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第四章 (王城 過去編)

閑話 アンドリュー&トーマ  神への誓いと真実 <前編>

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「アンディー、なんかドキドキするね」

馬車は『グラシュリン』の町を離れ、軽快なリズムでどんどん西へと進んでいく。
僕たちの目指す『神の泉』はこのまま順調に進めばあと数十分ほどで到着する予定らしい。

「ねぇ、場所はわかってるの?」

「うむ、おおよそはな。フレデリックに聞いておいた。ただ……」

「ただ?」

「フレデリックたちが『神の泉』に行ったのはこの時代ではないから、もしかしたら見つけるのすら難しいということもあり得るだろう」

「あっ、そっか。そうだね。でも、ゆっくり探せばいいよ」

確かに柊くんとフレデリックさんが『神の泉』で誓い合ったのは彼らがいた時代。
今から数百年後のオランディアだ。
この気が遠くなるほどの長い時間がアンディーの心をほんの少し怯えさせているのかもしれない。

だから、ゆっくり探せばいい……そうアンディーに言ったんだ。
でも、なんとなく僕は見つけられるんじゃないかなという気がする。
なぜだかはわからないけれど、そんな気がしたんだ。

「ああ、そうだな。久しぶりのトーマとの時間を楽しむとするか」

アンディーはホッとした表情で嬉しそうに僕を抱きしめながら、『神の泉』までの道を過ごしていった。

「そういえば、アンディーと2人っきりで馬車に乗るのは久しぶりだよね」

柊くんとフレデリックさんを2人っきりにさせてあげたくて、いつも僕たちの馬車に侯爵を乗せていたんだ。
だから、2人っきりになった馬車が幾分か広く感じる。
そう感じるのは僕がアンディーの膝に乗っているせいもあると思うけど。

「トーマと2人の時間は何にも代え難いな。ずっと抱きしめて過ごしたかった」

後ろから抱きしめてくれている腕がさらにきゅっと強められ、僕に甘えるように肩に頭をもたれかけてきた。
ふふっ。こういうところが可愛いんだよね。

「んっ? そろそろだな」

アンディーは外の景色を見ながら時折御者さんに小窓から声をかけ進む方向を指示し始めた。
その口調は僕に甘えていた時とは全然違う。
僕にだけ甘えてるアンディーを見るのも可愛くて大好きだけど、こうやってみんなに指示してるアンディーもカッコ良くて大好きなんだよね。

アンディーの指示する通り進んだ馬車がゆっくりと停止した場所は、広い野原。
馬車の窓から外を覗き込むと中央に大きな池? 湖? が見える。
水面が太陽の光に照らされてキラキラと輝いていてとても綺麗だけれど、周りになんの建物もなく奥にそびえる大きな森がなんだか緊張感を与えてくる。

「ここ、が『神の泉』……じゃないよね?」

「ふふっ。違う。ここは『バレクシリア湖』だ。フレデリックの話ではこの奥に『神の泉』があるらしい」

「ああ、そっか……湖か」

こんな簡単に辿り着けるわけないもんね。
でも、辿り着けるかどうかわからない場所を目指すってワクワクするよね。
これがアンディーと一緒だから余計楽しく感じるのかな。

「陛下。どうぞ」

ヒューバートが扉を開けてくれたから、アンディーの膝から下りようとすると腕でぎゅっと押さえられた。

「んっ? アンディー、どうしたの?」

「私もやってみたいと思っていたのだ」

「えっ? なっ?」

驚く僕を尻目にアンディーは僕を抱き抱えたまま、馬車から軽快に降り立った。

これって、レナゼリシア侯爵家に着いたときにフレデリックさんがやってたやつ。

ふふっ。アンディーったら。
あれを見て羨ましいって思ってたなんて、なんて可愛いんだろう。
そう思ったら、僕を抱きかかえたまま極上の笑顔を見せてくれているアンディーが愛おしくてたまらなくなって、思わずぎゅっと抱きついてアンディーの頬にキスをしてしまった。

あっ! ヒューバートがいるんだった!

そう思い出して、パッとヒューバートに視線を向けるとヒューバートはさっと目を逸らし、

「私は何も見ておりません」

と真っ赤な顔でずっと湖を見つめていた。

いやいや、絶対見てるでしょ!
そう思ったけど、こっちから尋ねるわけにもいかないしどうしたらいい?

恥ずかしくてだんだん自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
すると、そのほっぺたにアンディーの指先が触れた。

「ひゃっ!」

「ふふっ。お前はいつまで経っても初々しいな。まぁ、そんなところが可愛いんだが」

蕩けるような甘い言葉により一層照れながらも、僕は嬉しかった。
すぐ近くで見せられているヒューバートには申し訳ないけど。

「ヒューバート。私たちはこれからあの湖の奥へ向かうが、心配せぬようにな」

「はい。どれほど時間が経とうとも陛下とトーマ王妃のお帰りをこちらでお待ち申し上げております。
どうかお気をつけくださいませ」

ヒューバートに見送られながら僕たちは湖をすぎ、森の入り口へと辿り着いた。
奥は日差しも入らないほど暗く、足を踏み入れることにほんの少しだけ躊躇ってしまう。
僕は緊張のあまりゴクリと唾を飲み込んだ。

「トーマ、大丈夫か?」

「う、うん。だ、大丈夫。でも……手、離さないでね」

アンディーを見上げてそうお願いすると、

『ゔっっ!』

と何故か身悶えながら、

「任せておけ。絶対にトーマの手を離したりしない」

とぎゅっと握りしめてくれた。
アンディーの温もりが怯えていた気持ちを解かしてくれる。

ドキドキしながら、僕たちはゆっくりと森へ足を踏み入れた。


入り口の明るさはあっという間に消え失せ、僕たちの周りは薄暗くなったけれど、アンディーと一緒だから何も怖くなかった。
獣道すらもない、草が生い茂った中をかき分けるように歩き進めるものの、柊くんたちが教えてくれたような木々のない太陽が降り注ぐような広場はどこにも見当たらない。

森に入ってからあちらこちらと彷徨いながら小一時間ほど歩いただろうか、辺りをキョロキョロと見回したけれどどこも薄暗いまま。

「ふぅ……トーマ、疲れていないか?」

「ふふっ。大丈夫だよ。アンディーと散歩してるのは楽しいし」

「私のわがままに付き合わせてしまってすまない」

こんなに見つからないとは思っていなかったんだろう。
本当に申し訳なさそうに謝るアンディーに

「何言ってるの? 僕がアンディーと一緒に行きたくてついて来たんだよ」

笑顔でそういうと、アンディーは目を細めて嬉しそうに笑っていた。

「もう少しだけ探してみて、見つからなかったらヒューバートのところに戻るか」

「うん。わかった」

そのままふたりで歩き進めていると、『ふゎっ!』突然胸元にくすぐったいような何か変な刺激が現れた。

「どうした?!」

僕が急に声を上げてしゃがみ込んだから慌てた様子で腰に手を回して支えてくれた。

「なんか変な刺激が……」

と胸元に手を当てるとほんのり温かい。

なに? と思って服の中に手を差し込んで思い出した。

これ……柊くんから貰ったネックレスだ。

握りしめて取り出すと、指の隙間から光が漏れ出している。

「わっ、何これ?」

パっと手を開くと、ネックレスから放たれた一筋の光が一直線に森の奥を指している。

「これって……」

アンディーは大きく頷き、『あの光の指し示す方向に行ってみるか』と僕の手を握りしめゆっくりと立たせてくれた。

僕たちはネックレスから放たれた光に案内されるように奥へ奥へと進んでいった。

それからどれくらい歩いただろうか。
フッとネックレスから光が消えた。

えっ? と思って前を向いた瞬間、目の先に眩いほどの光が見えた。

「トーマ、行こう!」

アンディーに手を引かれその光に向かって歩くと、そこだけ楕円形にポッカリと木々がなく爽やかな空が見える広場が現れた。

「ここだね。柊くんたちが言ってた場所は」

「ああ。ここまで来られたならあとは近いぞ」

アンディーはとても嬉しそうだ。
もちろん僕もワクワクが止まらない。
久しぶりにみる太陽の光に目を細めながらその中央に立っていると、少し離れたところからコポコポという微かな音が耳に入ってきた。

「アンディー、何か聞こえる」

「んっ? こ、れは……水が湧き出る音か……? もしかしたら『神の泉』かもしれない」

「行ってみよう!」

僕たちは期待に夢を膨らませ、音の聞こえる方へと向かった。
だんだんとその音が鮮明に聞こえてきて、僕の心はどんどん高鳴っていった。

「「あ、あった……」」

僕たちの目の前に現れたのは、地底の岩からトプトプと綺麗な水が湧き出ている小さな泉。
太陽の日差しが水面を照らし、まるで天使の水飲み場のような神々しい雰囲気を醸し出している。

「ここが、『神の泉』か」

「僕たち辿り着けたんだね……」

この世界に来て、オランディアに伝わる伝説の一つとしてこの『神の泉』について勉強したことがある。
『神の泉』の前で誓いの言葉を述べ、神に認められた者には神からの祝福が届くのだと。

しかし、それはあくまでも伝説で実際に神の祝福を得られた者どころか、『神の泉』に辿り着くことさえ難しいのだと書かれていたから、どこにでもこういう神話のようなものは存在するんだと思ってた。
それでも夢のある伝説だなってずっと心に残っていたんだ。

だから、実際に柊くんが行ったと聞いて驚いた。
実在していたことに驚いたし、しかも神からの祝福まで得られたなんて……。
純粋に柊くんが羨ましいと思った。
僕もアンディーと誓い合って神さまに認められたら一生この世界で生きていく自信になると思ったから。

そして、柊くんのくれたネックレスが僕たちを『神の泉』に導いてくれた。
やっぱり柊くんは神さまに祝福された子なんだな。

「トーマ。其方と一緒だからこの泉に辿り着くことができた。ありがとう」

「ふふっ。アンディーと一緒だからだよ。アンディー、ありがとう」

お互いに顔を見合わせて笑顔を見せながら、お礼を言い合った。

そして、アンディーは真剣な顔つきになって大きく深呼吸をした。
アンディーが緊張しているのが手に取るようにわかって、僕も一緒にドキドキしてしまった。

アンディーはさっと足をひき片膝をついて右手を胸に当て、左手は僕に向かって差し出した。
オランディアに伝わる誓いのポーズに胸の高鳴りが止まらない。

固唾を呑んでアンディーを見つめていると、アンディーはもう一度大きく深呼吸をしてから

「オランディア王国 唯一神 フォルティアーナよ。

私、アンドリュー・フォン・オランディアは、タチバナ・トーマを永遠の伴侶とし、生涯変わらぬ愛と、そして命尽きた後もトーマだけを愛し続けることを……今、神の名においてここに誓う」

一点の曇りもない、綺麗な淡い水色の瞳で真っ直ぐに僕だけを見つめながら誓いの言葉を与えてくれた。

嘘偽りのないアンディーの言葉が僕の心に沁みる。
気づけば僕はポロポロと涙を流していた。

「トーマ?」

左手を差し出したまま、アンディーは焦ったように僕を見つめている。

ああ、早く返事をしなければアンディーを勘違いさせてしまう。
早く、早く!

僕は涙を拭うのも忘れてアンディーの大きくて優しい手を両手で握りしめた。

「アンディーの心からの誓いの言葉、受け取ったよ。ありがとう」

アンディーはホッとしたように立ち上がり、僕をぎゅっと抱きしめて涙をそっと拭ってくれた。

「アンディー、泣いちゃってごめんね。嬉しくて気づいたら涙が出ちゃってた」

「いいんだ。トーマの気持ちは伝わったから」

「でも……僕にもここでちゃんと誓わせて。僕のありのままの気持ちを聞いてほしいんだ」

アンディーが頷いたのをみて、さっきアンディーがしてくれたように僕は片膝をついて右手を胸に置き、左手をアンディーに差し出した。

「オランディア王国 唯一神 フォルティアーナよ。

僕、たちばな 冬馬とうまはアンドリュー・フォン・オランディアを唯一の伴侶とし、病めるときも健やかなるときもその命のある限り……いえ、命尽きてもアンディーのことだけを愛し続けることを誓います。
だから、だから……一生をこの世界でアンディーと共に過ごすことをお許しください」

最後は誓いではなく、神さまへのお願いになってしまったけれど、これが僕の紛れもない真実の気持ちだ。

アンディーは僕の差し出した手をぎゅっと握り、
『一生私の傍で笑顔を見せてくれ』と涙を流しながら抱きしめてくれた。

アンディーの逞しい胸に抱かれて、僕は心の中が温かいものでいっぱいになっていくのを感じていた。

そして、どちらからともなく唇を重ね合わせた瞬間…………

眩いほどの光が僕たちを包み込んだ。
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