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婚約者ってどういうこと?
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「いらっしゃいませ。海堂さま」
すぐにパリッとしたスーツの黒服の人が駆け寄ってきて深々と挨拶をしている。
ふぇー、この人……そんなにすごい常連さんなのかな?
「成田くん、彼に似合うスーツを一式揃えてくれ」
「畏まりました。すぐにご用意いたします。こちらのお席でお待ちください」
案内された席は高級感漂うどう見てもV.I.P用の席。
彼はその席に躊躇う様子も戸惑う様子もなく、まるで自分の席とでもいうように気楽に腰を下ろした。
僕は手を引かれるがままにその隣に緊張しながら腰を下ろすと、
「ふふっ。緊張しているのかい? 気楽にしてていいんだよ」
と笑顔で声がかけられた。
そうは言われてもこんな高そうな皮の椅子に座ったことないし……汚しでもしたら大変だ。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
別の店員さんが目の前にアイスコーヒーを置いてくれてお礼は言ったものの、緊張して零しそうで手も出せない。
でも喉乾いてるんだよな……。
飲みたい、けど零したら怖いし……。
うーん、どうしよう……と悩んでいると、
「ほら、美味しいよ」
彼がそのグラスをとり、僕にストローを差し出してくれた。
「あの、そんな……自分で……」
「いいから、ねっ」
ストローを口の前に持ってこられて、これ以上断ることもできず彼にグラスを持ってもらったままストローを口に入れ吸い込むと今までに感じたことのないくらい芳ばしいコーヒーの香りが鼻に抜けていく。
苦味が少なくて飲みやすく、コーヒーがそこまで得意でない僕でもものすごく美味しく感じられた。
「んっ! 美味しいっ!!」
「ふふっ。よかった」
彼は持っていたグラスをそっとテーブルに戻すと、自分の目の前にあったコーヒーカップを手に取り、綺麗な仕草で一口啜った。
「ここの珈琲は絶品なんだ。ああ、もちろん、君と待ち合わせをしていたあの珈琲店も美味しいけれどね」
パチンとウインクしてみせる彼にドキドキしていると、
「海堂さま。ご用意ができました」
さっきの黒服の店員さんが声をかけに来てくれた。
「じゃあ、行こうか」
と案内された部屋にはたくさんのスーツやその他小物類が並べられていて、彼はそれらをパッと見回すと
「成田くん、スーツはあれにしよう。シャツはそうだな、あれがいい。ネクタイはそれにしようか。ベルトは……」
と次々に指示を出し、店員さんはそれらを正確に取りハンガーにかけていく。
「試着しようか」
なぜか嬉しそうな彼に試着室に案内されて、渡されるままに着替えを終え、外に出た。
「ああ、いいな。成田くん、どうだ?」
「はい。とてもよくお似合いでございます」
店員さんの言葉に満足そうに笑った彼は僕の元に近づいてきて、見るからに高級そうなカフスボタンと時計をつけていく。
その手早い動きに僕は驚くことしかできず、ただつけられるのを黙って見ているしかなかった。
「よく似合うな。成田くんもそう思うだろう?」
「はい。とてもよくお似合いでございます」
「これこのまま着て帰るから、彼の服を包装しておいてくれ」
「畏まりました」
店員さんは頭を下げるとすぐに試着室から僕の脱いだ服を取り出し、持っていった。
洗濯してあるとはいえ、脱いだままの服を他人に畳まれるのはかなり恥ずかしいけれどもうどうしようもない。
僕は彼とソファーに座って待っていると、
「お待たせいたしました」
とさっきの店員さんが紙袋を持ってきた。
中には僕の着てきた服が入っているようだ。
彼はそれを受け取り僕の手をとって立たせると、きた時と同じように腰を抱き寄せそのまま店外へと出ていった。
「ありがとうございました」
という声に見送られて僕たちはそのまま車に乗り込んだ。
「あ、そういえば、あの……この洋服代……」
「ああ。大丈夫。支払いはもう済んでるよ」
「えっ、でも……僕の洋服代なのに……」
彼に支払ってもらうのが申し訳ないと思ったけれど、考えてみたらあそこはハイブランド。
おそらくネクタイ一本でも僕の所持金では難しいかもしれない。
「ふふっ。気にしないでいい。私が勝手にしたことだから」
「あの、でも……」
「君にはこれから大事な仕事があるんだからいいんだよ」
「大事な仕事? それって――」
「さぁ、着いたよ」
彼の言葉に聞き返す間も無く、連れていかれたのはこれまた僕は足を踏み入れたこともない超高級ホテル。
一番安い部屋でも一泊数十万すると噂で聞いたことがある。
こんなとこに僕が入る?
いいの?
ホテルの玄関前に車が止まり、さっきのように彼にエスコートされ降りたけれど、あまりの高級感に圧倒されて足が動かない。
「どうした?」
「い、いえ。こんなすごいホテル……初めてなので……」
「大丈夫、心配いらないよ。私がついてるから」
「んっ――!」
耳元で優しく囁かれて思わず声が出てしまった。
彼にクスリと笑われながら先ほどのようにまた腰を抱かれ歩き始めた。
「そういえば、君の名前聞いてなかったね。私は海堂征輝。征輝と呼んでくれ」
「征輝さん……あの、僕……安曇史希です」
「史希くんね……良い名前だ。今日は私の婚約者として隣で何を言われても笑顔でいてくれたら良いからな」
「えっ? こ、婚約者、ですか……? それってどういう……?」
思いがけない言葉にびっくりして聞き返すと、征輝さんはにっこりと笑って
「大丈夫。心配しないでいい」
と言いながら、僕を大きな扉の前に連れて行った。
僕はもう何がなんだかわからなくなっていたけれど、征輝さんに腰を抱かれたまま今更逃げることもできなくて扉の前に立ち尽くしていた。
すぐにパリッとしたスーツの黒服の人が駆け寄ってきて深々と挨拶をしている。
ふぇー、この人……そんなにすごい常連さんなのかな?
「成田くん、彼に似合うスーツを一式揃えてくれ」
「畏まりました。すぐにご用意いたします。こちらのお席でお待ちください」
案内された席は高級感漂うどう見てもV.I.P用の席。
彼はその席に躊躇う様子も戸惑う様子もなく、まるで自分の席とでもいうように気楽に腰を下ろした。
僕は手を引かれるがままにその隣に緊張しながら腰を下ろすと、
「ふふっ。緊張しているのかい? 気楽にしてていいんだよ」
と笑顔で声がかけられた。
そうは言われてもこんな高そうな皮の椅子に座ったことないし……汚しでもしたら大変だ。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
別の店員さんが目の前にアイスコーヒーを置いてくれてお礼は言ったものの、緊張して零しそうで手も出せない。
でも喉乾いてるんだよな……。
飲みたい、けど零したら怖いし……。
うーん、どうしよう……と悩んでいると、
「ほら、美味しいよ」
彼がそのグラスをとり、僕にストローを差し出してくれた。
「あの、そんな……自分で……」
「いいから、ねっ」
ストローを口の前に持ってこられて、これ以上断ることもできず彼にグラスを持ってもらったままストローを口に入れ吸い込むと今までに感じたことのないくらい芳ばしいコーヒーの香りが鼻に抜けていく。
苦味が少なくて飲みやすく、コーヒーがそこまで得意でない僕でもものすごく美味しく感じられた。
「んっ! 美味しいっ!!」
「ふふっ。よかった」
彼は持っていたグラスをそっとテーブルに戻すと、自分の目の前にあったコーヒーカップを手に取り、綺麗な仕草で一口啜った。
「ここの珈琲は絶品なんだ。ああ、もちろん、君と待ち合わせをしていたあの珈琲店も美味しいけれどね」
パチンとウインクしてみせる彼にドキドキしていると、
「海堂さま。ご用意ができました」
さっきの黒服の店員さんが声をかけに来てくれた。
「じゃあ、行こうか」
と案内された部屋にはたくさんのスーツやその他小物類が並べられていて、彼はそれらをパッと見回すと
「成田くん、スーツはあれにしよう。シャツはそうだな、あれがいい。ネクタイはそれにしようか。ベルトは……」
と次々に指示を出し、店員さんはそれらを正確に取りハンガーにかけていく。
「試着しようか」
なぜか嬉しそうな彼に試着室に案内されて、渡されるままに着替えを終え、外に出た。
「ああ、いいな。成田くん、どうだ?」
「はい。とてもよくお似合いでございます」
店員さんの言葉に満足そうに笑った彼は僕の元に近づいてきて、見るからに高級そうなカフスボタンと時計をつけていく。
その手早い動きに僕は驚くことしかできず、ただつけられるのを黙って見ているしかなかった。
「よく似合うな。成田くんもそう思うだろう?」
「はい。とてもよくお似合いでございます」
「これこのまま着て帰るから、彼の服を包装しておいてくれ」
「畏まりました」
店員さんは頭を下げるとすぐに試着室から僕の脱いだ服を取り出し、持っていった。
洗濯してあるとはいえ、脱いだままの服を他人に畳まれるのはかなり恥ずかしいけれどもうどうしようもない。
僕は彼とソファーに座って待っていると、
「お待たせいたしました」
とさっきの店員さんが紙袋を持ってきた。
中には僕の着てきた服が入っているようだ。
彼はそれを受け取り僕の手をとって立たせると、きた時と同じように腰を抱き寄せそのまま店外へと出ていった。
「ありがとうございました」
という声に見送られて僕たちはそのまま車に乗り込んだ。
「あ、そういえば、あの……この洋服代……」
「ああ。大丈夫。支払いはもう済んでるよ」
「えっ、でも……僕の洋服代なのに……」
彼に支払ってもらうのが申し訳ないと思ったけれど、考えてみたらあそこはハイブランド。
おそらくネクタイ一本でも僕の所持金では難しいかもしれない。
「ふふっ。気にしないでいい。私が勝手にしたことだから」
「あの、でも……」
「君にはこれから大事な仕事があるんだからいいんだよ」
「大事な仕事? それって――」
「さぁ、着いたよ」
彼の言葉に聞き返す間も無く、連れていかれたのはこれまた僕は足を踏み入れたこともない超高級ホテル。
一番安い部屋でも一泊数十万すると噂で聞いたことがある。
こんなとこに僕が入る?
いいの?
ホテルの玄関前に車が止まり、さっきのように彼にエスコートされ降りたけれど、あまりの高級感に圧倒されて足が動かない。
「どうした?」
「い、いえ。こんなすごいホテル……初めてなので……」
「大丈夫、心配いらないよ。私がついてるから」
「んっ――!」
耳元で優しく囁かれて思わず声が出てしまった。
彼にクスリと笑われながら先ほどのようにまた腰を抱かれ歩き始めた。
「そういえば、君の名前聞いてなかったね。私は海堂征輝。征輝と呼んでくれ」
「征輝さん……あの、僕……安曇史希です」
「史希くんね……良い名前だ。今日は私の婚約者として隣で何を言われても笑顔でいてくれたら良いからな」
「えっ? こ、婚約者、ですか……? それってどういう……?」
思いがけない言葉にびっくりして聞き返すと、征輝さんはにっこりと笑って
「大丈夫。心配しないでいい」
と言いながら、僕を大きな扉の前に連れて行った。
僕はもう何がなんだかわからなくなっていたけれど、征輝さんに腰を抱かれたまま今更逃げることもできなくて扉の前に立ち尽くしていた。
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