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僕は生まれ変わるんだ!

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「おはよう、朝陽」

おでこにそっとキスをされて、目が覚めた。

「……お、れ……、ケホケホ」

「ああ、ごめん。水飲もうな」

大きな手で背中を支えながらサイドテーブルの上に置いてあったペットボトルの水を飲ませてくれた。
まだひんやりと冷たくて気持ちがいい。
コクコクと飲み干すと、ようやく声が出るようになった。

「俺、寝てたの?」

「ああ、でも1時間くらいだよ」

身体にサラサラのシーツの感触がする。
あれ? と思っていると、涼平さんが微笑んでいた。
そっか、俺が寝ている間に綺麗にしてくれたんだ……もう全てを見られてしまったのに
後始末をして貰ったことが恥ずかしくて布団で顔を覆い隠すと、

「ふふっ。顔、隠さないで」

と優しい声をかけられた。
それでも恥ずかしくて目だけを出して窺い見ると、まるで愛おしいものでも見るような眼差しで俺を見ていた。

「朝陽、愛してるよ」

目尻にそっとキスをしながら愛の言葉を囁く彼を俺も愛おしく思った。
お互い生まれたままの姿でベッドに横たわりながら、彼にぎゅっと抱きしめられているだけで幸せが込み上げてくる。

「朝陽、君はこれからどうしたい?」

「えっ?」

「君が望むなら、私の会社で雇ってあげるよ。君は気配りもできるし、秘書として充分素質もあるよ」

一般企業に就職……。
今までに考えたことがないとは言わない。
舞台俳優としてやって来たけれど、来る役は端役ばかりで辛くて何度もやめたいと思ったことはあった。
でも、その度に観に来てくれているお客さんの顔を思い出して続けて来れたんだ。

あんなことになって、もう舞台に立つことはおろか俳優としての進路も立たれてしまったかもしれないけれど、演じるという思いを忘れたくない。

「涼平さん、ありがとう。でも、俺……俳優諦めたくないんだ。限界まで頑張ってそれでもどうしようもなかったらその時はお願いする。それでもいいかな?」

こんな前向きな気持ちになれたのは、涼平さんがいてくれたからだ。
初めて人を好きになって、その人から愛を与えて貰ったから俺は強くなれた気がする。

「そうか。それでこそ、私が愛した人だな。大丈夫、朝陽の夢は叶うよ、きっと」

涼平さんは笑って俺の髪に手櫛で触れてくれた。
髪に触れるその手が優しくて俺は勇気をもらえた気がした。


今日はとうとう西表島に行く日だ。
俺の気持ちと同じくらい雲ひとつない晴れやかな空に心が躍る。

「沖縄はね、快晴の日が全国で一番少なくて年間で7日程度しかないんだよ。
そんな快晴に当たるなんて、朝陽くんはやっぱり持ってるな!」

涼平さんにそんなことを言われると、嬉しくてたまらなくなる。
でも、一番ツイてたのは涼平さんと出逢えたことかな。
沖縄が俺のパワースポットになりそうだ。

船で45分ほどかかって西表島に到着した。
港に降り立つと、『蓮見ー!!』と呼ぶ声が聞こえた。

見ると、日に焼けたイケメンさんが大手を振って立っていた。

『見てー! あそこの人、カッコいい!!』
『ホント!! こっちの人なのかな?』
『ほら、見て! 呼ばれてる人もカッコいい』

あまりのイケメンぶりに一緒に船から降りた女性たちが騒めきたっている。

あの人も涼平さんの知り合いかな。
なんか、涼平さんの知り合いってイケメンしかいない気がする……。

「朝陽、行こう!」

涼平さんは周囲の騒めきを気にすることもなく、俺の手を引き手を振っている彼の元へと連れて行ってくれた。

「急に悪かったな。時間は大丈夫か?」

「蓮見がわざわざ来てくれるんだから問題ないよ。ところで、彼を紹介してくれないか?」

興味津々といった様子で俺を見てくる彼に

「ああ、彼は南條朝陽。私の大事な人だ」

俺の肩を抱き寄せながら紹介してくれた。

「へぇー、可愛いな」

「おい、オレのだぞ」

じっくりと見つめながらニヤリと笑う彼からの視線を遮るように俺を背中に隠した。
そんな涼平さんの焦った様子が珍しくて驚いてしまう。

「り、涼平さん……」

「ああ、ごめん。こいつは昔一緒に働いていた倉橋くらはし祐悟ゆうご。今は西表島で観光ツアー事業やってるんだ」

ふぇー、またすごい人だ……。

「は、初めまして。南條朝陽です。よろしくお願いします」

「朝陽、倉橋は君みたいな可愛い子がタイプだから、あんまり近づかないようにな」

「えっ……」

「おい、そんなこと言ったら怖がられるだろ」

だって本当のことだろうと2人で言い合っている。
そんな対等な関係がものすごく羨ましく感じてしまう。

「じゃあ、早速観光に行こうか」

倉橋さんの車に乗せられ、後部座席に涼平さんと一緒に座った。

「朝陽くんは、西表は初めてなの?」

「はい。でも、ずっと来てみたくて」

「そうか。じゃあ、楽しめるところに行こうな。蓮見、あそこでいいか?」

「ああ、頼むよ」

あそこ? どこだろう?

2人だけがわかっている場所がすごく気になりながらも、口に出すことはなんとなく憚られて聞けずにいると、

「とっておきの場所だから楽しみにしてて」

と耳元で教えてくれた。

涼平さんのそんな心遣いがとても嬉しい。

「蓮見がそんなに尽くしてるの、初めて見るな」

「尽くしてるってなんだよ」

「だって、いつもならそんなにベタベタしないし、そもそも俺みたいな友達とか知り合いとか一緒の時は後ろに並んで座ることも無いだろ?」

「えっ?」

涼平さんは最初に会った時からくっついて来てくれたし、この旅行で離れたことなんか一度もない。
それって……俺は特別だと思っていいの?
驚いて、彼を見つめると照れ臭そうに笑って

「朝陽は特別だからな」

ルームミラー越しに見せつけるようにぎゅっと抱き寄せた。

「ははっ。はいはい、ごちそうさま」

倉橋さんの笑い声とともに、車は西表島をどんどん進んでいった。


「うわぁーー!! すごーーい!!」

この旅で何度出したかわからない感嘆の声、その中でも一番大きな声が出たんじゃないかと思う。

それほどまでに目の前に広がるジャングルに圧倒された。
広大なマングローブが生い茂る、まるでアマゾン川のようなその光景にただただすごい! としか言葉が出ない。

2人用のカヌーに乗り穏やかな川を漕ぎ進んでいくと、マングローブのトンネルが現れた。
その幻想的な光景に不思議な世界に迷い込んでしまったかのような感覚に包まれた。
耳を澄ますと、高らかな鳥の鳴き声が聞こえてくる。
川の上を吹き抜ける風も本当に気持ちがいい。

現実世界とかけ離れたゆったりとした時の流れを肌で感じる。

「蓮見! そろそろだぞ!」

1人用のカヌーに乗って隣を走る倉橋さんからそう声をかけられ、カヌーはゆっくりと川岸へと近づいた。
そこでカヌーを降り、歩き進めると大きな滝が現れた。

「あとで滝壺で泳ごうな」

今じゃないのかな? と思いながら、手を引かれ進んでいくと俺たちは滝の上にたどり着いた。
すぐ近くでドドドーッと大きな水飛沫を上げながら、滝壺へと落ちていく水を目の当たりにしていると、
自分の悩んでいたことが本当にちっぽけに思えた。

インドに行ったら人生観が変わるというけれど、俺にとっては沖縄に行ったら人生観が変わった。
本当にその通りだ。

俺のことを信じてくれないような人たちをいつまでも信じて未練を残して……俺はばかだ。
あんな人たちを信じて自分だけいつまでも傷ついてるなんて本当に大馬鹿者だ。
きっと彼らはもう、俺のことなんか忘れて先へ進んでいるというのに。

俺も先へ進もう。
今までの自分から生まれ変わるんだ!

俺は滝壺へと吸い込まれていく美しい大きな水の柱を見つめながら心に誓った。

「朝陽、表情が変わったな」

「えっ?」

「ああ、本当だ。朝陽くん、すごく晴れやかな表情してるよ」

「俺、ここに来られてよかったです! 俺……やっぱり諦めない! 一生演技への道を続けられるように一からもう一度頑張ります」

涼平さんと倉橋さんにそう宣言すると、2人はにっこりと笑って
『ああ、一緒に頑張っていこう!』と言ってくれた。

そうか、2人もこの場所に立ってこの滝を眺めていたら思うところがあったのかもしれないな。
こんな成功している2人でさえも、人生観を変えてしまうようなそんな力がこの場所にあるんだ。
本当にすごいな、ここは。
湧き上がる幸福感と希望に満ちた感情に俺の胸は高鳴っていき、俺は2人にとびっきりの笑顔を返した。
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