初めて恋したイケメン社長のお相手は童顔の美少年でした

波木真帆

文字の大きさ
2 / 10

彼との縁

しおりを挟む
「美里さま。あちらに楽譜をたくさんご用意しておりますよ」

店主の声に彼は嬉しそう駆け寄って、真剣な眼差しで楽譜を選び始めた。

「お客さま。どうぞこちらへ。お待ちの間、珈琲でもいかがですか?」

「ありがとう。いただきます」

店主は私の目の前に珈琲を置き、

「少しお話をさせていただいてもよろしいですか?」

と尋ねてきた。

「ええ、どうぞ」

私の言葉に店主はそっと向かいに腰を下ろした。

「美里さまとは10年ほど前からの付き合いになります。彼の演奏を初めて聞いた時には心が震えました。同じ楽譜なのに、彼が弾くと全く違う曲を聴いているようで本当に驚きます。ですが、最近……」

「何かあったのですか?」

「大切な方を亡くされたようです。そこから上手く弾けなくなったと仰って……今回帰国されたのもそれが原因です。何か環境を変えればまた弾けるようになるかもと仰っておいででしたよ」

「大切な方……それは?」

私の言葉に店主は頭を横に振りながらも、

「そこまでは存じ上げませんが、美里さまのご年齢なら恋人さんかもしれませんね」

と教えてくれた。

そうか、愛しい人を亡くしたのか。
彼は笑顔の下にそんな悲しい気持ちを隠していたのか。

演奏ができなくなるほどに愛していた人か……。

「しばらくは演奏ができないかもしれないと仰っていた美里さまがあんなに嬉しそうに楽譜を選んでいる姿を拝見して、私は嬉しいです。あなたのおかげですね。ありがとうございます」

「いや、私は何も」

私は何もしていない。
彼にとってはただここに連れて来てくれただけの関係に過ぎない。

それでも……彼の心に誰がいようとも、今はまだ近くにいたい。
ようやく出会えた一目惚れの相手なのだから。

時間をかけて選んだ彼はいくつかの楽譜を持ってこちらに戻ってきた。

「お待たせしてすみません。いくつかあって悩んでしまって……」

「気にしないでいいよ。それなら全て買えばいい」

「えっ、でも……」

「いいんだ。君の演奏を聞かせてもらうんだ。これくらいさせてほしい」

そういうと彼はようやく首を縦に振ってくれた。

楽譜の金額は大したことはなかったから、きっと金額で悩んでいたのではないのだろう。
彼らしく演奏できるかどうか……それを悩んでいたのだ。

彼が気になっていた楽譜を全て購入し、店を出る。

「今日はどこに宿泊をするのかな? よかったらそのホテルまで送るよ」

「ありがとうございます。急遽帰国を決めたので駅の近くのホテルが取れなくて……ここなんですけど、わかりますか?」

そう言ってスマホ画面を見せてくれた、
そこにいたのは、どう考えても彼一人では泊めたくないと思ってしまうほどの安ホテル。

「荷物はもうホテルに?」

「いえ、すぐそこの駅のコインロッカーに置いてて……ここで楽譜を買ってからホテルにいこうと思ってたんです」

「そうか、ならまず荷物を取りに行こうか」

私は内ポケットからスマホを取り出し、車を迎えに来させた。

ものの数分でやってきた迎えの車に彼を乗せ、私も隣に乗り込んだ。

「すぐそこの駅に向かってくれ」

後部座席から運転席に無線で声をかけ、車が動き出すと彼は私の隣で驚きの表情を見せていた。

「どうかした?」

「えっ、いえ、あの……すごい車だなって……」

驚いた様子でキョロキョロと辺りを見回しているのが可愛い。

「ああ、そんなことか。大したことはないよ。いつもは自分で運転することもあるが、今日は呑むかもしれないと思って運転手付きの車にしただけだから。それよりも、今日予約していたホテルは悪いが、キャンセルするよ」

「えっ、どうして?」

「あの場所は君には危なすぎる。さっきみたいな男がゴロゴロいる場所だからね」

「――っ! そ、そうなんですか」

「ああ、だから荷物を取ってきたらそのままうちに向かうよ。ピアノも弾いてもらうのだし、そのまま泊まってくれたら良い」

「そんなっ、ご迷惑じゃ……」

「ふっ。迷惑なら最初からこんな提案しないよ。君をあんなところに泊める方が心配になる。ね、このままうちに来てくれ」

そういうと彼は遠慮しつつも、頷いてくれた。

すぐにホテルにキャンセルの連絡を入れ、彼からコインロッカーの鍵を受け取り運転手に持って来させた。
そして、荷物を車に乗せてそのまま自宅に向かった。

「えっ……こ、こが……ご自宅ですか?」

「ああ。今は一人で住んでいるから気を遣わなくていいよ」

「こんな広い家にお一人で住んでいるんですか? お掃除とか大変じゃないですか?」

「ああ、私が仕事でいない昼間に通いのハウスキーパーを頼んでいるんだ。あとは自分でしたらいいし、あまり問題はないかな。さぁ、中に入ろう」

運転手に荷物を家の中まで運んでもらって帰らせ、私は彼をリビングに案内した。

「ゆっくりくつろいでいて。そういえば、食事は?」

「あ、飛行機の中で少し食べたので大丈夫です」

「そうか、ならコーヒーでも」

コーヒーをおとしていると、彼がこっちに近づいてくる。

「良い香りですね。コーヒーお好きなんですか?」

「ああ、コーヒーだけは自分で豆を買ってるんだ。こうしている時間が落ち着くんだよ」

「ああ、なんかわかります」

コポコポとコーヒーができる音を聞きながら穏やかな時が流れる。
この家にまたこんな時間が訪れるとはな。

「どうぞ。よかったらこれもつまんで」

「ありがとうございます」

貰い物で持て余していたクッキーだったが、彼はそれを嬉しそうにつまんでくれた。

「わぁ、美味しいです」

「それはよかった」

「あ、あの……そういえば、名前を伺ってもって、僕、自分のことも話してないですね。すみません。あの、僕……美里みさとけいです」

「けい? どんな時を書くんだ?」

「あの、蛍って書いて『けい』です」

「へぇ、綺麗で良い名前だな。君によく似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます」

ほんのりと頬を染めるのも可愛い。

「ああ、私は一ノ宮いちのみやきょうだ。君より2つ年上の30歳」

「えっ!」

「ふふっ。そんなに驚かれると傷つくな。確かに君より老けているけど」

「えっ、そうじゃなくて……僕よりもずっと大人だから驚いてしまって……」

「まぁ、そうかな。両親が亡くなって、早くに父の跡を継いだものだから早く大人になろうと思っていたからね」

「あ……ご両親、亡くなられたんですね」

悪いことを聞いてしまったという表情を見せるが、気にすることはない。
もう吹っ切れているのだから。

「もう6年近く前だから気にしないでいいよ。一気に両親を亡くして、悲しみに浸る暇もなく父の跡を継いで心身ともに疲れていた時、仕事先のドイツで君の演奏を聴いたんだ。私の状態を心配してくれた友人が演奏会に連れて行ってくれたんだが、あの時はびっくりしたな。心が浄化されるっていうのかな。自分が何を悩んでいたんだろうって気づかせてくれたんだ。君の……蛍くんの演奏で私は立ち直れたんだ」

「そんな……っ」

その言葉に蛍くんは瞬きを忘れたように、じっと私を見つめていた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...