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「はい。ぜひ」
僕の返事に西条さんはすぐに立ち上がってリビングに置かれたワインセラーに向かった。
「何か好きな銘柄とかある? 大体のものは揃っているよ」
てっきり冷蔵庫に入っているビールを飲むんだとばかり思っていたけれど、わざわざワインを開けてくれるみたいだ。
「いえ、特に。というかあまりワインは飲んだことがなくて……」
一人で住んでいた頃は、そこまで多くはないけれど仕事終わりに飲みに行くこともあってビールやカクテルを口にすることがあった。もともとそこまで強くはないから帰宅するとすぐ眠ってしまうこともあったから、琳と暮らし始めてからは家では飲まないようにしていた。だって琳がいるのに一人で熟睡するわけにはいかない。そうでなくても琳が体調を崩して夜中に救急に行ったりすることもあるかもしれない。そう思うとお酒を飲む気にはなれなかった。
でも、お酒自体は嫌いじゃない。楽しいお酒は好きだったんだ。
「それじゃあ飲みやすいワインにしておくよ」
西条さんはワインに詳しいんだろう。
そんな人と一緒に飲むと、新しい自分を知れるようでなんだか嬉しくなる。
ワインを片手にキッチンに行き、ソムリエナイフとワイングラスを二個持ってソファーに戻ってきた。
「遥くん、こっちにおいで」
優しい笑顔で誘われてドキドキしながら、僕もソファーに座った。
西条さんが手際よくワインを開けていく。
その手つきはワインを開け慣れている人そのものだ。
あっという間にワインを開けると、僕の前にあるワイングラスに注いでくれる。
ふわっと香るこれは……
「さくらんぼ?」
「遥くん。鼻がいいね。これはチェリーの香りがすると言われているんだよ」
感心したように褒められて嬉しくなる。
「じゃあ、乾杯しようか」
「乾杯?」
「ああ、二人の夜に……」
甘く囁くような声でそんなことを言われてなんだかドキドキが止まらない。
それを打ち消すようにワインを傾けた。
ワインは香りを味わうように飲むと聞いたことがある。
それを思い出しながら喉に流すと、鼻から抜ける香りに驚いた。
「美味しい!」
「だろう? これは初心者にも飲みやすいんだ」
銘柄を見ても、フランス語なんだろうか。
よくわからない。
でもすごく美味しいワインだってことはよくわかった。
西条さんは僕が気に入ったとわかったんだろう。
そっとグラスにワインを注いでくれる。
弱いとわかっていても、そのおいしさを知ってしまった僕はもう一度ワインを口にした。
「琳くんのおかげで、碧斗がすっかり子どもらしくなった。やっぱり子どもには友達が必要なんだと改めて思ったよ」
ワイングラスを傾けながら、しみじみとした口調で西条さんが話し始めた。
確かに一人でいた時の碧斗くんと琳とここで一緒に生活するようになってからの碧斗くんは全然違う。
なんだかイキイキしているというか、毎日がすごく楽しそう。
迷惑をかけているんじゃないかと思ったけれど、碧斗くんのためになっているのならこの居候生活も悪いものではないのかもしれない。
「琳くんは妹さんの子どもだけど、遥くんによく似ているな」
「それはよく言われます。顔立ちも似ているので、本当の親子みたいだって」
「私も話を聞いて驚いたくらいだ。本当によく似ているよ」
琳とよく似ている。そう言われるのがどれだけ嬉しいか。
本当に琳の親だったらいつまでも奪われる恐怖に怯えることもないのに。
自分の子どもでないことが辛いくらいだ。
「私と碧斗はあまり似ていないんじゃないか?」
「えっ? いえ、そんなことは……。碧斗くん、悠臣さんに似てますよ。顔も性格も」
凛々しい顔立ちの西条さんに比べると、碧斗くんは穏やかで柔らかな顔立ちだけど纏う雰囲気はよく似ている気がする。
「そうか、似ているか。それは嬉しいな」
その表情がなんとも言えない憂いに満ちていて、不思議な感覚を覚えた。
なんとなく、僕と同じような……。
「あの、碧斗くんって……」
「碧斗は私の双子の弟の子どもなんだ」
その言葉に驚きつつも、今までの西条さんと碧斗くんの関係が全て腑に落ちた気がした。
「あの、じゃあ……碧斗くんのお母さんは?」
西条さんが碧斗くんを引き取った以上、何か理由があるんだろう。
そこまでプライベートなことを聞いていいかわからなかったけれど、聞かずにはいられなかった。
「弟が病気で亡くなって……義妹は、弟のことを心から愛していたんだろう。弟のいない世界を悲観して、弟の元に行く選択をしてしまった」
「えっ? それって……」
美春と同じ……。
そう思ったのが表情にでたんだろう。
西条さんは小さく頷いた。
「義妹にとっては弟が一番だったんだろうな。碧斗という大切な存在を残してしまうことも忘れて、弟の元に行ってしまった。両親を一度に失った碧斗をこれ以上一人にしておきたくなくて、私は碧斗を自分の子として育てることにしたんだよ」
なんて悲しいことだろう。
でもそれだけ、弟さんのことを愛していたんだろう。
だけど……。
「碧斗くんは、悠臣さんに引き取られて良かったと思います。ずっと辛い表情をして自分を育てる母親と過ごすよりは……」
本当は、母親が碧斗くんの気持ちに寄り添えていたら良かったんだろう。
でも、それが叶わなかった。
「だから私は碧斗のことを第一に考えてくれる人に来て欲しかったんだ」
最初に碧斗くんの世話が疎かになるくらいなら家事をしなくていいって言ったのはそういうことだったんだ。
西条さんはずっと碧斗くんのことだけを考えていたんだな。
「遥くんに来てもらえて本当に良かったよ。碧斗にとっても、私にとっても……」
西条さんに熱のこもった目で見つめられて、なぜか身体の奥が熱くなる。
鼓動が早くなるのを感じながら、僕はそのまま心地よい温もりのソファーに倒れ込んでしまった。
僕の返事に西条さんはすぐに立ち上がってリビングに置かれたワインセラーに向かった。
「何か好きな銘柄とかある? 大体のものは揃っているよ」
てっきり冷蔵庫に入っているビールを飲むんだとばかり思っていたけれど、わざわざワインを開けてくれるみたいだ。
「いえ、特に。というかあまりワインは飲んだことがなくて……」
一人で住んでいた頃は、そこまで多くはないけれど仕事終わりに飲みに行くこともあってビールやカクテルを口にすることがあった。もともとそこまで強くはないから帰宅するとすぐ眠ってしまうこともあったから、琳と暮らし始めてからは家では飲まないようにしていた。だって琳がいるのに一人で熟睡するわけにはいかない。そうでなくても琳が体調を崩して夜中に救急に行ったりすることもあるかもしれない。そう思うとお酒を飲む気にはなれなかった。
でも、お酒自体は嫌いじゃない。楽しいお酒は好きだったんだ。
「それじゃあ飲みやすいワインにしておくよ」
西条さんはワインに詳しいんだろう。
そんな人と一緒に飲むと、新しい自分を知れるようでなんだか嬉しくなる。
ワインを片手にキッチンに行き、ソムリエナイフとワイングラスを二個持ってソファーに戻ってきた。
「遥くん、こっちにおいで」
優しい笑顔で誘われてドキドキしながら、僕もソファーに座った。
西条さんが手際よくワインを開けていく。
その手つきはワインを開け慣れている人そのものだ。
あっという間にワインを開けると、僕の前にあるワイングラスに注いでくれる。
ふわっと香るこれは……
「さくらんぼ?」
「遥くん。鼻がいいね。これはチェリーの香りがすると言われているんだよ」
感心したように褒められて嬉しくなる。
「じゃあ、乾杯しようか」
「乾杯?」
「ああ、二人の夜に……」
甘く囁くような声でそんなことを言われてなんだかドキドキが止まらない。
それを打ち消すようにワインを傾けた。
ワインは香りを味わうように飲むと聞いたことがある。
それを思い出しながら喉に流すと、鼻から抜ける香りに驚いた。
「美味しい!」
「だろう? これは初心者にも飲みやすいんだ」
銘柄を見ても、フランス語なんだろうか。
よくわからない。
でもすごく美味しいワインだってことはよくわかった。
西条さんは僕が気に入ったとわかったんだろう。
そっとグラスにワインを注いでくれる。
弱いとわかっていても、そのおいしさを知ってしまった僕はもう一度ワインを口にした。
「琳くんのおかげで、碧斗がすっかり子どもらしくなった。やっぱり子どもには友達が必要なんだと改めて思ったよ」
ワイングラスを傾けながら、しみじみとした口調で西条さんが話し始めた。
確かに一人でいた時の碧斗くんと琳とここで一緒に生活するようになってからの碧斗くんは全然違う。
なんだかイキイキしているというか、毎日がすごく楽しそう。
迷惑をかけているんじゃないかと思ったけれど、碧斗くんのためになっているのならこの居候生活も悪いものではないのかもしれない。
「琳くんは妹さんの子どもだけど、遥くんによく似ているな」
「それはよく言われます。顔立ちも似ているので、本当の親子みたいだって」
「私も話を聞いて驚いたくらいだ。本当によく似ているよ」
琳とよく似ている。そう言われるのがどれだけ嬉しいか。
本当に琳の親だったらいつまでも奪われる恐怖に怯えることもないのに。
自分の子どもでないことが辛いくらいだ。
「私と碧斗はあまり似ていないんじゃないか?」
「えっ? いえ、そんなことは……。碧斗くん、悠臣さんに似てますよ。顔も性格も」
凛々しい顔立ちの西条さんに比べると、碧斗くんは穏やかで柔らかな顔立ちだけど纏う雰囲気はよく似ている気がする。
「そうか、似ているか。それは嬉しいな」
その表情がなんとも言えない憂いに満ちていて、不思議な感覚を覚えた。
なんとなく、僕と同じような……。
「あの、碧斗くんって……」
「碧斗は私の双子の弟の子どもなんだ」
その言葉に驚きつつも、今までの西条さんと碧斗くんの関係が全て腑に落ちた気がした。
「あの、じゃあ……碧斗くんのお母さんは?」
西条さんが碧斗くんを引き取った以上、何か理由があるんだろう。
そこまでプライベートなことを聞いていいかわからなかったけれど、聞かずにはいられなかった。
「弟が病気で亡くなって……義妹は、弟のことを心から愛していたんだろう。弟のいない世界を悲観して、弟の元に行く選択をしてしまった」
「えっ? それって……」
美春と同じ……。
そう思ったのが表情にでたんだろう。
西条さんは小さく頷いた。
「義妹にとっては弟が一番だったんだろうな。碧斗という大切な存在を残してしまうことも忘れて、弟の元に行ってしまった。両親を一度に失った碧斗をこれ以上一人にしておきたくなくて、私は碧斗を自分の子として育てることにしたんだよ」
なんて悲しいことだろう。
でもそれだけ、弟さんのことを愛していたんだろう。
だけど……。
「碧斗くんは、悠臣さんに引き取られて良かったと思います。ずっと辛い表情をして自分を育てる母親と過ごすよりは……」
本当は、母親が碧斗くんの気持ちに寄り添えていたら良かったんだろう。
でも、それが叶わなかった。
「だから私は碧斗のことを第一に考えてくれる人に来て欲しかったんだ」
最初に碧斗くんの世話が疎かになるくらいなら家事をしなくていいって言ったのはそういうことだったんだ。
西条さんはずっと碧斗くんのことだけを考えていたんだな。
「遥くんに来てもらえて本当に良かったよ。碧斗にとっても、私にとっても……」
西条さんに熱のこもった目で見つめられて、なぜか身体の奥が熱くなる。
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