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鳴らぬベルの行方
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<sideロジェリオ>
「えっ? まだベルが鳴らない?」
自宅に戻り、初夜を迎えられたトキ様のために時間をかけて栄養剤を調合し、そろそろお呼びがかかる頃合いだろうと思って屋敷に戻ってきたというのに。
寝室からのベルは、未だ一度も鳴らされていなかった。
「私はどうしたら良いのでしょう……」
執事のクラウス殿は、完全に平静を失っていた。
何度も階段を上りかけては思いとどまり、ため息をついて上階を見上げる。
その姿に私まで胸がざわつく。
「もし、旦那様が……トキ様に無体を強いるようなことをなさっていたら……」
「まさか……」
そう否定したものの、強くは言い切れない。
なんといっても相手はフィリグラン。人の理性を容易く狂わせる存在だ。
ずっと待ち侘びていた夫夫となった日に、箍が外れてしまったとしても、理解できてしまう自分がいる。
だが、理解できることと許されることは別だ。
愛しい人を守るために踏みとどまる。
それが真の愛というものだろう。
旦那様がトキ様にご無理をさせていないと信じるしかない。
私はクラウス殿に「大丈夫だ」と言い聞かせながら、同時に自分自身にもそう言い聞かせていた。
それからどれほどの時間が経っただろう。
いい加減、トキ様を休ませねばならない。
あの繊細なお身体で、これ以上無理を重ねれば取り返しがつかなくなる。
「クラウス殿。致し方ありません。扉を叩きましょう」
「ですが、旦那様からのお声掛けがあるまでは決して部屋に近づくな、と……」
旦那様の命令は絶対。
それは私も重々承知している。
だが、今回は緊急事態。
「クラウス殿はトキ様がどうなってもよろしいと仰るのですか?」
「い、いえ。決して、そのようなことは……」
「それなら、もう待てません」
私の厳しい眼差しにようやくクラウス殿が頷き、二人で階段を駆け上がろうとしたそのとき――
「ロ、ロジェリオ様。ベルが……!」
ずっと待ち望んでいた音が、乱暴に空気を震わせた。
その激しさに、嫌な予感が走る。
私たちは旦那様の部屋に駆けつけた。
先ほどのベルは寝室で鳴らされたもの。
ノックをして、部屋の扉を開けると夜着を羽織った旦那様が、茫然とした様子で寝室の扉を開けて出てこられるところだった。
「だ、旦那様。トキ様は……」
「悪い。すぐにトキを診てくれ。熱を出しているようだ」
掠れた声。焦点の定まらない視線。
私はそれ以上何も聞かず、急いで寝室へ足を踏み入れた。
むわっと立ち込める濃厚な蜜の匂いが鼻をつく。
ここまで充満するまでにどれほど蜜を注がれたのか……想像するのも恐ろしい。
ベッド脇に丸められたシーツは重く、かなりの水分を含んでいるように感じられた。
だが今は、トキ様は清潔なシーツに寝かされている。その点だけは安堵した。
旦那様同様に、トキ様の身体も清められ、夜着も整えておられる。
それがかえって、先ほどまでどれだけ激しかったのかを否応なく想像させる。
「トキ様……」
額に触れると、はっきりとした熱。
脈は早く、呼吸も浅い。
「無理をなさりすぎです……」
私は静かに呟き、持参した薬包を取り出した。
今は原因を責める時ではない。
トキ様を楽にして差し上げるのが私の役目だ。
「大丈夫ですよ。トキ様。お薬を飲みましょうね」
そう声をかけたが、トキ様はまだ意識を失っておられた。
「旦那様。すぐに口移しでこの薬をトキ様にお飲ませください」
「あ、ああ」
ふらつきながらも、すぐにこちらにやってくる。
私の手から薬包を受け取ると、ベッド脇に置かれた水差しの水と共に口に含み、トキ様の唇に重ねる。
ゆっくりと時間をかけて薬がトキ様の体内に入っていく。
即効性のある薬だからすぐに熱も下がるだろう。
ホッと胸を撫で下ろしつつも、私は旦那様に寝室を出られるように静かに促した。
話をしたい気持ちはあったが、夫夫の寝室にいつまでもとどまるべきではないと思ったのだ。
私の声かけに旦那様は静かに後をついてこられた。
「えっ? まだベルが鳴らない?」
自宅に戻り、初夜を迎えられたトキ様のために時間をかけて栄養剤を調合し、そろそろお呼びがかかる頃合いだろうと思って屋敷に戻ってきたというのに。
寝室からのベルは、未だ一度も鳴らされていなかった。
「私はどうしたら良いのでしょう……」
執事のクラウス殿は、完全に平静を失っていた。
何度も階段を上りかけては思いとどまり、ため息をついて上階を見上げる。
その姿に私まで胸がざわつく。
「もし、旦那様が……トキ様に無体を強いるようなことをなさっていたら……」
「まさか……」
そう否定したものの、強くは言い切れない。
なんといっても相手はフィリグラン。人の理性を容易く狂わせる存在だ。
ずっと待ち侘びていた夫夫となった日に、箍が外れてしまったとしても、理解できてしまう自分がいる。
だが、理解できることと許されることは別だ。
愛しい人を守るために踏みとどまる。
それが真の愛というものだろう。
旦那様がトキ様にご無理をさせていないと信じるしかない。
私はクラウス殿に「大丈夫だ」と言い聞かせながら、同時に自分自身にもそう言い聞かせていた。
それからどれほどの時間が経っただろう。
いい加減、トキ様を休ませねばならない。
あの繊細なお身体で、これ以上無理を重ねれば取り返しがつかなくなる。
「クラウス殿。致し方ありません。扉を叩きましょう」
「ですが、旦那様からのお声掛けがあるまでは決して部屋に近づくな、と……」
旦那様の命令は絶対。
それは私も重々承知している。
だが、今回は緊急事態。
「クラウス殿はトキ様がどうなってもよろしいと仰るのですか?」
「い、いえ。決して、そのようなことは……」
「それなら、もう待てません」
私の厳しい眼差しにようやくクラウス殿が頷き、二人で階段を駆け上がろうとしたそのとき――
「ロ、ロジェリオ様。ベルが……!」
ずっと待ち望んでいた音が、乱暴に空気を震わせた。
その激しさに、嫌な予感が走る。
私たちは旦那様の部屋に駆けつけた。
先ほどのベルは寝室で鳴らされたもの。
ノックをして、部屋の扉を開けると夜着を羽織った旦那様が、茫然とした様子で寝室の扉を開けて出てこられるところだった。
「だ、旦那様。トキ様は……」
「悪い。すぐにトキを診てくれ。熱を出しているようだ」
掠れた声。焦点の定まらない視線。
私はそれ以上何も聞かず、急いで寝室へ足を踏み入れた。
むわっと立ち込める濃厚な蜜の匂いが鼻をつく。
ここまで充満するまでにどれほど蜜を注がれたのか……想像するのも恐ろしい。
ベッド脇に丸められたシーツは重く、かなりの水分を含んでいるように感じられた。
だが今は、トキ様は清潔なシーツに寝かされている。その点だけは安堵した。
旦那様同様に、トキ様の身体も清められ、夜着も整えておられる。
それがかえって、先ほどまでどれだけ激しかったのかを否応なく想像させる。
「トキ様……」
額に触れると、はっきりとした熱。
脈は早く、呼吸も浅い。
「無理をなさりすぎです……」
私は静かに呟き、持参した薬包を取り出した。
今は原因を責める時ではない。
トキ様を楽にして差し上げるのが私の役目だ。
「大丈夫ですよ。トキ様。お薬を飲みましょうね」
そう声をかけたが、トキ様はまだ意識を失っておられた。
「旦那様。すぐに口移しでこの薬をトキ様にお飲ませください」
「あ、ああ」
ふらつきながらも、すぐにこちらにやってくる。
私の手から薬包を受け取ると、ベッド脇に置かれた水差しの水と共に口に含み、トキ様の唇に重ねる。
ゆっくりと時間をかけて薬がトキ様の体内に入っていく。
即効性のある薬だからすぐに熱も下がるだろう。
ホッと胸を撫で下ろしつつも、私は旦那様に寝室を出られるように静かに促した。
話をしたい気持ちはあったが、夫夫の寝室にいつまでもとどまるべきではないと思ったのだ。
私の声かけに旦那様は静かに後をついてこられた。
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