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一夜限りの恋 〜とろとろに蕩かされて※
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ここが新宿二丁目……。
ああ、ドキドキする。
まさかこんなにも早くここに足を踏み入れる日が来るとは思ってもなかった。
でも、今日しかチャンスがない。
もう飛び込んでいくしかないんだ。
3日前の夜、珍しく機嫌の良い父に部屋に呼ばれた。
ドキドキしながら部屋にいき、言われるがままにソファーに腰を下ろすと目の前にスッと何かが置かれた。
「なんですか?」
「開いてみろ」
高級そうなベルベッド生地の薄い本のようなものを開くと、そこには振袖姿で優雅に微笑みを浮かべる女性の写真があった。
「えっ、これ……」
「土曜日の見合い相手の写真だ。綺麗なお嬢さんだろう。きっとお前も気に入るはずだ」
「ちょ――っ、待ってください! 僕、まだ大学を卒業したばかりでまだ結婚なんて!」
「もうすぐ23なんだから別に早すぎるわけでもないだろう。それに相手方がかなり乗り気なんだ」
「相手が乗り気って……あの、相手のお方はどういう方なんですか?」
「ほお、やっと興味が出てきたか。彼女はヴィジュレグループ会長のお孫さんでな、お前と同じく先日大学を卒業したばかりで今は、自宅で家事手伝いをしているそうだ。お前、先日美術館で具合の悪くなった老人の世話をしなかったか?」
「えっ? あ、はい。目の前で倒れられて救急車に乗せられるところまで付き添いましたが、それが何か?」
「そのお方がヴィジュレグループの会長さんだったようだ。お前のことをいたく気に入られて、そんな優しいお前になら、目に入れても痛くないお孫さんを嫁にやりたいと仰られてな、うちの会社としてもヴィジュレグループと縁を持てるならこれ以上ない幸運だ。今回の見合いは絶対に成功させるのだぞ」
「そんな……」
父は鼻息荒くしているが、そもそも僕は結婚する気なんてさらさらないのに。
けれど、その理由を父に話すこともできないんだから、断ることもできなくて、結局僕は土曜日の見合いを受けることになってしまった。
僕が恋愛対象が男性だと気づいたのは高校に入ってすぐのことだった。
でも、考えてみれば幼稚園の頃からいいなと思う人は全員男性だったから、さして驚きもしなかった。
本当に恋をしたのは高校時代。
今でも忘れることのない思い出だ。
相手は高3でようやく同じクラスになれた沢渡くん。
クラスの人気者で僕なんかが声をかけられるような相手じゃなかったけれど、思いを止められなくて卒業間近の2月。
バレンタインチョコを手作りして告白した。
「気持ち悪いかもしれないけど、沢渡くんのことずっと好きだったんだ。よかったらこれ、受け取ってくれないかな」
これ以上ないほどの勇気を振り絞って告白した。
だけど、彼から返ってきたのは
「はぁ? 気持ちわりー。お前、ゲイだったのかよ。最悪。もう近寄んなよ」
という侮蔑と嫌悪に満ち溢れた言葉と共に手作りのチョコは払いのけられてしまった。
「あ、でもお前んち超金持ちだったよな。金くれるなら一回くらい相手してやってもいいぜ。尻に突っ込むってのも興味あるしな」
ゲラゲラと下品な笑い方で続け様にそう言われた時、僕……なんでこの人が好きだったんだろうって我に返った。
進路もすでに決まっていた僕は翌日から高校には行かなかった。
あの日から、僕は自分が男性を好きなことを隠して生きてきた。
誰にも知られちゃいけない。
誰も僕なんか好きになってくれないんだ。
そう思ってた。
だけど、父から突然の見合いを決められて、僕は一生自分を欺き続けながら生きていくことに耐えられるのかという考えが頭をよぎった。
一度だけでいい。
誰かに優しく抱いてもらえたら……。
その思い出を胸にあの子との結婚生活も頑張れるんじゃないかって思った。
彼女には本当に申し訳ないけれど、まだ出会ってもない今なら許してもらえるだろう。
ただ単に不安な心の隙間を埋める何か僕のお守りになるようなものが欲しかったのかもしれない。
どうしようと不安はありつつも、一度膨らんだその思いを消すことはできなかった。
そしてとうとう見合いが明日に迫った今夜、僕は一晩限りの相手と出会える店の前にいた。
父と話したあの日から必死に探してようやく見つかったその店は、ひっそりとした裏路地にある煉瓦造りのおしゃれなお店だった。
一見するとそんな店には見えない。
ただのおしゃれなBARだ。
だからこそ僕にも入れるんじゃないかと思ったんだ。
せっかくここまできたんだから諦めるわけにはいかない。
僕には今日しかないんだから。
よし。
僕は意を決して扉に手をかけた。
少し重い扉は僕の勢いを躊躇させたけれど、急にフッと扉が軽くなった。
「君もこの店に入るのかい?」
「わ――っ!」
背後から聞こえた言葉に驚きの声を上げてしまった。
「ああ、申し訳ない。驚かせるつもりはなかったんだが……」
後ろから包み込むように抱かれて、低いけれど耳元で甘く囁くようなその声にドキッとした。
「え……あ、あの……」
「驚かせてしまったお詫びに奢らせてくれないか」
「そんな、お詫びだなんて……」
「ふふっ。なら私たちが出会った記念に、ねっ」
わぁ、すごく優しく笑うんだ……。
僕は彼の笑顔に吸い込まれるように頷いていた。
彼はここの常連なんだろうか。
カウンターの奥の席に躊躇いもなく進んでいくと、一番奥に僕を座らせ、そのすぐ隣に彼が座った。
この席からは店の様子は何も見えない。
見えるのは隣にいる彼とカウンターの中にいるバーテンダーさんの姿だけだ。
「何がいい?」
「あの、僕……こういうところ初めてで……甘いのならなんでも」
「ふふっ。そうか、ならこの子に『ベリーニ』を。私はいつものを頼む」
すぐに目の前に置かれたカクテルからは甘い桃の香りがする。
「わぁ、美味しそう」
「ふふっ。じゃあ、乾杯しよう」
スッとグラスを持ち上げ、当たるか当たらないかのスレスレのところでグラスを合わせ
「いただきます」
と言って口をつけると、ふわりと甘い桃の味が広がった。
「ああ、これ……美味しい。僕、好きです」
「――っ、ああ、気に入ってもらえてよかったよ」
あまりの美味しさに僕はあっという間に一杯飲み干してしまっていた。
「ペースが速いと酔うから気をつけて」
そう言われながらも、僕は緊張のあまり2杯目もあっという間に飲み干してしまっていた。
「そんなに酒を呑んでしまうなんて何か悩みでもあるのか?」
彼の優しい問いかけに、すっかり酔っ払っていた僕は全てを話してしまっていた。
「実は、明日お見合いなんです……。親が勝手に決めてしまったんですけど、僕……男の人が好きで……でも、誰にも愛されたことなくて……それで、最後に一度だけでいいから誰かに愛されたくて、ここに来たんです。その思い出があったら頑張れる気がして……」
「そうだったのか……それで相手とはここで会う約束にしていたのか?」
僕は顔を横に振りながら、
「相手なんていません……どう声をかけていいのかわからなくて……」
というと、彼は突然僕を抱きしめた。
「なら、私が君を愛してやろう」
「えっ? あなたが?」
「私では君のお眼鏡には適わないか?」
「い、いいえ。そんな……あなたみたいに素敵な人が相手をしてくださるなら……」
「なら、決まりだな。すぐに移動しよう」
彼はそういうと、すぐに立ち上がり僕の腰を抱き寄せて立たせてくれた。
酔っ払っているからか、それとも彼の積極さに体の力が抜けてしまっているのかわからないけれど、それでも隣に立つ彼の温もりに僕はドキドキが止まらなかった。
連れてこられたのはどこかのホテル。
場所がどんななのかもわからないほど、あっという間に部屋まで連れてこられた。
そしてそのまま寝室に運ばれた僕は
「あ、あの……僕、お風呂に……」
と言ったけれど、
「時間がないんだろう? 風呂はあとで一緒に入ろう」
とそのまま押し倒されてしまった。
元々今日は抱かれるつもりであの店に行ったから、後ろは綺麗にしてあった。
だけど、緊張で汗もかいているから恥ずかしい……。
「でも――んんっ!」
抵抗しようとした言葉は彼の唇で塞がれてしまった。
彼の肉厚で柔らかな唇で下唇を甘噛みされるだけでおかしくなりそうなほど気持ちがいい。
初めてのキスなのにこんなに気持ちがいいなんて……きっと彼がキスがうまいってことなんだろうな。
このまま唇を食べられてしまうんじゃないかと思うほど重なり合っていると、気持ちがいいのにだんだんと息苦しくなってきて、息を吸おうと口を開いた瞬間、スッと口の中に彼の舌が入り込んできた。
「ふぁ……っ……んんっ」
彼の舌がまるで生き物のように僕の口内を動き回る。
舌先に絡みつかれ吸いつかれる。
それと同時に服の裾から彼の大きな手がスッと中に入ってきて、僕の胸を指先で弄ってくる。
「んんっ!!」
キスをしながら胸を弄られて身体の奥からビリビリとした感覚が襲ってくる。
いきなりの刺激にもうどうしていいかわからない。
「ふふっ。キスも何も慣れてないみたいだな」
「は、はじめて……なんです」
「そうか。なら優しくしてやろう」
彼はもう一度唇にちゅっとキスをしながら、手際よく僕の服を脱がせていく。
はだけた素肌が彼の眼前に晒されて見つめられているだけでじわじわと熱くなってくる。
「ねぇ、名前を教えてくれないか? 君の名前を呼びたいんだ」
「僕……奏多です……朝倉奏多」
「奏多……いい名前だな」
そういうと彼は僕の髪にそっとキスをして、
「私のことは千尋と呼んでくれ」
とにこやかな笑顔で言ってくれた。
これが本名かどうかわからないけれど、それでもいい。
どうせたった一夜のことなんだ。
きっと明日には僕のことなんてすぐに忘れ去られてしまう。
今だけ、愛してくれればそれでいい。
「千尋さん……」
「奏多……好きだよ」
「嬉しい……」
はじめて人に好きだと言ってもらえた。
それだけでこんなにも嬉しいなんて……。
彼は僕を押し倒すと僕の片方の胸に唇を当てた。
さっき弄られてすでに敏感になっている乳首に舌でぺろっと舐められて
「ひゃぁ――っ」
我慢しきれない声が漏れてしまう。
必死に手で押さえて声を我慢しようとすると、
「奏多の声、聞かせて……」
と耳元で囁かれる。
「でも……」
「奏多の感じてる声が聞きたいんだ……」
僕の声なんて気持ち悪いと思われるかも……なんて思っていたけれど、声、出してもいいんだ……。
それだけで心が軽くなった気がした。
僕が頷くと彼は嬉しそうにまた乳首への愛撫を始めた。
舌先でコロコロと転がしながら、もう片方の乳首も指で弄られて、僕はすでに限界まで勃起してしまっていた。
モゾモゾと両足を擦り合わせていると、
「ふふっ。我慢できなくなったか。ああ、下着を濡らしてる」
と嬉しそうな声が聞こえてくる。
「じゃあ、今度はこっちを可愛がってあげよう」
そういうとあっという間に僕の下着を剥ぎ取り、僕の昂りに躊躇なく触れた。
「ああっ! んっ――!」
今まで人に触れられたこともないところに触られてる……。
「気持ちいい?」
「んっ、んっ」
そう聞かれてもあまりに気持ちよさに頷くことしかできない。
「なら、もっと気持ち良くしてあげよう」
えっ? もっと?
そう思った時には、彼の頭が僕のモノに近づいていた。
「やぁ――! そ、そんなとこ……ああっ! んんっ!」
彼の大きな口の中に根元までいれられた僕のモノに絡みついてくる舌は、さっきまで僕の口内を動きまくっていたあの気持ちいい舌。
「あっ……あぁ! やっ――すっちゃ、だめぇ……んんっ!」
大きな肉厚な舌に全てを包み込まれて彼が顔を動かすたびにジュポジュポといやらしい音が響く。
「ああっ、だめ――っ! もぅ……イ、っちゃう……」
「いいよ、奏多がイクところ見せて」
彼の動きがさらに激しくなり、
「ああ、っあ……ああっ、イ、く……イッちゃう……!」
僕はたまらず白濁を吐き出すと、今までに感じたことのないくらい気持ちいい射精に身体がピクピクと震えて目の前がチカチカし始めた。
あ――っ!
僕、千尋さんの口の中に……。
まだ震える身体を必死に起き上がらせると、千尋さんは
「ふふっ。奏多のおいしかったよ。ご馳走さま」
とにこやかな笑顔を向けてくれた。
「えっ……の、のんだ、んですか……?」
「ああ、奏多のなら気にしないよ」
「でも……」
「奏多を気持ち良くしたかったからいいんだよ」
千尋さんはそう言って僕をぎゅっと抱きしめた。
「次は一緒に気持ち良くなろうか」
耳元にまた甘い声で囁かれる。
それだけでイッたばかりなのに、また中心に熱がこもってくる。
「ほら、奏多が可愛すぎて私のもすっかり昂ってしまってるよ」
僕の手をとり、千尋さんのモノに触れさせてくれた。
「わっ――! すごい!」
びっくりするほど大きくて熱い。
「ふふっ。気に入ってくれて嬉しいよ……」
千尋さんはそういうと、ベッド横にある籠から何かを取り出し手のひらに乗せた。
「それ……」
「奏多を傷つけないためのものだよ。大丈夫、優しくするから安心して……」
千尋さんは僕をゆっくりとベッドに寝かせると、少し芯のある僕のモノに触れ優しく扱き始めた。
「ああっ!」
ローションの滑りでクチュクチュといやらしい音が響く。
千尋さんはそのままもう片方の手で僕の後孔を数回撫でてからプツリと指を挿し入れた。
「大丈夫?」
不思議な違和感はあるけれど嫌な気持ちは全くない。
僕が首を縦に振ると、千尋さんは嬉しそうに中の指を奥まで入れて動かし始めた。
グチュグチュとかき混ぜられている音が聞こえる。
「もう一本挿入るよ」
プツリと挿入られた指が中でバラバラに動き回る。
「ああっ! やぁ――! な、んか……へ、ん……」
千尋さんの指がどこかに当たった時、身体中を電流が走ったような感覚が襲った。
「ふふっ。奏多のいいところ見つけたな」
そういうと千尋さんは嬉しそうにそこを重点的に責め始めた。
いつの間にか3本もの指が中に挿入られ、グチュグチュとはしたない音を立てる。
「も、う……、だめっ……ち、ひろ……さん、いれ、てぇ……」
「くっ――! ああ、私もそろそろ限界だからな」
千尋さんは後孔から指をスッと引き抜いた。
「あっ――!」
自分がねだったくせに指が引き抜かれてしまったのが寂しくなる。
「大丈夫、すぐに埋めてあげるから」
千尋さんは僕の唇にちゅっと優しくキスをすると、もう一度ローションを手に取り自分の大きなモノに纏わせて、僕の後孔にそれをあてがった。
熱い……。
それにおっきぃ……。
こんなの挿入るの?
「大丈夫、力を抜いてて……」
そう言われて、ふぅ……と大きく息を吐いた瞬間、千尋さんの大きなモノがググッと押し込まれた。
「ああーーっ!! んんっ! あん……あっ!」
じわじわと押し広げられていく感覚を味わいながら、ゆっくりじっくりと時間をかけて千尋さんのモノが挿入ってくる。
「全部挿入ったよ。奏多、頑張ったな」
途轍もない圧迫感にお腹が壊れてしまいそうだけど、でも千尋さんのモノを受け入れられたことが嬉しくて涙が出る。
「ち、ひろ……さん……うご、いて……」
「ああ、奏多……愛してるよ」
ちゅっと唇にキスをした千尋さんは奥深くまで埋め込んだ大きなモノを今度はゆっくりと引き抜いていく。
ギリギリまで引き抜いたモノをまた奥深くまで埋め込んで……その動きはだんだんと激しくなってくる。
「ああっ……んっ、ああっ……んんっ……ああっ!」
さっき指で弄られた気持ちいいポイントを千尋さんの大きなモノで激しく擦られて、もうおかしくなってしまいそうだ。
「ああ、奏多……奏多……最高だ! 奏多……愛してる。絶対に手離さないから……」
千尋さんはギュッと僕を抱きしめながら大きく腰を振り始めた。
あまりの激しい動きに僕は限界を迎えて、
「あぁっ、も、うだめっ――! ま、たイッちゃ、うぅ――!!」
ビュルビュルと白濁を零した。
「ああ、奏多が可愛すぎて私ももう限界だ! くっ! あ゛ぁ――っ!」
千尋さんの切羽詰まった声が耳元で聞こえた瞬間、僕の身体の奥深い場所に温かいものが広がっていく感覚を覚えた。
ああ、千尋さんが僕の中でイッてくれたんだ……。
それだけですごく嬉しくて……僕はそのまま意識を失った。
目が覚めると、僕は広いベッドの中に一人で眠っていた。
一瞬、昨日のことは酔っ払っていた夢だったのかと思ったけれど、身体のあちこちの痛みがあれが夢でないことを物語っていた。
元々一晩限りの夢。
そうシンデレラの魔法が解けたのと同じ。
僕は痛む身体に鞭打って、必死に起き上がった。
大きな大きなベッドから下りると、近くにあったテーブルの上に何か置かれているのに気づいた。
<寂しがらせてすまない。奏多の服を用意しているので今日はそれを着てくれ。会えるのを楽しみにしている。千尋>
綺麗で男らしい文字で書かれた手紙……千尋さんのイメージ通りの文字だ。
一晩限りの相手にもう会う気などないだろうに……。
それでももしかしたらまた会えるのかもしれないという期待が僕の心の救いだった。
ハンガーにかけられたスーツは見るからに高級品で、こんな凄いものをもらってもいいのだろうかと思ったけれど昨日の服で見合いに行くわけにもいかない。
とりあえずこの服を借りよう。
そして、見合い相手の彼女には誠心誠意謝って今日の見合いは無しにしてもらおう。
僕は彼に抱かれて気づいたんだ。
一度愛されることを知った身体で女性と結婚なんかできないことに。
父にどれだけ怒られても、家を追い出されても自分の気持ちに嘘はつけない。
それが彼女に対しても誠実だ。
僕はいつの間にか着せられていたガウンを脱ぐと、身体中に赤い鬱血痕があることに気づいた。
彼が残してくれたキスマーク。
彼に愛された証だ。
僕は幸せな気分に浸りながら、千尋さんの用意してくれたスーツに着替えた。
部屋を出ようと残されたルームキーを持って気づいた。
ここ、今日見合いするはずのホテルだ……。
思わぬ偶然に驚きながら、僕は部屋を出た。
フロントでキーを渡すと全て精算済みであると言われて千尋さんの優しさに感謝した。
見合いの時間までどうしようかとロビーを歩いていると、突然スマホが鳴り表示を見ると父の名前がそこにあった。
慌てて近くの席に腰を下ろし、スマホをタップした。
ーもしもし。父さん?
ーああ、奏多か。お前、今どこにいる?
ーあ、あの……見合い予定のホテルのロビーにいるけど……
ーそうか。悪かったな。
ーえっ? どういう意味?
ー今日の見合いは中止になった。
ー中止? どうして?
ー相手方から今回の見合いはなかったことで……と言われたんだ。別にお前に不備があったわけじゃないから心配するな。
ーでも……会社は?
ーああ、そのことなら心配しないでいい。もっといい相手からの話があったんだ。
ーいい相手?
ーああ。それもお前に役員待遇で来てほしいと言われてな。うちとしてはあちらと資本提携できるのは御の字だからな。
あちらはお前に恩があると言っておられたが、お前、今度は何をやったんだ?
ーえっ? 僕は何も……
ーははっ。隠さなくてもいいだろうが。まぁいい、よくやってくれた。じゃあな。
今までに見たことないくらいごきげんな父の様子に僕は意味がわからなかったけれど、とにかく今日の見合いは中止になったのはよかった。
でも、その会社ってどこだよ。
浮かれすぎて会社名も教えてくれなかった父に文句の一つでも言いたくなったが、とりあえず今日は良かったことにしよう。
家に帰ろうかと立ち上がったその瞬間、
「奏多っ!」
と聞きたかった声が飛び込んできた。
パッと振り返ると、そこにはあの千尋さんの姿が……。
もう二度と会えないと思っていたのに……。
「千尋さんっ!!」
僕はホテルのロビーだということも忘れて彼に飛び込んだ。
ギュッと抱きしめられた彼の身体からは昨日散々愛し合った千尋さんの温もりを感じる。
「一人にして悪かったな。だが、これからはずっと一緒だ」
「ずっと一緒?」
「ああ。奏多には私の秘書として仕事中もプライベートもずっと一緒にいてもらうからな。もう絶対に手放したりしないよ」
「まさか、さっきの父の電話って……」
「ああ。私だ。奏多を誰にもやらない。私だけのものだ。愛してるよ……奏多」
千尋さんに強く抱きしめられながら、僕たちはしばらくの間、甘いキスをし続けていた。
ああ、ドキドキする。
まさかこんなにも早くここに足を踏み入れる日が来るとは思ってもなかった。
でも、今日しかチャンスがない。
もう飛び込んでいくしかないんだ。
3日前の夜、珍しく機嫌の良い父に部屋に呼ばれた。
ドキドキしながら部屋にいき、言われるがままにソファーに腰を下ろすと目の前にスッと何かが置かれた。
「なんですか?」
「開いてみろ」
高級そうなベルベッド生地の薄い本のようなものを開くと、そこには振袖姿で優雅に微笑みを浮かべる女性の写真があった。
「えっ、これ……」
「土曜日の見合い相手の写真だ。綺麗なお嬢さんだろう。きっとお前も気に入るはずだ」
「ちょ――っ、待ってください! 僕、まだ大学を卒業したばかりでまだ結婚なんて!」
「もうすぐ23なんだから別に早すぎるわけでもないだろう。それに相手方がかなり乗り気なんだ」
「相手が乗り気って……あの、相手のお方はどういう方なんですか?」
「ほお、やっと興味が出てきたか。彼女はヴィジュレグループ会長のお孫さんでな、お前と同じく先日大学を卒業したばかりで今は、自宅で家事手伝いをしているそうだ。お前、先日美術館で具合の悪くなった老人の世話をしなかったか?」
「えっ? あ、はい。目の前で倒れられて救急車に乗せられるところまで付き添いましたが、それが何か?」
「そのお方がヴィジュレグループの会長さんだったようだ。お前のことをいたく気に入られて、そんな優しいお前になら、目に入れても痛くないお孫さんを嫁にやりたいと仰られてな、うちの会社としてもヴィジュレグループと縁を持てるならこれ以上ない幸運だ。今回の見合いは絶対に成功させるのだぞ」
「そんな……」
父は鼻息荒くしているが、そもそも僕は結婚する気なんてさらさらないのに。
けれど、その理由を父に話すこともできないんだから、断ることもできなくて、結局僕は土曜日の見合いを受けることになってしまった。
僕が恋愛対象が男性だと気づいたのは高校に入ってすぐのことだった。
でも、考えてみれば幼稚園の頃からいいなと思う人は全員男性だったから、さして驚きもしなかった。
本当に恋をしたのは高校時代。
今でも忘れることのない思い出だ。
相手は高3でようやく同じクラスになれた沢渡くん。
クラスの人気者で僕なんかが声をかけられるような相手じゃなかったけれど、思いを止められなくて卒業間近の2月。
バレンタインチョコを手作りして告白した。
「気持ち悪いかもしれないけど、沢渡くんのことずっと好きだったんだ。よかったらこれ、受け取ってくれないかな」
これ以上ないほどの勇気を振り絞って告白した。
だけど、彼から返ってきたのは
「はぁ? 気持ちわりー。お前、ゲイだったのかよ。最悪。もう近寄んなよ」
という侮蔑と嫌悪に満ち溢れた言葉と共に手作りのチョコは払いのけられてしまった。
「あ、でもお前んち超金持ちだったよな。金くれるなら一回くらい相手してやってもいいぜ。尻に突っ込むってのも興味あるしな」
ゲラゲラと下品な笑い方で続け様にそう言われた時、僕……なんでこの人が好きだったんだろうって我に返った。
進路もすでに決まっていた僕は翌日から高校には行かなかった。
あの日から、僕は自分が男性を好きなことを隠して生きてきた。
誰にも知られちゃいけない。
誰も僕なんか好きになってくれないんだ。
そう思ってた。
だけど、父から突然の見合いを決められて、僕は一生自分を欺き続けながら生きていくことに耐えられるのかという考えが頭をよぎった。
一度だけでいい。
誰かに優しく抱いてもらえたら……。
その思い出を胸にあの子との結婚生活も頑張れるんじゃないかって思った。
彼女には本当に申し訳ないけれど、まだ出会ってもない今なら許してもらえるだろう。
ただ単に不安な心の隙間を埋める何か僕のお守りになるようなものが欲しかったのかもしれない。
どうしようと不安はありつつも、一度膨らんだその思いを消すことはできなかった。
そしてとうとう見合いが明日に迫った今夜、僕は一晩限りの相手と出会える店の前にいた。
父と話したあの日から必死に探してようやく見つかったその店は、ひっそりとした裏路地にある煉瓦造りのおしゃれなお店だった。
一見するとそんな店には見えない。
ただのおしゃれなBARだ。
だからこそ僕にも入れるんじゃないかと思ったんだ。
せっかくここまできたんだから諦めるわけにはいかない。
僕には今日しかないんだから。
よし。
僕は意を決して扉に手をかけた。
少し重い扉は僕の勢いを躊躇させたけれど、急にフッと扉が軽くなった。
「君もこの店に入るのかい?」
「わ――っ!」
背後から聞こえた言葉に驚きの声を上げてしまった。
「ああ、申し訳ない。驚かせるつもりはなかったんだが……」
後ろから包み込むように抱かれて、低いけれど耳元で甘く囁くようなその声にドキッとした。
「え……あ、あの……」
「驚かせてしまったお詫びに奢らせてくれないか」
「そんな、お詫びだなんて……」
「ふふっ。なら私たちが出会った記念に、ねっ」
わぁ、すごく優しく笑うんだ……。
僕は彼の笑顔に吸い込まれるように頷いていた。
彼はここの常連なんだろうか。
カウンターの奥の席に躊躇いもなく進んでいくと、一番奥に僕を座らせ、そのすぐ隣に彼が座った。
この席からは店の様子は何も見えない。
見えるのは隣にいる彼とカウンターの中にいるバーテンダーさんの姿だけだ。
「何がいい?」
「あの、僕……こういうところ初めてで……甘いのならなんでも」
「ふふっ。そうか、ならこの子に『ベリーニ』を。私はいつものを頼む」
すぐに目の前に置かれたカクテルからは甘い桃の香りがする。
「わぁ、美味しそう」
「ふふっ。じゃあ、乾杯しよう」
スッとグラスを持ち上げ、当たるか当たらないかのスレスレのところでグラスを合わせ
「いただきます」
と言って口をつけると、ふわりと甘い桃の味が広がった。
「ああ、これ……美味しい。僕、好きです」
「――っ、ああ、気に入ってもらえてよかったよ」
あまりの美味しさに僕はあっという間に一杯飲み干してしまっていた。
「ペースが速いと酔うから気をつけて」
そう言われながらも、僕は緊張のあまり2杯目もあっという間に飲み干してしまっていた。
「そんなに酒を呑んでしまうなんて何か悩みでもあるのか?」
彼の優しい問いかけに、すっかり酔っ払っていた僕は全てを話してしまっていた。
「実は、明日お見合いなんです……。親が勝手に決めてしまったんですけど、僕……男の人が好きで……でも、誰にも愛されたことなくて……それで、最後に一度だけでいいから誰かに愛されたくて、ここに来たんです。その思い出があったら頑張れる気がして……」
「そうだったのか……それで相手とはここで会う約束にしていたのか?」
僕は顔を横に振りながら、
「相手なんていません……どう声をかけていいのかわからなくて……」
というと、彼は突然僕を抱きしめた。
「なら、私が君を愛してやろう」
「えっ? あなたが?」
「私では君のお眼鏡には適わないか?」
「い、いいえ。そんな……あなたみたいに素敵な人が相手をしてくださるなら……」
「なら、決まりだな。すぐに移動しよう」
彼はそういうと、すぐに立ち上がり僕の腰を抱き寄せて立たせてくれた。
酔っ払っているからか、それとも彼の積極さに体の力が抜けてしまっているのかわからないけれど、それでも隣に立つ彼の温もりに僕はドキドキが止まらなかった。
連れてこられたのはどこかのホテル。
場所がどんななのかもわからないほど、あっという間に部屋まで連れてこられた。
そしてそのまま寝室に運ばれた僕は
「あ、あの……僕、お風呂に……」
と言ったけれど、
「時間がないんだろう? 風呂はあとで一緒に入ろう」
とそのまま押し倒されてしまった。
元々今日は抱かれるつもりであの店に行ったから、後ろは綺麗にしてあった。
だけど、緊張で汗もかいているから恥ずかしい……。
「でも――んんっ!」
抵抗しようとした言葉は彼の唇で塞がれてしまった。
彼の肉厚で柔らかな唇で下唇を甘噛みされるだけでおかしくなりそうなほど気持ちがいい。
初めてのキスなのにこんなに気持ちがいいなんて……きっと彼がキスがうまいってことなんだろうな。
このまま唇を食べられてしまうんじゃないかと思うほど重なり合っていると、気持ちがいいのにだんだんと息苦しくなってきて、息を吸おうと口を開いた瞬間、スッと口の中に彼の舌が入り込んできた。
「ふぁ……っ……んんっ」
彼の舌がまるで生き物のように僕の口内を動き回る。
舌先に絡みつかれ吸いつかれる。
それと同時に服の裾から彼の大きな手がスッと中に入ってきて、僕の胸を指先で弄ってくる。
「んんっ!!」
キスをしながら胸を弄られて身体の奥からビリビリとした感覚が襲ってくる。
いきなりの刺激にもうどうしていいかわからない。
「ふふっ。キスも何も慣れてないみたいだな」
「は、はじめて……なんです」
「そうか。なら優しくしてやろう」
彼はもう一度唇にちゅっとキスをしながら、手際よく僕の服を脱がせていく。
はだけた素肌が彼の眼前に晒されて見つめられているだけでじわじわと熱くなってくる。
「ねぇ、名前を教えてくれないか? 君の名前を呼びたいんだ」
「僕……奏多です……朝倉奏多」
「奏多……いい名前だな」
そういうと彼は僕の髪にそっとキスをして、
「私のことは千尋と呼んでくれ」
とにこやかな笑顔で言ってくれた。
これが本名かどうかわからないけれど、それでもいい。
どうせたった一夜のことなんだ。
きっと明日には僕のことなんてすぐに忘れ去られてしまう。
今だけ、愛してくれればそれでいい。
「千尋さん……」
「奏多……好きだよ」
「嬉しい……」
はじめて人に好きだと言ってもらえた。
それだけでこんなにも嬉しいなんて……。
彼は僕を押し倒すと僕の片方の胸に唇を当てた。
さっき弄られてすでに敏感になっている乳首に舌でぺろっと舐められて
「ひゃぁ――っ」
我慢しきれない声が漏れてしまう。
必死に手で押さえて声を我慢しようとすると、
「奏多の声、聞かせて……」
と耳元で囁かれる。
「でも……」
「奏多の感じてる声が聞きたいんだ……」
僕の声なんて気持ち悪いと思われるかも……なんて思っていたけれど、声、出してもいいんだ……。
それだけで心が軽くなった気がした。
僕が頷くと彼は嬉しそうにまた乳首への愛撫を始めた。
舌先でコロコロと転がしながら、もう片方の乳首も指で弄られて、僕はすでに限界まで勃起してしまっていた。
モゾモゾと両足を擦り合わせていると、
「ふふっ。我慢できなくなったか。ああ、下着を濡らしてる」
と嬉しそうな声が聞こえてくる。
「じゃあ、今度はこっちを可愛がってあげよう」
そういうとあっという間に僕の下着を剥ぎ取り、僕の昂りに躊躇なく触れた。
「ああっ! んっ――!」
今まで人に触れられたこともないところに触られてる……。
「気持ちいい?」
「んっ、んっ」
そう聞かれてもあまりに気持ちよさに頷くことしかできない。
「なら、もっと気持ち良くしてあげよう」
えっ? もっと?
そう思った時には、彼の頭が僕のモノに近づいていた。
「やぁ――! そ、そんなとこ……ああっ! んんっ!」
彼の大きな口の中に根元までいれられた僕のモノに絡みついてくる舌は、さっきまで僕の口内を動きまくっていたあの気持ちいい舌。
「あっ……あぁ! やっ――すっちゃ、だめぇ……んんっ!」
大きな肉厚な舌に全てを包み込まれて彼が顔を動かすたびにジュポジュポといやらしい音が響く。
「ああっ、だめ――っ! もぅ……イ、っちゃう……」
「いいよ、奏多がイクところ見せて」
彼の動きがさらに激しくなり、
「ああ、っあ……ああっ、イ、く……イッちゃう……!」
僕はたまらず白濁を吐き出すと、今までに感じたことのないくらい気持ちいい射精に身体がピクピクと震えて目の前がチカチカし始めた。
あ――っ!
僕、千尋さんの口の中に……。
まだ震える身体を必死に起き上がらせると、千尋さんは
「ふふっ。奏多のおいしかったよ。ご馳走さま」
とにこやかな笑顔を向けてくれた。
「えっ……の、のんだ、んですか……?」
「ああ、奏多のなら気にしないよ」
「でも……」
「奏多を気持ち良くしたかったからいいんだよ」
千尋さんはそう言って僕をぎゅっと抱きしめた。
「次は一緒に気持ち良くなろうか」
耳元にまた甘い声で囁かれる。
それだけでイッたばかりなのに、また中心に熱がこもってくる。
「ほら、奏多が可愛すぎて私のもすっかり昂ってしまってるよ」
僕の手をとり、千尋さんのモノに触れさせてくれた。
「わっ――! すごい!」
びっくりするほど大きくて熱い。
「ふふっ。気に入ってくれて嬉しいよ……」
千尋さんはそういうと、ベッド横にある籠から何かを取り出し手のひらに乗せた。
「それ……」
「奏多を傷つけないためのものだよ。大丈夫、優しくするから安心して……」
千尋さんは僕をゆっくりとベッドに寝かせると、少し芯のある僕のモノに触れ優しく扱き始めた。
「ああっ!」
ローションの滑りでクチュクチュといやらしい音が響く。
千尋さんはそのままもう片方の手で僕の後孔を数回撫でてからプツリと指を挿し入れた。
「大丈夫?」
不思議な違和感はあるけれど嫌な気持ちは全くない。
僕が首を縦に振ると、千尋さんは嬉しそうに中の指を奥まで入れて動かし始めた。
グチュグチュとかき混ぜられている音が聞こえる。
「もう一本挿入るよ」
プツリと挿入られた指が中でバラバラに動き回る。
「ああっ! やぁ――! な、んか……へ、ん……」
千尋さんの指がどこかに当たった時、身体中を電流が走ったような感覚が襲った。
「ふふっ。奏多のいいところ見つけたな」
そういうと千尋さんは嬉しそうにそこを重点的に責め始めた。
いつの間にか3本もの指が中に挿入られ、グチュグチュとはしたない音を立てる。
「も、う……、だめっ……ち、ひろ……さん、いれ、てぇ……」
「くっ――! ああ、私もそろそろ限界だからな」
千尋さんは後孔から指をスッと引き抜いた。
「あっ――!」
自分がねだったくせに指が引き抜かれてしまったのが寂しくなる。
「大丈夫、すぐに埋めてあげるから」
千尋さんは僕の唇にちゅっと優しくキスをすると、もう一度ローションを手に取り自分の大きなモノに纏わせて、僕の後孔にそれをあてがった。
熱い……。
それにおっきぃ……。
こんなの挿入るの?
「大丈夫、力を抜いてて……」
そう言われて、ふぅ……と大きく息を吐いた瞬間、千尋さんの大きなモノがググッと押し込まれた。
「ああーーっ!! んんっ! あん……あっ!」
じわじわと押し広げられていく感覚を味わいながら、ゆっくりじっくりと時間をかけて千尋さんのモノが挿入ってくる。
「全部挿入ったよ。奏多、頑張ったな」
途轍もない圧迫感にお腹が壊れてしまいそうだけど、でも千尋さんのモノを受け入れられたことが嬉しくて涙が出る。
「ち、ひろ……さん……うご、いて……」
「ああ、奏多……愛してるよ」
ちゅっと唇にキスをした千尋さんは奥深くまで埋め込んだ大きなモノを今度はゆっくりと引き抜いていく。
ギリギリまで引き抜いたモノをまた奥深くまで埋め込んで……その動きはだんだんと激しくなってくる。
「ああっ……んっ、ああっ……んんっ……ああっ!」
さっき指で弄られた気持ちいいポイントを千尋さんの大きなモノで激しく擦られて、もうおかしくなってしまいそうだ。
「ああ、奏多……奏多……最高だ! 奏多……愛してる。絶対に手離さないから……」
千尋さんはギュッと僕を抱きしめながら大きく腰を振り始めた。
あまりの激しい動きに僕は限界を迎えて、
「あぁっ、も、うだめっ――! ま、たイッちゃ、うぅ――!!」
ビュルビュルと白濁を零した。
「ああ、奏多が可愛すぎて私ももう限界だ! くっ! あ゛ぁ――っ!」
千尋さんの切羽詰まった声が耳元で聞こえた瞬間、僕の身体の奥深い場所に温かいものが広がっていく感覚を覚えた。
ああ、千尋さんが僕の中でイッてくれたんだ……。
それだけですごく嬉しくて……僕はそのまま意識を失った。
目が覚めると、僕は広いベッドの中に一人で眠っていた。
一瞬、昨日のことは酔っ払っていた夢だったのかと思ったけれど、身体のあちこちの痛みがあれが夢でないことを物語っていた。
元々一晩限りの夢。
そうシンデレラの魔法が解けたのと同じ。
僕は痛む身体に鞭打って、必死に起き上がった。
大きな大きなベッドから下りると、近くにあったテーブルの上に何か置かれているのに気づいた。
<寂しがらせてすまない。奏多の服を用意しているので今日はそれを着てくれ。会えるのを楽しみにしている。千尋>
綺麗で男らしい文字で書かれた手紙……千尋さんのイメージ通りの文字だ。
一晩限りの相手にもう会う気などないだろうに……。
それでももしかしたらまた会えるのかもしれないという期待が僕の心の救いだった。
ハンガーにかけられたスーツは見るからに高級品で、こんな凄いものをもらってもいいのだろうかと思ったけれど昨日の服で見合いに行くわけにもいかない。
とりあえずこの服を借りよう。
そして、見合い相手の彼女には誠心誠意謝って今日の見合いは無しにしてもらおう。
僕は彼に抱かれて気づいたんだ。
一度愛されることを知った身体で女性と結婚なんかできないことに。
父にどれだけ怒られても、家を追い出されても自分の気持ちに嘘はつけない。
それが彼女に対しても誠実だ。
僕はいつの間にか着せられていたガウンを脱ぐと、身体中に赤い鬱血痕があることに気づいた。
彼が残してくれたキスマーク。
彼に愛された証だ。
僕は幸せな気分に浸りながら、千尋さんの用意してくれたスーツに着替えた。
部屋を出ようと残されたルームキーを持って気づいた。
ここ、今日見合いするはずのホテルだ……。
思わぬ偶然に驚きながら、僕は部屋を出た。
フロントでキーを渡すと全て精算済みであると言われて千尋さんの優しさに感謝した。
見合いの時間までどうしようかとロビーを歩いていると、突然スマホが鳴り表示を見ると父の名前がそこにあった。
慌てて近くの席に腰を下ろし、スマホをタップした。
ーもしもし。父さん?
ーああ、奏多か。お前、今どこにいる?
ーあ、あの……見合い予定のホテルのロビーにいるけど……
ーそうか。悪かったな。
ーえっ? どういう意味?
ー今日の見合いは中止になった。
ー中止? どうして?
ー相手方から今回の見合いはなかったことで……と言われたんだ。別にお前に不備があったわけじゃないから心配するな。
ーでも……会社は?
ーああ、そのことなら心配しないでいい。もっといい相手からの話があったんだ。
ーいい相手?
ーああ。それもお前に役員待遇で来てほしいと言われてな。うちとしてはあちらと資本提携できるのは御の字だからな。
あちらはお前に恩があると言っておられたが、お前、今度は何をやったんだ?
ーえっ? 僕は何も……
ーははっ。隠さなくてもいいだろうが。まぁいい、よくやってくれた。じゃあな。
今までに見たことないくらいごきげんな父の様子に僕は意味がわからなかったけれど、とにかく今日の見合いは中止になったのはよかった。
でも、その会社ってどこだよ。
浮かれすぎて会社名も教えてくれなかった父に文句の一つでも言いたくなったが、とりあえず今日は良かったことにしよう。
家に帰ろうかと立ち上がったその瞬間、
「奏多っ!」
と聞きたかった声が飛び込んできた。
パッと振り返ると、そこにはあの千尋さんの姿が……。
もう二度と会えないと思っていたのに……。
「千尋さんっ!!」
僕はホテルのロビーだということも忘れて彼に飛び込んだ。
ギュッと抱きしめられた彼の身体からは昨日散々愛し合った千尋さんの温もりを感じる。
「一人にして悪かったな。だが、これからはずっと一緒だ」
「ずっと一緒?」
「ああ。奏多には私の秘書として仕事中もプライベートもずっと一緒にいてもらうからな。もう絶対に手放したりしないよ」
「まさか、さっきの父の電話って……」
「ああ。私だ。奏多を誰にもやらない。私だけのものだ。愛してるよ……奏多」
千尋さんに強く抱きしめられながら、僕たちはしばらくの間、甘いキスをし続けていた。
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