの女性と話をしているのが見えた。
んっ? 何か揉めてる? 何かあったのかな?
倉田さんはその車の後ろを避けるように少し離れた場所にさっと車を停めるとさっきと同じように俺の方に回り込みドアを開けてくれた。
「さぁ、気をつけて降りて」
手を差し出され思わずその手を取ると、また姫のようにエスコートされドキドキが止まらなくなってしまう。
「倉田さま。おかえりなさいませ」
ささっと駆け寄り声をかけてきてくれたのはここのドアマンさん。
顔を見ただけで名前を言えるなんてさすがだな。
「ああ。ただいま。彼は藤乃くん、一緒に滞在するから頼むよ」
「はい。畏まりました。藤乃さま、いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。
どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」
急に丁寧な挨拶をされてテンパってしまって、
「あ、あの……はい。その、ゆっくりします」
と言ってしまって、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
けれど、彼はそれをバカにするでも笑うでもなく、
「ああ。ゆっくりしような」
と優しい笑顔で言ってくれた。
倉田さんって本当に優しい人だ。
ドアマンの彼に案内され、中に入ろうとすると、
「えーーっ!! なんでよ? せっかくここまで来たのにーっ!!
なんとかしてよっ!! こんなに広いんだからひと部屋くらい用意できるでしょ!!!」
とさっきの女性たちの騒ぐ声が聞こえた。
「申し訳ございません。本日はお部屋は全て満室でございます」
とスタッフの女性が何度もそうやって彼女たちに言っているのが聞こえるけれど、彼女たちは
『こんな平日にそんなことあるわけない! さっさと部屋を用意して!』の一点張りだ。
さっき揉めてるように見えたのはこういうわけか。
こういう困ったお客さんってどこにでもいるんだな。
中に入ると、広いロビーには豪華なソファーが置かれていた。
「手続きしてくるから藤乃くんはここで待っていてくれ」
そう言われて、ソファーに座ろうとしたけれど庭がとっても綺麗でただ座っているのがもったいなく思えて、大きな窓に近づき、外の景色を堪能していると、
「あのー、すみませーん」
と後ろからバタバタと駆け寄ってくる足音と共に声をかけられた。
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