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番外編
親としての責務
――直くんの予防接種を調べたところ、BCGとMRワクチン以外は全て受けていなかった。まだ他にも必要な予防接種が残っているからスケジュールを書いておいた。その通りに進めていくから、すぐにでも病院に連れてきてほしい。
さすが賢将さんだけあって、直くんの体調も考えて余裕のあるスケジュールになっているが、間隔をあけて数回接種しなければいけないものも多くあり、できるだけスケジュール通りに進めたい。
私はすぐにそのスケジュールに沿って、安慶名くんと成瀬くんの協力をお願いしながら仕事の予定を組み直した。
「二人には少し迷惑をかけることになるかも知れないが、頼む」
「気にされなくていいですよ。予防接種は命に関わる重大なことです。特に直くんの場合はこれまでほとんど受けていないのですから、最優先で進めるのは当然ですよ。三歳を過ぎればまた新たな予防接種も増えますから、それと並行して進めていかなければいけないので大変になるんです。緑川先生のスケジュールは直くんに負担がかからないように緻密に計算されているのでそれに合わせた方がいいですよ」
さすが医師免許を持っているだけあって、成瀬くんの言葉には重みがある。
それだけ予防接種の大事さを理解しているということなのだろう。
だからこそ、今まで予防接種を受けさせてこなかった直くんの実母には怒りを持っているようだ。
本当に直くんへの愛情は皆無だったとしか思えない。
「仕事は心配しないでください。私たちに任せて直くんの予防接種頑張ってきてください。話によると、親の方が大変だそうですよ」
「親の方が?」
注射を受けるのは直くんのなのだが。
私たちに何かあるのか?
安慶名くんに尋ねようとしたが、
「ええ、先生。頑張ってきてくださいね」
成瀬くんからも同じ言葉を返されて聴くタイミングを失ってしまった。
「とりあえず頑張ってくるよ」
そう返したものの、意味はよくわかっていなかった。
そうして、直くんを連れて初めての予防接種の日。
――今から注射に行くとは直くんには言わない方がいい。もしかしたら実母と受けに行った際のトラウマでもあるかも知れない。だから、何も言わずに私のところに連れてくるんだ。
賢将さんからはそんな助言を受けていた。
絢斗もちょうど大学の講義が休みということもあって、三人で賢将さんの病院に向かうことにした。
後部座席にチャイルドシートを取り付けているから、絢斗と直くんが二人で後ろに座る。
直くんの手には絢斗がプレゼントした大好きなウサギのぬいぐるみを持っている。
お気に入りだから連れてきたのか、賢い直くんだから何かを感じ取って安心するために連れてきたのかわからないが直くんがほっとできるならいい。
病院の駐車場は何台か空きがあったが、私は関係者用の駐車スペースに車を止めさせてもらった。
直くんを抱きかかえて車から降ろすと、
「ちゅぐぅちゃ、ここ、ろこ?」
と聞いてくる。
ここで病院だと言えば、不安に思うかも知れない。
すかさず絢斗がおじいちゃんに会いにきたんだよと教える。
「じいちゃ! じいちゃ!」
嬉しそうに私の腕の中で飛び跳ねる。
久しぶりだから嬉しいようだ。
これなら予防接種も大丈夫だろう。
そう思って病院に入ったが、足を踏み入れた瞬間
「ふぇ……っ、やぁっ……」
と泣き始めた。
もしかしたら病院の独特の雰囲気に気づいたのかもしれない。
やはりトラウマでもあったのか……。
不安になりつつも、注射を受けないわけにはいかない。
受付には話が通っているようで、すぐに診察室に入ることができた。
中に入ると、白衣姿の賢将さんがいた。
「直くん、おじいちゃんだよ」
私の胸に顔を隠し泣いていた直くんに賢将さんが声をかけるとその声に反応してゆっくりと顔をあげる。
「じい、ちゃ……?」
「そうだよ、じいちゃんだよ。直くん、ほらこれを見てごらん」
賢将さんの手には可愛いクマのパペットがある。
「あー、くましゃん」
「そう。このクマさんは、直くんのうさぎちゃんと仲良くしたいって言っているんだ。挨拶してもいいかな?」
「いいよー!」
たった今泣いていたのに、あっという間に嬉しそうな笑顔を見せる。
賢将さんが絢斗に視線を向けると、絢斗もさっと手に可愛い犬のパペットをつける。
「直くん、こっちのわんわんも挨拶したいんだって」
「わんわん!」
直くんは嬉しそうに持っていたウサギをクマと犬に見せておしゃべりを始めた。
その間に賢将さんが直くんの太ももにさっと注射をする。
「んっ?」
ちくっと感じたのか、直くんがそっちに視線を向けた時にはもう終わっている。
「ほら、直くん。わんわんがウサギちゃんと遊びたいって」
「いっちょにあちょぼう」
絢斗の声に反応して笑顔を見せている間、もう片方の太ももにさっと注射をする。
その手慣れた動きに私は驚くばかりだ。
今日の予防接種は二種類。
てっきり腕にするものだと思っていたが、パペットで気を紛らわせている間にもう終わってしまった。
「さぁ、直くん。あっちにいっぱいぬいぐるみがあるからあーちゃんと遊んでおいで」
「はーい!」
絢斗が直くんを抱っこして連れて行き、私は診察室に残された。
「直くんは少しトラウマがあったようだが、今日の様子ならうちはもう大丈夫だろう。何かあれば他の病院ではなく必ずうちに来るようにしてくれ」
「わかりました。ですが、賢将さん。さすがですね。直くん、注射されたのも気づいていないですよ」
「あの子は賢いから、気づいても頑張っていたんだと思うよ。普通の子なら、大騒ぎして大変だから」
「あっ……」
賢将さんの言葉に成瀬くんと安慶名くんが言っていた意味がわかった気がした。
「これからまだまだ続くから大変だと思うが、頑張ろう。予防接種させるのは親の責務だからね」
「はい。頑張ります!」
可愛い息子が元気に育つためならなんだってやる!
私も少しずつ親になってきているのかもしれない。
そんな気になった出来事だった。
さすが賢将さんだけあって、直くんの体調も考えて余裕のあるスケジュールになっているが、間隔をあけて数回接種しなければいけないものも多くあり、できるだけスケジュール通りに進めたい。
私はすぐにそのスケジュールに沿って、安慶名くんと成瀬くんの協力をお願いしながら仕事の予定を組み直した。
「二人には少し迷惑をかけることになるかも知れないが、頼む」
「気にされなくていいですよ。予防接種は命に関わる重大なことです。特に直くんの場合はこれまでほとんど受けていないのですから、最優先で進めるのは当然ですよ。三歳を過ぎればまた新たな予防接種も増えますから、それと並行して進めていかなければいけないので大変になるんです。緑川先生のスケジュールは直くんに負担がかからないように緻密に計算されているのでそれに合わせた方がいいですよ」
さすが医師免許を持っているだけあって、成瀬くんの言葉には重みがある。
それだけ予防接種の大事さを理解しているということなのだろう。
だからこそ、今まで予防接種を受けさせてこなかった直くんの実母には怒りを持っているようだ。
本当に直くんへの愛情は皆無だったとしか思えない。
「仕事は心配しないでください。私たちに任せて直くんの予防接種頑張ってきてください。話によると、親の方が大変だそうですよ」
「親の方が?」
注射を受けるのは直くんのなのだが。
私たちに何かあるのか?
安慶名くんに尋ねようとしたが、
「ええ、先生。頑張ってきてくださいね」
成瀬くんからも同じ言葉を返されて聴くタイミングを失ってしまった。
「とりあえず頑張ってくるよ」
そう返したものの、意味はよくわかっていなかった。
そうして、直くんを連れて初めての予防接種の日。
――今から注射に行くとは直くんには言わない方がいい。もしかしたら実母と受けに行った際のトラウマでもあるかも知れない。だから、何も言わずに私のところに連れてくるんだ。
賢将さんからはそんな助言を受けていた。
絢斗もちょうど大学の講義が休みということもあって、三人で賢将さんの病院に向かうことにした。
後部座席にチャイルドシートを取り付けているから、絢斗と直くんが二人で後ろに座る。
直くんの手には絢斗がプレゼントした大好きなウサギのぬいぐるみを持っている。
お気に入りだから連れてきたのか、賢い直くんだから何かを感じ取って安心するために連れてきたのかわからないが直くんがほっとできるならいい。
病院の駐車場は何台か空きがあったが、私は関係者用の駐車スペースに車を止めさせてもらった。
直くんを抱きかかえて車から降ろすと、
「ちゅぐぅちゃ、ここ、ろこ?」
と聞いてくる。
ここで病院だと言えば、不安に思うかも知れない。
すかさず絢斗がおじいちゃんに会いにきたんだよと教える。
「じいちゃ! じいちゃ!」
嬉しそうに私の腕の中で飛び跳ねる。
久しぶりだから嬉しいようだ。
これなら予防接種も大丈夫だろう。
そう思って病院に入ったが、足を踏み入れた瞬間
「ふぇ……っ、やぁっ……」
と泣き始めた。
もしかしたら病院の独特の雰囲気に気づいたのかもしれない。
やはりトラウマでもあったのか……。
不安になりつつも、注射を受けないわけにはいかない。
受付には話が通っているようで、すぐに診察室に入ることができた。
中に入ると、白衣姿の賢将さんがいた。
「直くん、おじいちゃんだよ」
私の胸に顔を隠し泣いていた直くんに賢将さんが声をかけるとその声に反応してゆっくりと顔をあげる。
「じい、ちゃ……?」
「そうだよ、じいちゃんだよ。直くん、ほらこれを見てごらん」
賢将さんの手には可愛いクマのパペットがある。
「あー、くましゃん」
「そう。このクマさんは、直くんのうさぎちゃんと仲良くしたいって言っているんだ。挨拶してもいいかな?」
「いいよー!」
たった今泣いていたのに、あっという間に嬉しそうな笑顔を見せる。
賢将さんが絢斗に視線を向けると、絢斗もさっと手に可愛い犬のパペットをつける。
「直くん、こっちのわんわんも挨拶したいんだって」
「わんわん!」
直くんは嬉しそうに持っていたウサギをクマと犬に見せておしゃべりを始めた。
その間に賢将さんが直くんの太ももにさっと注射をする。
「んっ?」
ちくっと感じたのか、直くんがそっちに視線を向けた時にはもう終わっている。
「ほら、直くん。わんわんがウサギちゃんと遊びたいって」
「いっちょにあちょぼう」
絢斗の声に反応して笑顔を見せている間、もう片方の太ももにさっと注射をする。
その手慣れた動きに私は驚くばかりだ。
今日の予防接種は二種類。
てっきり腕にするものだと思っていたが、パペットで気を紛らわせている間にもう終わってしまった。
「さぁ、直くん。あっちにいっぱいぬいぐるみがあるからあーちゃんと遊んでおいで」
「はーい!」
絢斗が直くんを抱っこして連れて行き、私は診察室に残された。
「直くんは少しトラウマがあったようだが、今日の様子ならうちはもう大丈夫だろう。何かあれば他の病院ではなく必ずうちに来るようにしてくれ」
「わかりました。ですが、賢将さん。さすがですね。直くん、注射されたのも気づいていないですよ」
「あの子は賢いから、気づいても頑張っていたんだと思うよ。普通の子なら、大騒ぎして大変だから」
「あっ……」
賢将さんの言葉に成瀬くんと安慶名くんが言っていた意味がわかった気がした。
「これからまだまだ続くから大変だと思うが、頑張ろう。予防接種させるのは親の責務だからね」
「はい。頑張ります!」
可愛い息子が元気に育つためならなんだってやる!
私も少しずつ親になってきているのかもしれない。
そんな気になった出来事だった。
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