自家焙煎珈琲店で出会ったのは自分好みのコーヒーと運命の相手でした

波木真帆

文字の大きさ
4 / 39

初めての味

しおりを挟む
「傷ついた心の穴を埋めるのに、大事な時間です。そんなときは他の人のことより自分のことだけ考えていたらいいんですよ」

「北原さん……」

お兄ちゃんと同じことを言ってくれるんだ……。

「僕もそうでしたから。傷ついて苦しくて……自分のことしか考えられなくて、ずっと申し訳ないって思ってました」

「あの……どうやってその傷ついた心の穴が埋められたんですか?」

「僕は……さとしさんがいてくれたから……」

「さとし、さん……? あっ!」

誰だろうと思った瞬間、北原さんの視線が隣に座る小田切先生に向いた。
その眼差しがとても柔らかくて信頼感に満ちていて、この人がとても大切な人なんだなと言うことはすぐにわかった。

「あの、失礼ですけどもしかして……お二人は、その……」

こんなプライベートなことを聞いていいのかもわからない。
だけど、聞かずにいられなかった。

「はい。僕と智さんは恋人同士です」

「やっぱり……そうなんですね。部屋に入ってきた時から、なんとなくそんな気がしてました。お二人ともすごく優しい表情で見つめ合っていたから……でも、こうして堂々と言えるって、なんか素敵ですね」

「でも、僕……ずっと男の人が好きだったこと、隠して生きてきたんです」

「えっ……そう、なんですか?」

「はい。でも、それを……あの人に知られて……半ば脅されるように居酒屋に連れて行かれて泥酔させられて、気がついたらホテルにいました」

「それ……私と一緒だ……」

「奴は酒に睡眠薬を飲ませていたそうですから、千鶴さんなら一瞬で意識を失ったと思います」

私たちの話に、小田切先生がそう説明してくれた。

「睡眠薬……そうか、だから何も覚えてなかったんだ……」

「僕は同じ会社にいたから、休むとバラすって脅されていたこともあって、ひどいことをされた後もずっと一緒に働いてました。そして何度も無理やり……やられてました」

「えっ……そんなひどい……っ」

私はたった一度で逃げたのに……彼は何度もあんな辛い経験をしたんだ。
あんなやつと同じ会社だなんて想像しただけで恐ろしい。
いつバラされるかもしれない恐怖にも苦しめられていたんだ。

「そんな生活を過ごすうちに心と身体がどうしようもなく辛くて、それで智さんがいる弁護士事務所に助けを求めに行ったんです。それで助けてもらって……でも、それから最初は触れられるのも怖くて……」

うん、わかる。
北原さんの気持ち。すっごくよくわかる。

「穢れきってしまった自分を晒すのも怖かったし、それに……あの人との行為は何も感じなくてただただ辛くて気持ち悪かったんです。千鶴さんもそうじゃなかったですか?」

「はい……。腕を縛られて声も出せなくて、気持ち悪くて涙しか出ませんでした」

「ですよね。僕……智さんともそんなふうになってしまうんじゃないかって思ったら怖くて……自分をさらけ出せずにいたんですけど……その時、智さんが言ってくれたんです。セックスは愛し合う行為で、どちらかに愛がなければそれは暴力と同じなんだって。暴力で気持ちよくなんかならないのは当然だって。だから、僕も千鶴さんもあの男とセックスはしてないんですよ。心と身体に暴力を受けたんです。だから、その傷を癒すのに時間がかかっても仕方がないんですよ」

「北原さん……」

「いつか、千鶴さんもその暴力で受けた傷を癒せる日が来ます。だからそれまでは無理しなくていいんですよ」

「…………はい、ありがとうございます」

優しく微笑んでくれる北原さんと、それを優しく見守る小田切先生の姿に、傷ついた心が少し癒やされていく気がした。

「あの、これ……いただいてもいいですか? ずっと美味しそうで気になってました」

「――っ、はい! どうぞ!! これ、向こうで大智さんと一緒に並んで買ったんですよ。おばあさまのために選んでましたけど、千鶴さんも好きそうだって仰ってました。やっぱり双子だからよくご存知ですね」

「お兄ちゃんが……」

甘いキャラメルの入ったクッキーに思わず涙がこぼれそうになる。

「千鶴さん、良かったらこのコーヒーと一緒に召し上がってみませんか?」

小田切先生がそう言ってバッグから取り出したのは、黒のマグボトル。

「コーヒー?」

「はい。こちらに来る前に、友人がやっているコーヒーショップに寄ってきたんです。このお菓子と千鶴さんに合いそうなコーヒーを焙煎してほしいと頼んだんですが、千鶴さんのイメージを伝えてブレンドしてもらったので、美味しくなかったら文句を言いますから遠慮なく感想を伝えてください」

「えっ? 私のイメージで?」

「ええ。友人はその人に合ったオリジナルブレンドを作るのが得意なんですよ。さぁ、どうぞ」

コーヒーはあまり得意ではない。
どちらかというと紅茶の方が好きだけれどわざわざ私のために持ってきてくださったのだからとドキドキしながら口をつけた。

「んっ――!!」

あの独特な苦味も酸味もそこまで強くない。
それどころか、もっと飲んでみたいと言う気にさせられる。
ブラックコーヒーを美味しいと思える日が私の人生に訪れるなんて思ってもみなかった。

「どうですか?」

「あの、すごく、美味しいです。正直に言うと、私……コーヒー苦手なんですけど、これはすごく美味しいです。こんなに美味しいコーヒーってあるんですね。びっくりしました」

そういうと、北原さんと小田切先生は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。

長瀬ながせ、あっ、バリスタの友人ですが、今の感想を聞いたらものすごく喜ぶと思いますよ。実はこれ、長瀬の好みのコーヒーでもあるんです。千鶴さんのイメージを伝えたら同じコーヒーになったって自分でも驚いている様子でしたが」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ。だからきっと喜びますよ」

同じ好みのコーヒー。
ただそれだけのことだったのに、なぜか気になっている自分がいた。



  *   *   *


やっとコーヒーが出てきました(笑)
続きもどうぞお楽しみに♡
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

男装獣師と妖獣ノエル 2~このたび第三騎士団の専属獣師になりました~

百門一新
恋愛
男装の獣師ラビィは『黒大狼のノエル』と暮らしている。彼は、普通の人間には見えない『妖獣』というモノだった。動物と話せる能力を持っている彼女は、幼馴染で副隊長セドリックの兄、総隊長のせいで第三騎士団の専属獣師になることに…!? 「ノエルが他の人にも見えるようになる……?」 総隊長の話を聞いて行動を開始したところ、新たな妖獣との出会いも! そろそろ我慢もぷっつんしそうな幼馴染の副隊長と、じゃじゃ馬でやんちゃすぎるチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...