何もできない僕が甘えてもいい? 〜イケメンな彼の優しさに戸惑っています

波木真帆

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僕が食べたいもの

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「何か好きな食べ物とか料理とかある? 大抵のものは作れるよ」

お祝いに手料理……。そんなこと、母さんだってしてくれたことない。
誕生日だって、僕が小学生になってからは仕事だって言ってあまり家にいたこともなかった。
コンビニで売っている小さなケーキが冷蔵庫に入っていたのが唯一のお祝いだったかも。

家事をした時だけは褒めてもらえたから、自然と洗濯をしたり簡単なご飯とか作れるようになったけれど、僕が家事をできるようになればなるだけ母さんも父さんも仕事に集中するようになった。

でも大学の合格の日くらいは……って心のどこかで思っていた。
電話で合格を伝えた時、

――やっとね。よかったわ。

と喜んでもらえたと思ったのに、そのまま家族はバラバラになった。
お祝いのケーキどころか、その日から一人になってしまったんだ。

それからお祝いなんて縁遠い生活をしていたけれど、誕生日だけは砂川くんがお祝いしてくれたっけ。
僕の方が誕生日が早くて、その時はお祝いに学食のデザートをご馳走してもらった。
砂川くんの時は、砂川くんがその時ハマっていたコンビニのプリンがいいって言ってくれてそれをプレゼントしてお祝いしたな。大学生にもなって友人の誕生日に百円のプリンしか買えないなんて周りから見ればドン引きだろうけど、砂川くんは美味しいって食べてくれたんだよね。だから、今でもこうして友人――僕は砂川くんを親友だと勝手に思ってるけど――でいられるんだ。

こんな僕だから、河北さんがお祝いになんでも作ってくれると言ってくれても、なんでもの基準がわからなくて、

「あ、あの……じゃあ少しわがまま言ってもいいですか?」

と前置きをした上で話をしてみた。河北さんはわがまま大歓迎だと言ってくれたけれど、大丈夫かな?

ドキドキしながら、僕はずっと夢見てたことを話した。

大学の近くにある落ち着いた喫茶店<ミモザ>
そこは砂川くんと友人になって最初に連れて行ってもらったお店だ。

――兄さんに教えてもらったお店でね。兄さんも勤め先の社長さんから教えてもらったんだって。雰囲気がすごくよくて安心するんだ。料理もすっごく美味しくてね、僕も友達ができたら一緒に行きたいって思ってたんだ。

お店に向かうとき、そんな話をしてくれた。
その社長さんも桜城大学の卒業生で、ここは桜城大学生の憩いの店なんだそうだ。

その歴史あるお店に僕も入れることにドキドキした。

少し古びた店は地元にあるヒゲのおじいちゃんがやっている喫茶店に似ている。まるで地元に帰ってきたような安心感に包まれて、僕は一度でそこが気に入った。

砂川くんとはいつもオムライスを頼む。安くて美味しくて最高だ。
とろとろ卵のオムライスと薄い卵で巻くオムライスを選ぶことができて、砂川くんは毎回変えていたけれど、僕はいつも薄い卵のオムライス。それはまだ幼稚園児だった頃、おばあちゃんがよく作ってくれていた思い出の味。いつもその懐かしさに浸りたくて、月に一度の砂川くんとのミモザの日はいつもオムライスを選んでいた。

そんな僕にも憧れの料理があった。
それは、エビフライとメンチカツとカニクリームコロッケの豪華な三種が乗ったミックスフライ。

でも500円のオムライスと違って、このミックスフライは1200円。
日々の生活にも苦しい僕が、いくら月に一度の贅沢とはいえ、1200円は出せない。
卒業までにはいつか食べてみたいなんて憧れを抱きつつも、きっとその夢は叶わないだろうと思っていた。

でも河北さんがなんでも作ってくれるというのなら、頼んでみたい。
もしそれが難しいなら、オムライスがいい。

一度でいいから<ミモザ>に出てくるようなミックスフライを食べてみたいと言ってみたら、

「なるほど。確かにあのミックスフライは美味しいな。オッケー。じゃあ、明日はあのミックスフライを再現するよ!」

とすぐに言ってくれた。

あのミックスフライを河北さんが作ってくれる! 
それが嬉しくてたまらなかった。

「じゃあ、明日は10時に退院だからそれより少し前に来るからね。よかったらこのボストンバッグを使って。入れられるものだけ入れておいてくれたらいいよ。決して無理はしないようにね」

今日の夕食を食べ終えると、河北さんはそう言って部屋を出て行った。

河北さんが持ってきてくれたボストンバッグからは河北さんの優しい匂いがする。この中に僕のものを入れたら、河北さんの匂いがつくんじゃないかと思ったらなんだか嬉しくなってきて、僕は次々に荷物をそのバッグに詰め込んだ。

明日は、とうとう退院。ここでの生活も終わりか。
最初は広すぎて落ち着かないと思ったけれど、結局退院の日までここでお世話になって、ある意味自分の家より落ち着く気がした。
だって、あのアパートは隣の声もすごく聞こえていたし、隙間風も多かったし、なんとなく落ち着かなかったから。

でもここは二ヶ月間、リハビリ以外はここでずっと過ごしてきたから愛着が湧くんだろうな。河北さんとも楽しい時間を過ごせたし。いい思い出ばっかりだ。

僕はこの二ヶ月間のことを思い出しながら眠りについた。

そうして退院の日。早々と目覚た僕は、ワクワクとした感情を抑えられないまま朝食を済ませ、河北さんが来るのを待った。
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