異世界でイケメン騎士団長さんに優しく見守られながらケーキ屋さんやってます

波木真帆

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番外編

初めての…… ランハートside

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「ねぇ、お父さま。僕、お願いがあるんだ」

ヒジリが久しぶりにノエルさまの元へとおしゃべりに行っている間にテオが私のいる執務室へとやってきた。
珍しい。
テオがこの部屋にまで話をしにくるとは。

「どうしたんだ? そんなに改まって」

6歳になったばかりのテオは最近グンと身長も伸び、本当に私の幼かった頃にそっくりになっている。

「あのね、僕……おばあさまに聞いたんだ。前におじいさまのお誕生日にお母さまとおばあさまでケーキを作ってプレゼントしたって」

「ああ、確かにそんなことがあったな。あの時、ヒジリは私にも特別なケーキを作ってくれて……」

一気にあの日の記憶が甦り、その日の夜の甘い夜も脳裏に浮かび上がってきたところだったのに、

「もうっ! お父さま、その話はいいのっ!」

とテオに怒られてしまった。

「そうじゃなくて、お母さまは僕のお誕生日にもお父さまのお誕生日にも、それにおじいさまやおばあさま、グレイグにマリアのお誕生日まで特別なケーキを作ってあげているでしょう?」

「そうだな。みんな……私も含めてだが、その時にヒジリからプレゼントされる特別なケーキを楽しみにしている。
テオもそうだろう?」

「うん、僕のこの前のお誕生日にもお母さまがお店には出さない美味しいケーキを作ってくれて嬉しかった」

「ああ、そうだろう。ヒジリのケーキには愛がたくさんこもっているからな」

なぜみんながあれほどまでにヒジリのケーキに心奪われるかというと、ヒジリのケーキを食べただけで幸せになれるからだ。
ヒジリの美味しく食べて欲しいという願いが込められているんだ。

「僕、おばあさまがおじいさまにしたみたいに、お母さまにケーキを作ってプレゼントしたいんだ!!」

「えっ? テオがヒジリに??」

「うん、だってお母さまはみんなのお誕生日に特別なケーキを作っているのに、自分のお誕生日でも自分で作ってるんだよ! きっとお母さまだって、誰かに作ってもらったケーキが食べたいはずだよ!!」

私はテオの言葉にハッとした。
そうだ、なぜ私はこんな大事なことに気づいていなかったのだろう。
ヒジリと誕生日を祝えるのが嬉しすぎてすっかり忘れてしまっていた。

「テオ……私は恥ずかしい。お前に教えてもらうまでこんなに大切なことに気づいていなかったとは……」

「じゃあ、一緒に作ってくれる?」

「ああ、2人で頑張ってヒジリへの特別なケーキを作ろう!!
もちろん出来上がるまではヒジリには絶対に内緒だぞ! できるか?」

「もちろんだよ!! あ、ねぇ、グレイグには相談していいよね?」

「ああ、そうだな。早速話をしてみよう」

私はテオを連れ、グレイグの部屋へと向かった。

グレイグは90歳を超えてはいるが、まだまだ元気で頼もしい存在だ。
とはいえ、ジョーイや下の者たちも育ってきていることもあり、グレイグの今の仕事はほとんどヒジリの店だけになっている。
今日はヒジリの店が休みなので、部屋でゆっくりと過ごしているはずだ。


「旦那さま、テオさまもご一緒だなんて……屋敷で何かありましたか?」

私たちの顔を見て驚くグレイグに

「落ち着け、そうではない。グレイグに大事な話があってきたのだ」

というと、とりあえず部屋の中に入れてくれて紅茶を出してくれた。

「それで何があったのでございますか?」

「実は、ヒジリのために私とテオとでケーキを作りたいのだ」

「えっ? 旦那さまとテオさまが……お二人で、でございますか?」

「ああ、そうだ。どうだろう?」

私の言葉に目を丸くして驚いていたが、テオの真剣な表情にグレイグは

「私もお手伝いいたします」

と言ってくれた。

「本当か!!」

「はい。20年以上ヒジリさまのケーキ作りのお手伝いをしてきたのでございます。作り方は私の頭の中にございますよ。どうぞ私めにお任せください」

これほど心強い者はいないな。
私はテオと顔を見合わせて笑みを浮かべた。

「ですが、実際に作るのは旦那さまとテオさまでございますよ。私はお教えするだけでございます」

「グレイグ! ありがとうっ! 僕、頑張るよ!」

力強いテオの言葉にグレイグは嬉しそうに微笑んだ。

「ヒジリさまがお戻りになるのは夕方、まだ十分時間がございます。では、早速今からお作りになりますか?」

グレイグの言葉にテオはブンブンと頭を縦に振った。

ふふっと笑みを浮かべるグレイグを筆頭に我々3人は急いでヒジリの店へと向かった。

ここにはケーキ作りに必要な全ての材料が揃っている。
よし、やるか!

私はテオと片手をパーンと合わせ、準備に取り掛かった。

「では旦那さま、まずはそのボウルに卵を割って黄身と白身に分けましょう」

3個の卵をうまく黄身と白身に分けると、

「では次に黄身に砂糖を混ぜましょう」

と指示された。

「ああ、これは昔ヒジリに頼まれてやったことがあるな。確か白くもったりと形が残るまで混ぜるのだろう?」

「はい。その通りでございます」

私はあの時を思い出しながら、さっと混ぜると瞬く間に変化した。

「うわぁ! お父さま、すごい!!」

「ふふっ。だろう? あの時もヒジリに褒められたものだ」

そういうと、テオは私に対抗心を燃やしたのか、

「グレイグ、僕もしたい!! 僕には何ができるの?」

とグレイグに詰め寄っている。

グレイグは笑いながら、テオに小麦粉とベーキングパウダーとやらをふるっておくようにと指示をした。

「これが綺麗に膨らむコツでございますよ。これが綺麗にできていなければあのふわふわなスポンジはできませんから、テオさまのお仕事は重要でございます」

テオはそう言われて、目を輝かせながら張り切って粉をふるい始めた。

私はその間に分けておいた白身をふわふわの泡にするように指示され、これもまたあっという間に仕上げた。

テオがふるった粉と合わせ生地を作ると、グレイグはもうすっかりベテラン風情でオーブンに火を入れた。
温かくなったオーブンにさっきの生地を流し込んだ型を入れ焼き始めると、途端に厨房中に甘い匂いがし始めた。

「ああ、お母さまのケーキと同じ匂いがする!!」

テオは嬉しそうにオーブンに近づき生地が焼きあがる様子を楽しそうに見ている。

私とグレイグはその様子をただ幸せそうに見つめていた。

しばらく経って生地が焼きあがった。
所々焼き目が甘い感じもあったがそれもご愛嬌。

型から取り出し冷ましている間に、テオと2人で生クリーム作りに取りかかった。
私が混ぜればあっという間だが、テオがどうしてもやりたいのだというのだから仕方がない。
私がボウルを押さえてやりながら、テオが必死に混ぜるのを見守る。
6歳のテオにはなかなかにハードな仕事だっただろう。
それでもテオは泣き言も言わずに最後までやり切った。

ああ、私たちの息子は知らぬ間に大きく成長していたのだな。

テオが作った生クリームを冷ましておいた生地に塗り、間にヒジリの好きなフルーツを挟んだ。

綺麗に飾り付けた私とテオの初めてのケーキはヒジリの作るものには到底及ばない凸凹とした出来だったが、テオは大満足の様子だ。

これでいいんだ。
テオが一生懸命作ったこのケーキならヒジリはきっと喜んでくれるはずだ。

急いで片付けを済ませ、ノエルさまのところにいるヒジリを迎えに行く。
もちろん、テオと作ったケーキを持って。


「お母さま~!!」

「あっ、テオ。迎えにきてくれたの?」

「うん、お母さまに早く会いたくて」

「嬉しいな。あれっ? テオ、なんだか甘い匂いがするね」

「えっ? そ、そんなことないよ」

テオは必死に隠そうとしているが、ヒジリにとってはもう何十年も嗅いできた匂いだ。
バレるのは時間の問題だな。

その前に驚かせてやる方がいい。

「ヒジリ、少しの間目を瞑っていてくれないか?」

「えっ? 何? なんか怖いなぁ」

そう言いつつも、ヒジリは目を瞑る。
その顔を見るだけですぐに口づけをしたくなる。

だが、ここでは我慢だな。

テオに合図をして、さっき作ったケーキを運ばせた。
そしてヒジリの前に置いたところで

「いいよ、目を開けてご覧」

そういうと、ヒジリの綺麗な目がゆっくりと開いた。
そして、我々の作ったケーキが目に入った瞬間、

「えっ――!」

と言葉を詰まらせてじっとケーキを見続けている。

テオはヒジリの反応に戸惑っているようだが、次の瞬間ヒジリは目から大粒の涙を流しながら

「こ、これ……テオが?」

と震える声で尋ねた。

「うん、お父さまと一緒に作ったんだ。いつもみんなのケーキばかり作っているお母さまに僕たちからの特別なケーキを食べてほしくて」

「テオ、とランハートが……僕のために?」

「お母さま、嬉しい?」

テオが尋ねると、ヒジリは隣に立っていたテオをぎゅっと抱きしめながら

「もうこんな嬉しいことないよ!! 本当に嬉しいっ!! ありがとう、テオ」

と涙を流しながら何度も何度も繰り返していた。

私は急いでヒジリの元へと駆け寄り、

「私も抱きしめてくれ」

というと、ヒジリは涙を流しながら笑顔で私とテオを一緒に抱きしめてくれた。

「ねぇ、お母さま。僕たちの作ったケーキ食べてくれる?」

「うん、もちろんだよ!!」

さっとグレイグがフォークを差し出し、テオがさっと掬ってヒジリに『あ~ん』と差し出すと、ヒジリは嬉しそうに口を開けとびっきりの笑顔を見せ、

「おいし~い!!」

といった。
その時のテオの表情はなんとも言い表せないほど嬉しそうで、私も父として嬉しくなった。

だが、夫としては少しやきもちを妬いてしまう。

『あ~ん』をテオに取られたせめてものお返しにと私はヒジリの唇の端についた生クリームを口づけで拭ってやると、ヒジリは一気に顔を赤らめて

「もう、ランハートったら!」

と恥ずかしそうに笑っていた。

その後、ノエルさまやグレイグも一緒にケーキを食べたのだが、私とテオが初めて作ったケーキは、甘くて幸せな味がした。
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