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不思議な気持ち
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「実は僕……今は、大智さんと同じベルンシュトルフホールディングスで働いているんです」
「えっ? そうなんですか?」
「はい。元々、僕の勤めていた笹川コーポーレーションはベルンシュトルフの傘下だったんですが、今回の……その、あの人が起こした事件で笹川がベルンシュトルフに吸収合併されることになって、それで僕は東京本社で働かせてもらうことになったんです。先日、大智さんのいるL.A支社には、東京本社で勤め始める前の練習というか、顔合わせで行ってきたんです」
「笹川コーポレーションが吸収合併? 知らなかった……」
ずっとニュースも見ていなかったから、そんな大事になっているなんて思わなかった。
何も知らない私のために、小田切先生が説明をしてくれた。
どうやら、あの安田という男は笹川コーポレーションの社長の身内だったらしい。
今回の件が露呈したことで会社自体の体制にも問題があることがわかり、結局ベルンシュトルフホールディングスに吸収合併されることになったようだ。
笹川の社員で優秀な人たちはベルンシュトルフの本社に引き抜かれ、そのほかは退職したり、地方の支社に飛ばされているらしい。
「じゃあ、本社に呼ばれるなんて、北原さんは優秀なんですね」
「いえいえ、そんなことないですっ」
「そんなことはあるだろう? 大智さんも暁の仕事ぶりを評価していらっしゃったんだから」
「智さん……」
小田切先生に褒められて嬉しそうに頬を赤らめる北原さんを見て、なんだか心が温かくなった。
私にはもうすっかり忘れていた感情だ。
いいなぁ、こうやって自分の全てを肯定してくれる人がそばにいるって……。
私にもそんな人がいたらいいのに……。
ずっと一人が楽だと思ってた。
でも、こうやって自分が苦しい時にそばにいて愛を与えてくれる人がいてくれたら、北原さんのように立ち直ることもできたかもしれない……なんて思ってしまう。
「北原さん、愛されてますね」
「えっ……あの、はい」
「ふふっ。羨ましいです」
正直にはいと言える北原さんが本当に羨ましい。
それからもしばらく、会話は続き穏やかな時間が流れた。
「そろそろお暇します」
「あの、今日はわざわざこんな遠くまで来てくださってありがとうございます。ずっと落ち込んでましたけど、お二人とおしゃべりできて気が晴れました。また……連絡させていただいてもいいですか?」
「ええ。もちろんです」
「よかった……あ、マグボトル。お忘れですよ」
「いえ、そのマグボトルは中身ごと友人からの贈り物ですからそのままお受け取りください」
「えっ、でも……」
どうみても、普通に売っているマグボトルとは違う高価な代物をすんなりと受け取ることに気が引けた。
「そんなに気になるなら、直接友人に返していただいても構いませんよ。これが彼の名刺です。ここに住所も載ってますから」
そう言って渡してくれた名刺には可愛いコーヒーカップの絵と
<自家焙煎珈琲店 haju>
というお店の名前が書かれていた。
「ハユ? 変わった名前ですね」
「ええ。彼の家系はフィンランドにルーツを持つらしくて、そのお店も元々はお祖父さんのやっていた店で彼が引き継いだそうです」
「じゃあ、これはフィンランド語ですか?」
「そうですね」
ハユ……。
聞きなれない言葉だけど、なんとなく私の耳に残った。
「それを返す返さないはともかく、あの店はきっと千鶴さんの憩いの店になると思います。本当に雰囲気のいい店ですから。あ、もし、ここから行かれるならタクシーに乗ってください。住宅街の少し難しい場所にあるのでその方が安心です。このタクシーを呼ぶとすぐに連れて行ってくれますよ」
そう言って、タクシーの連絡先まで渡してくれた。
至れり尽くせりな様子に少し驚きつつも、小田切先生の熱心な誘いに少し行ってみようかなという気にさせられた。
「あら? もうお帰りになるんですか?」
「はい。お邪魔いたしました」
「いえ。大智のお土産もわざわざ持ってきてくださったし、それに千鶴の表情も柔らかくしてくださって……来ていただいてありがとうございました」
おばあちゃんが少し涙ぐみながらそう言っているのを見て、私ももらい泣きしてしまいそうになった。
「またいつでもお越しください」
おばあちゃんの声に見送られながら、二人は笑顔で帰って行った。
「千鶴、よかったね」
「うん。会えてよかった……」
「少し疲れたんじゃない? 夕食まで休むといいわ」
「ありがとう、おばあちゃん」
優しいおばあちゃんにお礼を言って私は部屋に戻った。
ふわっとコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
マグボトルの残り香だ。
あれから時間が経ったのに、まだいい匂いだと感じるなんて……。
こんなにも私好みのコーヒを淹れてくれた人が気になる。
長瀬理人、さんか……。
どんな人がこのコーヒーを淹れてくれたんだろうな。
とりあえず、美味しいコーヒーを飲ませてもらったお礼をしに行ってみようか。
そう思いつつもなかなか外に出る勇気が出ず、ようやく行こうと思えるようになったのは、その日から二週間以上も経ってしまっていた。
「えっ? そうなんですか?」
「はい。元々、僕の勤めていた笹川コーポーレーションはベルンシュトルフの傘下だったんですが、今回の……その、あの人が起こした事件で笹川がベルンシュトルフに吸収合併されることになって、それで僕は東京本社で働かせてもらうことになったんです。先日、大智さんのいるL.A支社には、東京本社で勤め始める前の練習というか、顔合わせで行ってきたんです」
「笹川コーポレーションが吸収合併? 知らなかった……」
ずっとニュースも見ていなかったから、そんな大事になっているなんて思わなかった。
何も知らない私のために、小田切先生が説明をしてくれた。
どうやら、あの安田という男は笹川コーポレーションの社長の身内だったらしい。
今回の件が露呈したことで会社自体の体制にも問題があることがわかり、結局ベルンシュトルフホールディングスに吸収合併されることになったようだ。
笹川の社員で優秀な人たちはベルンシュトルフの本社に引き抜かれ、そのほかは退職したり、地方の支社に飛ばされているらしい。
「じゃあ、本社に呼ばれるなんて、北原さんは優秀なんですね」
「いえいえ、そんなことないですっ」
「そんなことはあるだろう? 大智さんも暁の仕事ぶりを評価していらっしゃったんだから」
「智さん……」
小田切先生に褒められて嬉しそうに頬を赤らめる北原さんを見て、なんだか心が温かくなった。
私にはもうすっかり忘れていた感情だ。
いいなぁ、こうやって自分の全てを肯定してくれる人がそばにいるって……。
私にもそんな人がいたらいいのに……。
ずっと一人が楽だと思ってた。
でも、こうやって自分が苦しい時にそばにいて愛を与えてくれる人がいてくれたら、北原さんのように立ち直ることもできたかもしれない……なんて思ってしまう。
「北原さん、愛されてますね」
「えっ……あの、はい」
「ふふっ。羨ましいです」
正直にはいと言える北原さんが本当に羨ましい。
それからもしばらく、会話は続き穏やかな時間が流れた。
「そろそろお暇します」
「あの、今日はわざわざこんな遠くまで来てくださってありがとうございます。ずっと落ち込んでましたけど、お二人とおしゃべりできて気が晴れました。また……連絡させていただいてもいいですか?」
「ええ。もちろんです」
「よかった……あ、マグボトル。お忘れですよ」
「いえ、そのマグボトルは中身ごと友人からの贈り物ですからそのままお受け取りください」
「えっ、でも……」
どうみても、普通に売っているマグボトルとは違う高価な代物をすんなりと受け取ることに気が引けた。
「そんなに気になるなら、直接友人に返していただいても構いませんよ。これが彼の名刺です。ここに住所も載ってますから」
そう言って渡してくれた名刺には可愛いコーヒーカップの絵と
<自家焙煎珈琲店 haju>
というお店の名前が書かれていた。
「ハユ? 変わった名前ですね」
「ええ。彼の家系はフィンランドにルーツを持つらしくて、そのお店も元々はお祖父さんのやっていた店で彼が引き継いだそうです」
「じゃあ、これはフィンランド語ですか?」
「そうですね」
ハユ……。
聞きなれない言葉だけど、なんとなく私の耳に残った。
「それを返す返さないはともかく、あの店はきっと千鶴さんの憩いの店になると思います。本当に雰囲気のいい店ですから。あ、もし、ここから行かれるならタクシーに乗ってください。住宅街の少し難しい場所にあるのでその方が安心です。このタクシーを呼ぶとすぐに連れて行ってくれますよ」
そう言って、タクシーの連絡先まで渡してくれた。
至れり尽くせりな様子に少し驚きつつも、小田切先生の熱心な誘いに少し行ってみようかなという気にさせられた。
「あら? もうお帰りになるんですか?」
「はい。お邪魔いたしました」
「いえ。大智のお土産もわざわざ持ってきてくださったし、それに千鶴の表情も柔らかくしてくださって……来ていただいてありがとうございました」
おばあちゃんが少し涙ぐみながらそう言っているのを見て、私ももらい泣きしてしまいそうになった。
「またいつでもお越しください」
おばあちゃんの声に見送られながら、二人は笑顔で帰って行った。
「千鶴、よかったね」
「うん。会えてよかった……」
「少し疲れたんじゃない? 夕食まで休むといいわ」
「ありがとう、おばあちゃん」
優しいおばあちゃんにお礼を言って私は部屋に戻った。
ふわっとコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
マグボトルの残り香だ。
あれから時間が経ったのに、まだいい匂いだと感じるなんて……。
こんなにも私好みのコーヒを淹れてくれた人が気になる。
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どんな人がこのコーヒーを淹れてくれたんだろうな。
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