上 下
20 / 49

チーズケーキの意味は

しおりを挟む
それからも倉田さんは甲斐甲斐しく俺のお世話をしてくれて、俺はあっという間に食事を終えた。

少し甘いカフェオレを堪能していると、安慶名シェフがもう一度俺たちの元にやってきた。
そして、手に持っていた美味しそうなチーズケーキをコトリとテーブルにおいた。

そして、倉田さんを見ながら

「こちらは私からのお祝いでございます」

と意味深に笑って言った。

倉田さんがものすごく嬉しそうな表情で、『ありがとう』と言うとシェフさんは頭を下げ奥へと戻っていった。

お祝い??
もしかして、倉田さん……誕生日とか??

「藤乃くん、一緒に食べよう」

「あの……倉田さん、もしかして今日お誕生日なんですか?」

それにしてはシンプルなチーズケーキだけど、甘いのが苦手ならそれもアリなのかもしれない。

「ふふっ。そうじゃないんだ。私がここに彼のオムレツを食べにきたお祝いなんだよ」

「オムレツを?」

「ああ。大切な人・・・・と一緒に作ってもらいにくるって頼んでたんでな」

「えっ……」

それって俺のこと?
うそっ……まさか……ね。

「……あの、それって……」

「ふふっ。どうかな」

「えっ?」

やっぱり俺の勘違いか……。
あれ? 俺、なんでガッカリしてるんだ?

「藤乃くん、今何を考えてる?」

俺を見つめる倉田さんの眼差しがいつになく真剣でドキッとした。

俺はゴクリと唾を呑み込みながら、

「あの……俺、倉田さんの大切な人……なんですか?」

と尋ねてみた。

「もし、そうならどうする?」

俺の心の中を見透かすような倉田さんの眼差しに緊張して、俺は俯きながら必死に自分の気持ちを言葉にした。

「……俺、よくわからないんですけど……倉田さんがそばにいてくれるだけでホッとするし、抱きかかえられても嫌じゃなくて、それに、一緒に寝てあんなに熟睡できたの初めてで……それで、ずっと一緒にいたいなって、だから、その……俺のこと大切って思ってくれてるなら……すごく嬉しいなって思って……あの、だから……」

「もういい。それ以上話したら私は……」

倉田さんの強い口調に怒らせたのかと思って、彼の顔を見上げると彼はなんともいえない表情で俺を見つめていたと思ったら突然俺を抱きかかえて『部屋に戻るぞ』と言った。

「悪いが、ケーキは包んでくれ」

レストラン内を歩きながら近くにいたスタッフにそう投げかけると返事を聞くのも惜しむかのようにすぐに俺を部屋へと連れ帰った。

その間ずっと倉田さんは黙ったままで、俺は少し怖かった。
いや、倉田さんが怖かったんじゃなく、倉田さんに嫌われたと思ってそれがすごく怖かったんだ。

彼は俺を広縁の椅子に座らせると昨夜のように跪いて俺を見上げた。

「あ、あの……倉田さん?」

何も言葉を発しない倉田さんに焦れて声をかけると、倉田さんはゆっくりと口を開いた。

「さっき……」

「えっ?」

「さっき言ってくれた言葉は、君の本心なのか?」

――倉田さんがそばにいてくれるだけでホッとするし、抱きかかえられても嫌じゃなくて、一緒に寝てあんなに熟睡できたの初めてで……ずっと一緒にいたい

「あの言葉は本当なのか?」

「そんな……もちろんです! 嘘なんていうわけないじゃないですかっ!
俺……倉田さんが俺のこと大切に思ってくれてるのかもってすごく嬉しかったのに……」

倉田さんに信じてもらえてなかった……そう思ったら自然に涙が溢れてきてしまう。
ポロッと涙を溢すと彼はハッとした表情で、慌てて俺の涙を拭い取り

「ごめん、君を傷つけるつもりじゃなかったんだ」

と優しく抱きしめてくれた。

胸元に閉じ込められた瞬間、ふわりとあのシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。

「倉田さん……」

「藤乃くん……いや、わたる……私は君に一目惚れだった。
君と空港で出会った時からずっと……。
だけど、君が私にそういう感情を持っていないことはわかっていたから、この旅の間だけでも傍にいられたらいいと思っていた。まさか君が私のことをそういうふうに思ってくれてるとは思ってもみなくて……ごめん、それでも傷つけていい理由にはならないな」

倉田さんが俺に、一目惚れ……?
うそっ……そんなことってある??

「ほ、ほんとに……?」

「ああ。気づいてなかったか? そうでもなきゃスーツの弁償はともかく、初対面の男と一緒に過ごすなんてあるはずがないだろう?」

ずっと、倉田さんが優しい人だから俺なんかに優しくしてくれてるだけだと思ってた。
それもこれも俺のことが好き、だから……?
うそ……なんか、すごく嬉しいっ!

そう思ったら急に昨日からの倉田さんの必死な感じが伝わってきて俺は嬉しすぎて『ふふっ』と笑ってしまった。

「んっ? どうしたんだ、急に……」

「だって……倉田さんが俺なんかにそんな必死になんて……」

「航……俺なんかなんていうな。私は誰に対しても変わらない君のその純粋で誠実な姿に惹かれたんだ。
だから、もう君を手放したくないと思ってる。頼む、君のこれからの新しい人生を私と一緒に過ごしてくれないか?」

これって……プロポーズみたいだ。
本当に俺でいいのかな……。

でも、俺も倉田さんと一緒に過ごす居心地の良さを知っちゃったから手放せそうにないな……。

「航……」

いつも格好いい倉田さんにそんな捨てられたワンコのような目で訴えられたら……俺、断るなんてできない。

「あの、俺……俺も倉田さんと一緒に過ごしたい――わぁっ!」

最後まで言葉を言わせてもらう前に俺はもう一度倉田さんの腕の中に抱きしめられた。

「ああっ、嬉しい……! 私は幸せ者だ……」

そう何度も呟く倉田さんと俺はしばらくの間抱きしめあって幸せを感じていた。

ピリリリ、ピリリリ……『わぁっ!!』

突然、俺のポケットに入れていたスマホが鳴り出し俺は驚いて大声をあげてしまった。

倉田さんは途中で邪魔をされたのが嫌だったのか不機嫌そうな表情をしていたけれど、電話を取るように言ってくれた。

慌てて電話を取ると、今日の面接先であるK.Yリゾートの砂川さんからの着信だった。

ーはい。もしもし藤乃でございます。

ー私、K.Yリゾートの砂川と申しますが、今、お時間宜しいでしょうか?

ーはい。

ー今日、西表行きの船が通常運行しておりますのでそのご連絡をさせていただきました。
11時発の上原港行きの船に乗船いただき、港に迎えを用意しておりますのでそちらの車に乗って弊社までお越しください。

俺は『わかりました、ありがとうございます』とお礼を言って電話を切った。

「あの倉田さん。俺、11時発の船に乗らないといけないんですけど、間に合いますか?」

「ああ。大丈夫、任せておいてくれ」

「ああ、良かった……」

「あの、航……ちょっと話があるんだが……」

「んっ? なんですか?」

「いや、その……」

倉田さんが少し言いにくそうに口を開いた瞬間、今度は倉田さんのスマホが鳴り出した。

彼はその表示を一瞥すると、クッと眉間に皺を寄せ『悪い、ちょっと失礼する』と言ってその場から離れた。

一体俺に何の話がしたかったんだろう?
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

首筋に 歪な、苦い噛み痕

BL / 連載中 24h.ポイント:512pt お気に入り:18

異世界で合法ロリ娼婦始めました。聖女スカウトはお断りします。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:383pt お気に入り:122

だって、コンプレックスなんですっ!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:851

花と悪魔~いったいどこまでが媚薬のせい?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:3,028

雪豹くんは魔王さまに溺愛される

BL / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:2,991

夏の終わりに、きみを見失って

BL / 連載中 24h.ポイント:456pt お気に入り:3

【R18】高飛車王女様はガチムチ聖騎士に娶られたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:251

処理中です...