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第四章 (王城 過去編)

閑話  トーマ王妃の後悔

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「ヒューバートっ!! 柊ちゃんがっ! 柊ちゃんがいないっ!!!」

まさかこんなことになるなんて思っても見なかった。
僕はただ柊くんと楽しい時間を過ごしたかっただけなのに……。



僕たちの肖像画を描くことが正式に決まってから柊くんは毎日画室に篭りっきり。
フレデリックさんとの食事や寝る時間以外はほとんど絵を書いて過ごしているようだ。

僕としてはそんなに根を詰めなくても……と思うけど、柊くんには柊くんなりの考えがあるんだろう。
完成して柊くんとフレデリックさんが元の時代に戻ってしまうかもしれないと思うと寂しくてたまらないけど、いつまでもこの時代に居させておくわけにはいかないことだっていうのもわかってる。

柊くんにもフレデリックさんにもあっちに待っている人がいるわけで、僕がその邪魔をするわけにはいかないもんね。
本当なら会えるはずのなかった自分の子どもとここでこうやって出会って、何ヶ月も一緒に生活して思い出をいっぱい作れただけで感謝しないといけないんだ。

だから、僕はどんなに寂しくても柊くんの絵の邪魔だけはするわけにはいかない。

柊くんとなかなか会えなくなってそろそろ2ヶ月。
アンディーがフレデリックさんから柊くんの絵の進捗状況を毎日聞いてくれているから、下絵の完成がもう少しだってことはわかっていた。
だから、僕は柊くんが休憩をとれる時にいつでも休めるようにとしなければいけないことは先に先にと頑張って進めておいたんだ。

宝石彫刻師であるレイモンドから連絡が来たのはそんな時だった。

「トーマ、レイモンドから連絡がきて頼んでおいた指輪が完成したそうだ。城に届けてもらうか?」

「わぁーっ! 嬉しいっ! 明日僕、受け取りに行ってくるよ!」

「トーマが取りに行くのか? なら私も一緒に行ける日にしよう」

「ええーっ、でも柊くんにも早く見せたいし」

「だが、お前だけを行かせるわけにはいかないだろう」

むぅーっ。
アンディーと行くのはいいけど、アンディーが行ける日を待ってたらいつになるかわからないし。

そんな話をしていると、僕たちの部屋の扉がトントントンと叩かれた。

「こんな時間に珍しいな。誰だ?」

アンディーが訝しみながら扉に向かって『誰だ?』と尋ねると、

「ブルーノでございます。アルフレッドさまとシュウさまをお連れいたしました」

と声が聞こえた。

僕は久しぶりの柊くんの訪問に嬉しさを募らせながら扉を開けると、すぐに柊くんの可愛らしい笑顔が見えた。

久しぶりにみる柊くんはほんの少し痩せている気がした。
きっと絵を描くのに必死になって食事が疎かになっていたのかもしれない。
でもせっかく会えたのだからと僕はそのことには触れず、中へと招き入れた。

「柊ちゃん! アルフレッドさん! どうぞ中に入って」

「ふふっ。何だか久しぶりな感じがするね」

部屋の中で4人だけでソファーに座って話が始まった。

聞けば、今日肖像画の下絵が完成したらしく、その報告をしに来てくれたみたいだ。
それで少し休憩するから僕と過ごす時間が欲しいなんて嬉しい話をしてくれた。
わぁ、なんというタイミングだろう。

ちょうどレイモンドから指輪が完成したと連絡があったことを伝えると、案の定一緒に取りに行きたいと言ってくれた。

アンディーもフレデリックさんも僕たち2人で行くことを反対していたけど、早く4人で揃いの指輪がつけたいとお願いしたら渋々だったけど許してくれた。

その代わり護衛は必ずつけていくようにと強く言われてしまったけれど。
まぁ、柊くんと過ごせるなら護衛がいたっていいんだ。

翌日、柊くんを迎えに行くと今日の柊くんはいつにも増して可愛らしい……いや大人びた格好をしていた。
フレデリックさんの付けているウィッグと同じ色味のドレスにどこから見てもすぐにわかる王家の紋章はどこからどう見てもフレデリックさんの独占欲の塊。
これを着ている柊くんはかなりの寵愛を受けていることが誰の目にもわかる。

しかも今日の僕はいつもの女装姿ではなく王妃の格好をしている。
今日の城下は貴族の集まる特別な日だから、女の子2人で出歩く方が危ないとのアンディーの判断に従ったんだ。
柊くんの格好がこれなら、王妃の大切な人だとわかるだろうからきっと安全に違いない。

そう。こんなに寵愛を受けている子に手出しする人なんて絶対に現れないと思ってたんだ。

それが逆に馬鹿な男の興味を引くとも知らずに……。


柊くんと人混みを避けながら城下の屋台を楽しんでいると、突然
『泥棒ーーっ!』という声が響き渡った。
見れば、成人はしていないだろう子どもたちが3人くらいこちらに向かって逃げてくる。

まるで僕たちに体当たりするのが目的なのかと思うほど、僕たち目がけて突進してきた。
ヒューバートも周りにいた騎士たちも慌ててその子たちを取り押さえ、ほっとして柊くんがいた場所を振り返ると、そこに柊くんの姿はなかった。

「えっ???」

一瞬何が起こったのかわからなくて、慌てて周りを見回したけれど、あの美しい赤いドレスはどこにも見えなかった。

「ひ、ヒューバート!!! 柊ちゃんがっ! 柊ちゃんがいないっ!!!」

僕の大声にヒューバートは顔面蒼白ですぐに騎士たちに城下を探すように命令を出したけれど、柊くんの姿はどこにも見えなかった。
全身の血の気が引いて僕はふらふらとその場にしゃがみ込みながら、

あっ! フレデリックさんに知らせなきゃ!!!

と思い出し、震える身体を必死に鞭打って立ちあがろうとすると、突然馬が猛スピードで駆け寄ってくる音がした。

えっ? と見上げた先にはフレデリックさんの姿が見えた。
そして後ろにはアンディーの姿も。

びっくりする暇もなく僕の前に馬が止められ、ものすごい形相のフレデリックさんの口から

「トーマ王妃!! シュウは!! シュウはどこにいるのですか?!」

と大声で問いかけられた。
けれど、フレデリックさんのあまりの剣幕に言葉が出ない。

「あ、あの……その」

「トーマ! どうした? 大丈夫か?」

どぎまぎしていると、アンディーの声が聞こえてハッとした。
そうだ、僕がこんなところでオロオロしている間にも柊くんはどこかで怖い目に遭っているかもしれない。
早く伝えないとっ!

「柊ちゃんがっ! 柊ちゃんが急にいなくなっちゃったの!!
ねぇ、アンディーどうしようっ!!」

「トーマ、落ち着け。その時のことを詳しく話すんだ!!」

僕は必死に話した。
『泥棒』という声が聞こえて、ヒューバートたちが取り押さえてホッとした瞬間、柊くんの姿が見えなくなっていたと話すと、アンディーの表情が曇った。

フレデリックさんはもう般若のような恐ろしい形相で馬から降りると、ツカツカとヒューバートが取り押さえた子どもたちの元へ向かった。

そして、子どもの胸ぐらを掴み上げると、

「おいっ!! お前ら、何か知ってるならさっさと話せ! 隠し立てするとお前らも容赦しないぞ!!!」

と捲し立てた。

「ご、ごめんなさい! 俺たちあの人に頼まれてやったんです!
お金やるから護衛の人たちを引きつけろって!!
まさか人が攫われるなんて!! 俺たち、知らなかったんです!
ごめんなさい! お金返しますから許してください!!!」

子どもたちはポケットから数枚の銀貨を道路に投げ捨て、わんわんと大声で泣き始めた。

「あの人って誰だ? どんな奴だ?」

「――――」

子どもたちが言った人物に心当たりがあったのか、アンディーは『くっ』と息を呑んだ。

「あいつ、絶対に許さん!!」

アンディーから今までに見たこともないような凄まじい怒りの炎が燃え上がっているのを感じた。
こんなアンディー初めてだ。

「パール、シュウを探し出すんだ!」

フレデリックさんが上着からパールを取り出すとパールは人混みの間をすり抜け一目散に走っていった。

「陛下、私は先に行きます」

フレデリックさんはそう一言告げると、僕たちの方を見向きもせずパールの走っていった方向へと急いで馬を走らせていった。
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