気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた

しののめ

文字の大きさ
44 / 59
第2章 少年期

24.正体

しおりを挟む
「僕はよく、夢を見る。


ノエルの意識は夢の中で彷徨っていた。どこまでも広がる白い光。静かで、暖かくて、それでいてどこか儚い空間。触れようとすると消えてしまいそうな不思議な場所だった。

その中で、ノエルは聞き覚えのある声を聞く。おそらく女性の声。優しく、けれどもどこか悲しげで、温かな手で体を丸ごと包み込むような響き。

「ノエル、あなたは愛される存在なのよ。」

その言葉が、まるで波紋のようにノエルの意識を揺らす。ノエルはその声の主を知っている気がした。しかし、その姿も名前も思い出すことはできない。ただ、その声の持つ安心感だけが、胸に沁み渡るようだった。

誰なんだろう、この声。
僕の知ってる人?

自分の思考がどこかぼんやりとしているのを感じた。手を伸ばして声の主に触れようとするが、白い光が邪魔をして、その先を見ることは叶わない。声だけが繰り返される。

その言葉は甘美な調べのようでありながら、どこか切なさを伴っていた。ノエルは胸の奥に小さな痛みを感じる。それが何の感情なのか、彼自身も分からなかった。

愛される。

ノエルは自分の幼い頃の記憶を探ろうとした。だが、夢の中で記憶は曖昧になり、霧がかったようにぼやけていた。次第にその声が遠ざかり、白い光も薄れていく。

「ノエル。」

最後にもう一度名前を呼ぶ声だけが響き、そして闇が訪れた。

ノエルの意識は深い暗闇に沈んだままだった。夢の中で聞いた言葉が何度も反芻される。なぜその言葉がこんなにも心に響くのか、理由は分からない。ただ、どこか懐かしい気持ちが胸に湧き上がってくる。


誰か、僕を呼んでいる……


夢の中で聞いた声の余韻が消えない。それが遠い過去の記憶を呼び覚ますような感覚にノエルは戸惑いを覚えていた。やがて、光も音も消え去り、ノエルの意識はまた静寂の中に沈んでいった。


初めてこの声を聞いたのは、いつだったのだろう?生まれてすぐ、あるいは誰かに叱られて泣いていたときかもしれない。
……いや、違う。この声はもっと前から僕の心にあったような気がする。

温かい声に包まれて、優しい手が頭を撫でてくれる感覚。微かに漂う甘い花の香り――この感覚は何だろう。まるで遠い記憶の欠片を掬い上げるような、掴みきれないもどかしさを感じる。

「ノエル。」

言葉を、声を思い出そうとする度に、不思議と心が軽くなる。けれど同時に、なぜか重い感情が胸を押し潰しそうになるのだ。


誰の、声なんだろう。


断片的な記憶の糸を紡ぐかのように、僕の脳裏に鮮明な光景が浮かび上がる。暖かな日の光が差し込む広間、笑い声が響く幸せな空間――けれどその中心にいるはずの人の顔だけがぼやけて見えない。

その声は優しく、どこか儚げだった。そして――
僕は、なぜか分からないけれど、その声に「さよなら」を言われたような気がしてならなかった。


ただひとつ確かなのは、この声が僕にとって、とても大切なものだということ。そして、どこかで何かが失われてしまったのだということ。


***


「ノエル、おはよう。今日はとてもいい天気だよ。ノエルの好きな鳥も庭の木に止まって鳴いているよ。ほら、目を開けてごらん?」

静かに語りかける声に、やはり返事はない。

ノエルがベッドから体を起こさなくなってから、もう一週間が過ぎていた。医師の言葉を借りれば、ノエルは『一応、生きている』。しかし、何かしらの毒の作用によって仮死状態に陥っているという。体温もあり、脈拍も感じられるのに、目を覚ます気配はない。
ランドルフや薬師たちが毒の正体を突き止めようと尽力しているものの、未だに手掛かりは掴めていなかった。

「……ノエル。いつでもノエルの大好きな菓子を用意して待ってるからね。」

ルーベルトが優しくそう告げる。声は穏やかだが、その目には焦燥と疲労の色が浮かんでいた。ノエルが倒れて以来、彼の傍には誰かしらが必ず寄り添っている。昨日はロイスが、明け方までノエルの手を握りしめていた。手放すまいとするかのように強く握り続けるその姿に、ルーベルトは胸を締め付けられるような思いをした。さすがに夜明けには疲労困憊で眠りについたが、今度はルーベルトが交代でノエルの側に座り続けている。

「ノエル……また声を聞かせてほしいな。僕達に甘えてきてくれたら、それだけでいいんだよ……」

ベッドの上のノエルは安らかな表情を浮かべているように見える。しかし、その静けさが返って痛々しい。普段の活気に満ちた声や、生意気な冗談がいかに愛おしいものだったのか――それを失って初めて思い知らされたようだった。

ルーベルトはそっとノエルの手を包み込むように握りしめる。ひんやりとしたその感触に、不安が胸をよぎった。それでも、目の前のノエルが戻ってくると信じるしかない。どれほど時間がかかろうと、その信念だけは揺るがない。

「……ねぇ、ノエル。君が起きたら、何が食べたい? 君の好きなものを、何でも用意するよ。だから……」

祈るような声が部屋の中に消えていく。ノエルは目を閉じたまま微動だにせず、静寂だけがその場を支配していた。



***



ロイスとランドルフは執務室に籠り、ノエルの身に起きた事件の詳細を詰めていた。室内の空気は重く、二人の間に沈黙が続く。ロイスが口を開いたのは、考えを整理し終えた後だった。

「ノエルの異変……原因はやはり、料理であることは間違い無い。あの場で直接影響を与えられるのは、料理そのものか、それを運んだ者に限られる。」

ランドルフは静かに頷いた。

「その通りだが……誰の元にどの料理が運ばれるか分からない会場内で、狙ってノエルだけに毒を盛ることが可能なのか?毒味役も特に異変を感じていない。」

「そうだな。実際ノエル意外に不調を訴える者は一人もいない。……料理長に直接確認する必要があるな。」

ロイスはデスクの呼び鈴を鳴らし、側仕えの者に指示を出した。間もなく、料理長が執務室に案内される。やや緊張した様子の彼に向け、ロイスは穏やかながらも鋭い声で問いかけた。

「昨日の宴で出された料理について詳しく教えてくれ。何か特別な調味料や素材を使用していたか?」

シェフは即座に首を横に振った。

「いえ、特別なものは使っておりません。全て普段から使用している調味料と食材です。仕入れ先も変わりありませんし、品質も確認済みです。」

「毒味をさせた際、味や香りに違和感は訴えていなかったか?」

「ありませんでした、陛下。」

ロイスはその答えを聞き、腕を組んで考え込んだ。ランドルフが口を挟む。

「料理そのものに異変がないなら、運搬や提供の段階で何かが仕掛けられた可能性もあるな。」

「それならば……」ロイスは短く息を吐き、決意を込めた目でランドルフを見た。

「関わった者たち全員を一から調べる必要がある。」

担当者たちを一人ずつ調査する過程で、奇妙な事実が浮かび上がった。ロイスの指示の下、使用人たちの行動記録を洗い出していたところ、正式に指名されていないメイドが料理の運搬に関わっていたことが判明したのだ。

そのメイド――まだ若い彼女は、事情を聞かれると恐怖で顔を青ざめ、しどろもどろに説明を始めた。

「わ、私はその……正式に指示されたわけではありませんが、厨房が忙しそうだったのでお手伝いを……」

ロイスはその言葉に眉をひそめた。

「厨房が忙しい? それが理由で、勝手に料理の運搬に加わったのか?」

「は、はい。そうです……」

ランドルフが冷静に口を挟む。

「では、どうしてソースが入った容器を持っていた? あれは本来、シェフの専用台に置かれるべきだったはずだが。」

彼女はますます言葉を詰まらせたが、調査を進める中でさらなる証拠が見つかった。メイドの所持品から出てきたのは、小さな麻袋。その中には、ごく一般的に使用されるような薬草が収められていた。

ランドルフはその袋を手に取り、しばらくそれを見つめた後、呟くように言った。

「葉の形と色からしてバルセントラルか……特段怪しいものではないが、押収させて貰う。」

ランドルフは小さく鼻を鳴らしながら、袋を一瞥する。

「この状況で見つかった以上、軽視はできないな。」

「引き続き、彼女の行動を追跡して調査を進める。メイドたちの中に協力者がいる可能性も考慮しなければならない。」

ロイスと別れ、執務室を出たランドルフは、廊下を歩きながら小さく息を吐き出した。

「……情報網を動かすか。」

彼には、表向きの調査だけでは手に入らない情報を掴む術があった。貴族としての体裁を守りつつ、彼は裏社会に独自の影響力を持っている。その事実を知る者はほとんどいない――もちろんロイスにも、秘密にしている。

彼は胸ポケットから小さなメモ帳を取り出すと、いくつかの名前を書き込んだ。そして、一つの確信を持ちながら独り言のように呟く。

「バルセントラル、か……」

彼の足取りは軽やかだったが、その表情には鋭い光が宿っていた。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐
BL
*あらすじを改稿し、タグを編集する予定です m(_ _)m後からの改稿、追加で申し訳ございません (>_<)  社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。  だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。  それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。  けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。  一体なんの話だよ!!  否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。  ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。  寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……  全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。  食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていたのだが…… *残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?

麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。

処理中です...