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面倒な女性客
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庭の景色に見入っていた俺は突然の声かけに驚いて振り向くと、そこにはさっき入り口でスタッフの女性と揉めていた女性たち2人の姿があった。
「お客さま、他のお客さまへのお声かけはおやめください!」
スタッフの女性は必死で俺に話しかけるのをやめさせようとしているようだが、
『邪魔しないでよ』と彼女たちは気にせず俺になおも話しかけてくる。
あまり相手にはしたくないタイプだけど、無視した方が帰って面倒なことになるかもしれないな。
「何か?」
「今日はお仕事で来られたんですか?」
「えっ? ああ、はい。本当は西表に行くはずだったんですけど、船が運休だそうで……それで急遽ここに」
「へぇー、そうなんですね。一緒にいた方と2人で来たんですか?」
「……はい。そう、ですけど……何か?」
一体なんなんだ?
何が聞きたいんだ?
「あのー、わたしたち……せっかくこんな遠くまで来たのに部屋が空いてないって言われて、このままじゃ野宿になっちゃうかもしれないんです。そんなのって可哀想だと思いません? だから、わたしたちをお二人と同じ部屋に泊めて欲しいなって」
ウルウルとした瞳で見上げられても、そんなことおいそれとOKなんてできるわけない。
大体、俺だって倉田さんに甘えている立場なのに……。
「ええっ? いや、それは……」
「いいじゃないですか~。せっかくこんなところで出会えたのも何かの縁だし、一緒に泊まりましょうよ!」
彼女たちのしつこい誘いに『お客さま! おやめ下さい!』とスタッフの女性は必死に止めているが、
「うるさいわねっ! 邪魔しないでよっ!」
とその人を押し退けた。
その力が強すぎてスタッフの女性は床に倒れ込んで痛そうにしている。
しかし、彼女たちはそんなことは気にもせず、
「泊めてくれるんだったら、わたしたちのこと好きにしてくれてもいいですよ」
と言って迫ってきた。
「ちょ――っ! 困りますっ! 離し――わぁっ!」
彼女たちに両腕を取られて抱きつかれそうになり必死にもがいていると、突然俺の腕が彼女たちから引き離されて温かな大きなものに包み込まれた。
パッと見上げると俺は倉田さんの胸に抱き込まれていた。
「藤乃くん、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか……」
「そうか。良かった」
「でもあのスタッフの女性が……」
「ああ。彼女のことは心配しなくていい」
見ると、女性は他のスタッフの人に抱き起こしてもらっているのが見えた。
ホッとした俺に倉田さんが蕩けるような笑顔を見せた後、彼は彼女たちの方を向いて、
「話は聞こえたが、私たちはそんな提案に乗るつもりはない。
悪いが、他を当たってくれ。まぁ、君たちのような人間を部屋に泊めるような客はこの宿にはいないと思うがな」
と冷たく言い放った。
「さぁ、藤乃くん。行こう」
茫然としている彼女たちをその場に置き去りにして、彼に手を取られ、部屋の方へ向かおうとすると、先にハッと我に返った女性の1人がカァーっと真っ赤なお顔をして倉田さんに食ってかかってきた。
「ちょっと待ちなさいよっ! そんな言い方ってないんじゃない?
困っている人間に対してそんな言い方するなんて、あんた人間のクズね! 仕事とか言いながら男2人でこんなとこ泊まるなんて結局はナンパ目的のくせにお高くとまってんじゃないわよ! 少し見た目がいいからって調子に乗らないでよね」
彼女の耳障りな金切り声が頭に響く。
部長に罵られていたことを思い出して少し気分が悪くなってきた。
立っていられなくなって、彼の腕にしがみついたらすぐに俺の異変に気づいてくれて、
『大丈夫か?』と肩を抱いてくれた。
「すぐに部屋に連れて行くから、もう少し我慢してくれ」
「は、はい。大丈夫、です……」
俺たちが寄り添って話しているのを勘違いしたのか、
「はっ! なに? あんたたちってそういう関係なワケ?
なーんだ、それならわたしたちみたいな美人の誘いも断るの当然だわ。
ゲイカップルなら仕方ないわよね~!
大体、最初っからこんな高級ホテルに男同士で泊まりに来るなんておかしいと思ってたわ。
うーわっ、わたし、初めて見たわ。ゲイとかキモっ」
と急に大声で俺たちを罵り出した。
こんな暴言許していいはずがない。
文句を言いたかったが、彼女が罵る言葉に気分が悪くなっている俺には何もできない。
すると、さっきのドアマンの彼やフロントのスタッフの人が駆け寄ってきて、
「お客さま! ロビーでの大声は――」
と注意してくれようとしたのを倉田さんの大きな手が制止する。
「おい、君……言いたいことはそれだけか?」
「はぁっ? 何? 本当のことを言っただけでしょ? 男同士なんてキモいのよ!
ここはね、あんたたちみたいなゲイカップルが泊まれるホテルじゃないの! もう出てったら?
あんたたちがいなくなれば、わたしたちがそこに泊まれるじゃない! 早く出ていきなさいよっ!」
倉田さんのビリビリとした怒りに満ちた声に気づいていないのか、彼女はなおも挑発するように罵倒し続ける。
「さて、追い出されるのはどっちになるんだろうな」
「な――っ! どういうことよ?!」
「おい、頼むぞ」
倉田さんは意味深な言葉を周りのスタッフの方に向けて告げると、みんな揃ってさっと頭を下げた。
そして、彼は大声を上げる彼女に背を向けて俺の肩を抱いたまま歩き始めた。
「倉田さん、大丈夫なんですか?」
「ああ。嫌なところを見せて悪かったな。藤乃くんは気にしないでいいよ」
さっきまで彼女に向けていた怖い声が嘘のように俺には優しい笑顔と声を向けてくれる。
そのことにほっとしながら歩いていると、後ろから
「なんでよっ!! ふざけないでっ!」
「離してよっ!」
「わざわざここまで来てやったのにっ!」
「追い出すならあのキモカップル追い出しなさいよっ!」
と彼女たちの叫ぶ声が聞こえてきた。
気になったけれど、倉田さんに肩を抱かれているから後ろの様子を確認することもできなかった。
「さぁ、余計なトラブルがあったけど、気にせずにこの宿を楽しもう」
そう言われ倉田さんに案内された部屋は、庭の中に佇む離れだった。
「うわっ、すごい。ここ、独立してるんですか?」
「ああ。そうだ。この建物が広いひと部屋だから2人でも十分泊まれるだろう?」
なるほど。ひと部屋だけど、部屋は別々ってこういう意味だったんだ。
「お客さま、他のお客さまへのお声かけはおやめください!」
スタッフの女性は必死で俺に話しかけるのをやめさせようとしているようだが、
『邪魔しないでよ』と彼女たちは気にせず俺になおも話しかけてくる。
あまり相手にはしたくないタイプだけど、無視した方が帰って面倒なことになるかもしれないな。
「何か?」
「今日はお仕事で来られたんですか?」
「えっ? ああ、はい。本当は西表に行くはずだったんですけど、船が運休だそうで……それで急遽ここに」
「へぇー、そうなんですね。一緒にいた方と2人で来たんですか?」
「……はい。そう、ですけど……何か?」
一体なんなんだ?
何が聞きたいんだ?
「あのー、わたしたち……せっかくこんな遠くまで来たのに部屋が空いてないって言われて、このままじゃ野宿になっちゃうかもしれないんです。そんなのって可哀想だと思いません? だから、わたしたちをお二人と同じ部屋に泊めて欲しいなって」
ウルウルとした瞳で見上げられても、そんなことおいそれとOKなんてできるわけない。
大体、俺だって倉田さんに甘えている立場なのに……。
「ええっ? いや、それは……」
「いいじゃないですか~。せっかくこんなところで出会えたのも何かの縁だし、一緒に泊まりましょうよ!」
彼女たちのしつこい誘いに『お客さま! おやめ下さい!』とスタッフの女性は必死に止めているが、
「うるさいわねっ! 邪魔しないでよっ!」
とその人を押し退けた。
その力が強すぎてスタッフの女性は床に倒れ込んで痛そうにしている。
しかし、彼女たちはそんなことは気にもせず、
「泊めてくれるんだったら、わたしたちのこと好きにしてくれてもいいですよ」
と言って迫ってきた。
「ちょ――っ! 困りますっ! 離し――わぁっ!」
彼女たちに両腕を取られて抱きつかれそうになり必死にもがいていると、突然俺の腕が彼女たちから引き離されて温かな大きなものに包み込まれた。
パッと見上げると俺は倉田さんの胸に抱き込まれていた。
「藤乃くん、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか……」
「そうか。良かった」
「でもあのスタッフの女性が……」
「ああ。彼女のことは心配しなくていい」
見ると、女性は他のスタッフの人に抱き起こしてもらっているのが見えた。
ホッとした俺に倉田さんが蕩けるような笑顔を見せた後、彼は彼女たちの方を向いて、
「話は聞こえたが、私たちはそんな提案に乗るつもりはない。
悪いが、他を当たってくれ。まぁ、君たちのような人間を部屋に泊めるような客はこの宿にはいないと思うがな」
と冷たく言い放った。
「さぁ、藤乃くん。行こう」
茫然としている彼女たちをその場に置き去りにして、彼に手を取られ、部屋の方へ向かおうとすると、先にハッと我に返った女性の1人がカァーっと真っ赤なお顔をして倉田さんに食ってかかってきた。
「ちょっと待ちなさいよっ! そんな言い方ってないんじゃない?
困っている人間に対してそんな言い方するなんて、あんた人間のクズね! 仕事とか言いながら男2人でこんなとこ泊まるなんて結局はナンパ目的のくせにお高くとまってんじゃないわよ! 少し見た目がいいからって調子に乗らないでよね」
彼女の耳障りな金切り声が頭に響く。
部長に罵られていたことを思い出して少し気分が悪くなってきた。
立っていられなくなって、彼の腕にしがみついたらすぐに俺の異変に気づいてくれて、
『大丈夫か?』と肩を抱いてくれた。
「すぐに部屋に連れて行くから、もう少し我慢してくれ」
「は、はい。大丈夫、です……」
俺たちが寄り添って話しているのを勘違いしたのか、
「はっ! なに? あんたたちってそういう関係なワケ?
なーんだ、それならわたしたちみたいな美人の誘いも断るの当然だわ。
ゲイカップルなら仕方ないわよね~!
大体、最初っからこんな高級ホテルに男同士で泊まりに来るなんておかしいと思ってたわ。
うーわっ、わたし、初めて見たわ。ゲイとかキモっ」
と急に大声で俺たちを罵り出した。
こんな暴言許していいはずがない。
文句を言いたかったが、彼女が罵る言葉に気分が悪くなっている俺には何もできない。
すると、さっきのドアマンの彼やフロントのスタッフの人が駆け寄ってきて、
「お客さま! ロビーでの大声は――」
と注意してくれようとしたのを倉田さんの大きな手が制止する。
「おい、君……言いたいことはそれだけか?」
「はぁっ? 何? 本当のことを言っただけでしょ? 男同士なんてキモいのよ!
ここはね、あんたたちみたいなゲイカップルが泊まれるホテルじゃないの! もう出てったら?
あんたたちがいなくなれば、わたしたちがそこに泊まれるじゃない! 早く出ていきなさいよっ!」
倉田さんのビリビリとした怒りに満ちた声に気づいていないのか、彼女はなおも挑発するように罵倒し続ける。
「さて、追い出されるのはどっちになるんだろうな」
「な――っ! どういうことよ?!」
「おい、頼むぞ」
倉田さんは意味深な言葉を周りのスタッフの方に向けて告げると、みんな揃ってさっと頭を下げた。
そして、彼は大声を上げる彼女に背を向けて俺の肩を抱いたまま歩き始めた。
「倉田さん、大丈夫なんですか?」
「ああ。嫌なところを見せて悪かったな。藤乃くんは気にしないでいいよ」
さっきまで彼女に向けていた怖い声が嘘のように俺には優しい笑顔と声を向けてくれる。
そのことにほっとしながら歩いていると、後ろから
「なんでよっ!! ふざけないでっ!」
「離してよっ!」
「わざわざここまで来てやったのにっ!」
「追い出すならあのキモカップル追い出しなさいよっ!」
と彼女たちの叫ぶ声が聞こえてきた。
気になったけれど、倉田さんに肩を抱かれているから後ろの様子を確認することもできなかった。
「さぁ、余計なトラブルがあったけど、気にせずにこの宿を楽しもう」
そう言われ倉田さんに案内された部屋は、庭の中に佇む離れだった。
「うわっ、すごい。ここ、独立してるんですか?」
「ああ。そうだ。この建物が広いひと部屋だから2人でも十分泊まれるだろう?」
なるほど。ひと部屋だけど、部屋は別々ってこういう意味だったんだ。
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