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子猫の戯れ合い
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入院費の支払いを済ませ、退院の手続きも全て終えて特別室に迎えに行くと、田淵くんは着替えも済ませた状態で、俺が渡しておいたボストンバッグに荷物も全て積み込んでソファーに座って待っていた。
「おはよう。待たせたかな?」
「いえ。僕が早く準備しすぎただけです」
「二ヶ月の入院生活だったからね。ようやく外に出られるんだ。楽しみになるのも当然だね。じゃあ、行こうか」
二ヶ月間のリハビリのおかげで日常生活に不安のないくらいには歩けるようになった田淵くんだが、最初から無理はさせたくない。さっとボストンバッグを肩に掛け、田淵くんの手を握った。
「わっ、あの……」
「転ぶと危ないからね。歩行の感覚が戻るまでは手を繋いでおかないと」
「は、はい」
本当に素直でありがたい。
この二ヶ月、田淵くんと過ごした特別室を後にしてエレベーターに乗る前に行かなければいけないところがある。
「田淵くん、看護師さんたちに挨拶していこうか」
「はい」
手を繋いだまま、スタッフステーションに立ち寄って声をかけると、
「田淵くん! とうとう退院だね。おめでとう!!」
とたくさんのスタッフが駆け寄ってきた。
この入院中、毎日田淵くんのお見舞いに行くたびにこのスタッフステーションにも差し入れを続けてきた。この病院では基本的に差し入れを受け取ることは禁止されているそうだが、国生先生から話をしてもらって俺の差し入れに限り、受け取ってもらうことを認めてもらった。それは急遽この部屋への転院を許可してもらったお礼の意味もあるが、田淵くんには俺という存在がいるということを知らしめるための、ある意味牽制だ。けれど、スタッフたちは俺の顔を見るたびにいつも田淵くんのことを褒めてきた。
どんな些細なことでもお礼を言ってくれる、どんなスタッフにも分け隔てなく挨拶をしてくれる、しかも笑顔で……と本当に田淵くんの人柄を全て詰め込んだような賛辞に俺は自分のことのように嬉しかった。やっぱり俺の田淵くんは最高だな。
最後の日にこれだけたくさんのスタッフに囲まれるのも田淵くんの人徳だろう。
「二ヶ月間、すごくお世話になりました。ありがとうございました!」
深々と頭を下げ、お礼を言う田淵くんに涙を潤ませているスタッフもいる。それは退院の喜びの涙でもあり、これから田淵くんに会えなくなる寂しさの涙でもあるだろう。
俺はその間、ピッタリと寄り添って俺のものだと見せつけたが、スタッフの中に田淵くんに邪な気持ちを抱くものはいないようだった。さすが国生先生が勧めてくれた病院だ。リハビリの山野辺先生と谷垣くんの指導も良かったし、田淵くんがここまで回復できたのもこの病院でストレスなく過ごせたおかげだな。
「玄関のすぐ近くに車を置いてるから」
「はい。そういえば、僕……東京に来て車に乗るのは初めてです」
「ああ、そうか。確かに一人暮らしの学生ならあまり乗る機会はないだろうな」
タクシーなんて乗りそうには見えないし。もっぱら電車やバス、いや田淵くんのことだから大抵の場所は徒歩で行ってそうだ。それだけ歩く距離も増えるし、健康な時にはいいだろうが、今は無理はさせたくない。それ以上に満員の電車やバスなんかに乗せるつもりもない。これからは全て俺が送迎をするんだから。
「あれだよ、さぁいこうか」
「えっ……あんな、格好いい車に僕なんかが乗ってもいいんですか?」
「当たり前だよ。これから一緒に暮らすんだから。さぁ、行こう!」
「は、はい」
慣れない車に緊張している田淵くんを車に乗せようとしていると、
「伊月くん!!」
と彼を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ? あっ、尚孝くん!!」
「良かった、間に合って。今日が退院だって聞いてたからおめでとうって声かけたくて……」
「そのために、わざわざ来てくれたの?」
「僕が伊月くんに会いたかったんだ。本当におめでとう!」
「ありがとう! 嬉しい!!」
この二人に恋愛感情があれば速攻で引き離すが、子猫が戯れ合っているとしか見えないから心配することはない。その点においては安心だ。きっと砂川くんと一緒にいる時の田淵くんもこんな感じなんだろう。
「これ、大したものじゃないけど退院のお祝い。受け取ってくれたら嬉しい」
「えっ……そんな、申し訳ないよ」
「ううん、もらって欲しいんだ。僕、伊月くんのおかげで理学療法士として頑張ろうって思えたから」
「尚孝くん……ありがとう」
「これ、入浴剤なんだ。足の血行をよくしてくれるからお風呂でマッサージしてね」
「わぁー! ありがとう!! 僕、入浴剤なんて使ったことないよ。試してみるね」
風呂でマッサージすると効果のある入浴剤か……。いいことを聞いた。この入浴剤を使って、田淵くんと一緒に風呂を楽しむとしようか。ああ、俄然やる気になってきたな。
「おはよう。待たせたかな?」
「いえ。僕が早く準備しすぎただけです」
「二ヶ月の入院生活だったからね。ようやく外に出られるんだ。楽しみになるのも当然だね。じゃあ、行こうか」
二ヶ月間のリハビリのおかげで日常生活に不安のないくらいには歩けるようになった田淵くんだが、最初から無理はさせたくない。さっとボストンバッグを肩に掛け、田淵くんの手を握った。
「わっ、あの……」
「転ぶと危ないからね。歩行の感覚が戻るまでは手を繋いでおかないと」
「は、はい」
本当に素直でありがたい。
この二ヶ月、田淵くんと過ごした特別室を後にしてエレベーターに乗る前に行かなければいけないところがある。
「田淵くん、看護師さんたちに挨拶していこうか」
「はい」
手を繋いだまま、スタッフステーションに立ち寄って声をかけると、
「田淵くん! とうとう退院だね。おめでとう!!」
とたくさんのスタッフが駆け寄ってきた。
この入院中、毎日田淵くんのお見舞いに行くたびにこのスタッフステーションにも差し入れを続けてきた。この病院では基本的に差し入れを受け取ることは禁止されているそうだが、国生先生から話をしてもらって俺の差し入れに限り、受け取ってもらうことを認めてもらった。それは急遽この部屋への転院を許可してもらったお礼の意味もあるが、田淵くんには俺という存在がいるということを知らしめるための、ある意味牽制だ。けれど、スタッフたちは俺の顔を見るたびにいつも田淵くんのことを褒めてきた。
どんな些細なことでもお礼を言ってくれる、どんなスタッフにも分け隔てなく挨拶をしてくれる、しかも笑顔で……と本当に田淵くんの人柄を全て詰め込んだような賛辞に俺は自分のことのように嬉しかった。やっぱり俺の田淵くんは最高だな。
最後の日にこれだけたくさんのスタッフに囲まれるのも田淵くんの人徳だろう。
「二ヶ月間、すごくお世話になりました。ありがとうございました!」
深々と頭を下げ、お礼を言う田淵くんに涙を潤ませているスタッフもいる。それは退院の喜びの涙でもあり、これから田淵くんに会えなくなる寂しさの涙でもあるだろう。
俺はその間、ピッタリと寄り添って俺のものだと見せつけたが、スタッフの中に田淵くんに邪な気持ちを抱くものはいないようだった。さすが国生先生が勧めてくれた病院だ。リハビリの山野辺先生と谷垣くんの指導も良かったし、田淵くんがここまで回復できたのもこの病院でストレスなく過ごせたおかげだな。
「玄関のすぐ近くに車を置いてるから」
「はい。そういえば、僕……東京に来て車に乗るのは初めてです」
「ああ、そうか。確かに一人暮らしの学生ならあまり乗る機会はないだろうな」
タクシーなんて乗りそうには見えないし。もっぱら電車やバス、いや田淵くんのことだから大抵の場所は徒歩で行ってそうだ。それだけ歩く距離も増えるし、健康な時にはいいだろうが、今は無理はさせたくない。それ以上に満員の電車やバスなんかに乗せるつもりもない。これからは全て俺が送迎をするんだから。
「あれだよ、さぁいこうか」
「えっ……あんな、格好いい車に僕なんかが乗ってもいいんですか?」
「当たり前だよ。これから一緒に暮らすんだから。さぁ、行こう!」
「は、はい」
慣れない車に緊張している田淵くんを車に乗せようとしていると、
「伊月くん!!」
と彼を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ? あっ、尚孝くん!!」
「良かった、間に合って。今日が退院だって聞いてたからおめでとうって声かけたくて……」
「そのために、わざわざ来てくれたの?」
「僕が伊月くんに会いたかったんだ。本当におめでとう!」
「ありがとう! 嬉しい!!」
この二人に恋愛感情があれば速攻で引き離すが、子猫が戯れ合っているとしか見えないから心配することはない。その点においては安心だ。きっと砂川くんと一緒にいる時の田淵くんもこんな感じなんだろう。
「これ、大したものじゃないけど退院のお祝い。受け取ってくれたら嬉しい」
「えっ……そんな、申し訳ないよ」
「ううん、もらって欲しいんだ。僕、伊月くんのおかげで理学療法士として頑張ろうって思えたから」
「尚孝くん……ありがとう」
「これ、入浴剤なんだ。足の血行をよくしてくれるからお風呂でマッサージしてね」
「わぁー! ありがとう!! 僕、入浴剤なんて使ったことないよ。試してみるね」
風呂でマッサージすると効果のある入浴剤か……。いいことを聞いた。この入浴剤を使って、田淵くんと一緒に風呂を楽しむとしようか。ああ、俄然やる気になってきたな。
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