初めて恋したイケメン社長のお相手は童顔の美少年でした

波木真帆

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私の気持ち

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「本当だよ。君のおかげで私は今日までやってこられたんだ」

「一ノ宮さん……」

「蛍くんにそんな堅苦しい呼び方はされたくないな。『匡』と名前で呼んでくれないか?」

「あ、でも……」

「頼む」

私のお願いに彼は少し戸惑い気味に口を開いたかと思うと、

「匡、さん……」

と可愛らしい声で私の名を呼んでくれた。

「ふふっ。嬉しいものだな。一気に蛍くんと距離が近づいた気がするよ」

「あの、僕は年下ですし、呼び捨てでも……」

「わかった、じゃあ蛍と呼ばせてもらおうかな」

「はい」

蛍がにこやかに笑う。
ああ、確かに彼はMillyだ。
けれど、女性の姿をしている時よりもずっとずっと美しく見える。

「蛍……今、何か悩んでいることでもあるのかな?」

「えっ?」

「今回急遽帰国したのは何か意味があるのかと思って……。もしよかったら、私に話してみないか? 私も君のピアノで救われた。今度は蛍に恩返しがしたい。私が話を聞くだけでは何の解決にもならないかもしれないが、胸の内を話すだけでも少しは気が晴れるものだよ」

「匡さん……ありがとうございます」

彼は深呼吸をするとゆっくりと口を開いた。

「実は……先日、母を亡くしたんです」

「――っ!! お母さまを?」

「はい。ずっと病気がちで身体が弱かったんですけど、僕のピアノを聴くのが大好きだって言って応援してくれていたんです。僕がプロのピアニストとして独り立ちできるようになってから、急激に悪くなって……アメリカで手術も受けたんですけどあまり芳しくなくて……それからずっと母はアメリカに住んでました。そんな状態でも、世界中の人に僕のピアノの演奏を聴かせて欲しいって……そして自分の代わりに世界中の喜んでくれる人たちを見てきて欲しいって、そう言われて、いろんな国で演奏するたびに母にその映像を送ってたんです」

「だから、どこにも所属せずにフリーで演奏を続けていたのか……」

「はい。でも、先日とうとう母が力尽きてしまって……母がもう演奏を聴くことができないんだって思ったら、誰のために弾いているのかわからなくなってしまって……自分の演奏ができなくなってしまったんです」

「そうだったのか……」

「母と幼少期を過ごした日本に戻れば、自分の気持ちに整理がつくかと思って帰ってきたんです」

「そうか。それで私と会ったわけだな。何か気持ちは変わっただろうか?」

私との出会いが蛍の気持ちに整理がつけられるきっかけになれば嬉しいのだが……。

「正直に言って……今、ものすごくピアノが弾きたいです……。母が亡くなってもうひと月近くピアノには触れないでいたんですけど……匡さんとお話をして、今、無性にピアノが弾きたいです」

「蛍……なら、ぜひ弾いてくれ! 行こう!!」

彼の手をとって、急いである部屋に連れて行く。

「さぁ、ここだよ」

扉を開けて中に入ると、広い部屋の真ん中に堂々と置かれたピアノ。
母が亡くなって以来、一度もその音が聞こえたことはない。

「これ……」

「ああ、母の形見のピアノだ。母が亡くなって誰も弾いてないが、調律だけは欠かしていないから弾けるはずだ。蛍にぜひ弾いてほしい」

「こんなすごいピアノ……ベヒシュタインのグランドピアノの中でもかなり希少なものですよ……それを僕なんかが弾いても大丈夫でしょうか……?」

「どんなに高価で価値のあるピアノでもここに置いてあるだけならただのピアノだ。蛍が弾いてこそ、ピアノに命が吹き込まれるんだよ」

「匡さん……分かりました。じゃあ、心を込めて弾かせてもらいますね」

「ああ、頼む」

蛍は優しく微笑むと、さっき買った楽譜の中から一冊取り出してピアノの前に座った。

鍵盤蓋をそっと開けて、人差し指でポンと鳴らす。
久しぶりにこの部屋にピアノの音が響いた。

「ああ、やっぱり綺麗ですね。音が生きています」

そう言いながら、蛍が両手を鍵盤の上に構えた瞬間、ふっと彼を纏う空気が変わった気がした。

「――っ!!!」

なんだ、これは……っ。

曲は誰もが知っている有名なリストの愛の夢。
母も好きで弾いていたから私でもよく知っている。

だが、蛍の弾く愛の夢は全く別物だ。

心に訴えかけてくるような衝撃。
蛍の全てから溢れ出る愛に包み込まれていく。

――同じ楽譜なのに、彼が弾くと全く違う曲を聴いているようで本当に驚きます

あの店主が言っていた通りだ。

ああ、なんて素晴らしい演奏なんだ。

もう言葉も出ないとはこのことをいうのだな。

蛍に愛の言葉を囁かれているようなそんな気持ちのままで、私はただひたすらに蛍の演奏を聴き続けた。

最後の音が響き、この部屋にまた静寂が戻っても私はトリップしたようにその余韻に浸っていた。

カタンと鍵盤蓋が閉じられる音にようやく我に返ると、蛍がそっと私にハンカチを差し出した。

「えっ……」

「気づいていないですか? 匡さん、涙が……」

そう言われて初めて自分が涙を流していたことに気がついた。

人前で泣くなんて、両親が亡くなった時でさえ人前では泣かなかったというのに……。

「恥ずかしいな」

「僕は嬉しいです。匡さんがここまで僕の演奏を聴いてくれるなんて……」

「いや、蛍の演奏は素晴らしいよ。もう独り占めして一生私のためだけに弾いて欲しいくらいだ」

「えっ? それって……」

「今、蛍の演奏を聴いてはっきりとわかった。私は蛍を愛している。初めて会ったあの日からずっと蛍に惹かれていたんだ」

「えっ、でもそれは女性の格好をしていたから……」

「違うよ。今の蛍を見て改めてわかったんだよ。見た目じゃない、蛍自身に惹かれたんだ」

そういってもすぐには信じてもらえないだろうな。

「どうしたら私の気持ちを信じてもらえる?」

「どうしたら……あ、あの……じゃあ、僕に……キス、できますか?」

「えっ――!」

「やっぱり、無理で――んんっ!!」

蛍からの願ってもない言葉に頭が理解する前に、身体が動いていた。
気づけば、私の唇が彼のそれに重なり合っている。

女性とのキスどころか、男同士でキスなんて蛍以外には考えられない。
蛍とのキスでそれがよくわかった。

ずっと重なり合ったまま小さな唇を何度も喰むと、苦しかったのか蛍の唇がスッと開いた。
その隙に自分の舌を滑り込ませて舌を絡ませる。

「んん……っ、んっ……ん」

可愛い蛍の吐息を聞きながら、舌を絡ませ舌先に吸い付き口内を堪能する。

ああ、これが運命の相手とのキスなのだろう。

柔らかくて甘くて……ずっと離したくない。

ずっと味わっていると、蛍の小さな拳が私の胸をトントンと叩く。
まるで子猫が戯れているようなその仕草に可愛らしく思いながら、そっと唇を離すと蛍が私の胸に倒れ込んでくる。

「苦しかったか? もしかしてキスが、初めて……?」

蛍は何もいわず、ほんのり頬を染めながら私を見上げただ小さく頷いた。

ああ、なんてことだ!
彼のファーストキスをもらった。
それだけでとてつもなく嬉しい。
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