姉が結婚した日、俺にも男の婚約者ができました

波木真帆

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姉さんが幸せなら……

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比呂ひろ、私……結婚しようと思うんだけど……いいかな?」

久しぶりに定時で帰ってきてくれた10歳上の姉、かえでが買ってきてくれた大好きなサーモンの寿司を頬張っていると、珍しく弱々しげな声で俺の様子を窺うように突然そう告げられ、

「うぐぅ――っ!」

思わず寿司を詰まらせそうになった。



俺と姉さんは2人っきりの家族。
10年前、姉さんが高校を卒業したばかりの春休みに、両親は揃って交通事故で亡くなった。

それは姉さんが必死でアルバイト代を貯めて両親のために計画した結婚20周年の記念旅行に出かけていた最中の出来事だった。
対向車線から居眠り運転のトラックに真正面からぶつかられて、即死だったという。

その瞬間、家族4人での明るく楽しい生活は一気に泡と消えた。

病院で自分のせいだと泣き叫んでいた姉さんの姿は、まだ幼かった俺の胸にも深く刻み込まれ、10年経った今でも忘れられず夢に見ることがある。

両親は駆け落ち同然で結婚していて、俺たちには近しい親類もいなかった。
近所の人はまだ高校を卒業したばかりの姉さんには育てられないだろうと俺を施設に入れることを勧めた。

しかし、姉さんは両親が亡くなったことを自分の責任だと感じて、進学予定だった大学を諦めすぐに就職を決め、まだ8歳だった俺が今までと変わらない生活を送れるようにと、それこそ必死に働いてくれた。

せめてもの救いは自宅が持ち家で家賃がいらなかったことと、両親の生命保険がほんの少しだったが入ってきたことだった。

両親の残してくれたものと、何よりも姉さんのおかげで俺は中学、高校と何不自由なく通うことができ、今日卒業の日を迎えた。

大学も推薦で入学が決まっていて、今日は姉さんが仕事帰りに買ってきてくれた寿司で、2人だけの卒業&大学合格パーティーをしていた矢先の姉さんの結婚宣言だった。


「ちょっと比呂、大丈夫? ほら」

姉さんが慌てて手渡してくれたお茶をゴクリと飲み、寿司を流し込んだ。

「ごほっ、こほっ。結婚って、相手はたすくさん?」

「うん、そうだけど……いいかな?」

「いいも悪いも、佑さんなら反対なんかしないよ。姉さんのことずっと支えてくれた人だろ。意味深な言い方するから別の人かと思って焦った」

「ふふっ。そっか。比呂、ありがとう」

てっきり俺に反対されるのかと思ったと話していたけれど、そんなことあるはずがない。

佑さんと姉さんは高校の時の同級生。
うちが突然不幸のどん底に落とされて、姉さんが急遽就職することを決めた時、仲良くしていたはずの友達がほとんど離れていった中で佑さんだけがものすごく親身に相談に乗ってくれたらしい。
それから10年間ずっとそばで支えてくれた、姉さんにとっては大恩人みたいな存在の佑さんとようやく家族になるんだ。

ずっと苦労してきた姉さんが幸せになるのに、反対なんかするわけない。

俺が高校を卒業するのを待っていてくれたのは、きっと2人の優しさだ。
ありがたいと思う反面、申し訳ないとも思う。
これからは俺のことなんか心配せずに2人で幸せに過ごしてほしい。

「それでね、結婚したら私……佑と一緒に暮らそうと思うんだけど……」

「わかってるって。新婚家庭の邪魔なんかしないから俺のことは気にしなくていいよ」

「そうじゃなくて、佑が比呂も一緒に住めるように大きなマンションに引っ越そうかって」

「はぁっ? いやいや、そんなこと考えなくていいよ。第一、みんなでマンションに住むって……この家、どうすんだよ」

「比呂がこの家に1人で住むのも心配だし、もう古くなってるから売ってしまってもいいのかなって……手入れとかも大変でしょ?」

「いや、それは確かにあるけど、姉さんだって何かあった時に戻れる場所があったほうが落ち着くだろ?
大体、ここから大学にも近いし、いつか売らなきゃいけないにしても大学の間はまだここにいたいんだけど……」

「うん……そっか、そうだね……」

「俺のこと心配してくれるのは嬉しいけど俺も大学生になるんだし、姉さんはいい加減弟離れして自分の幸せだけ考えてよ」

俺がそういうと、姉さんはようやくホッとした顔を見せてくれた。
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